体育祭の馬

陽月

体育祭の馬

 我は、馬である。

 いや、すまぬ。正確には馬ではない。こういう時は、正確に言わねばならぬな。我は、馬のかぶり物である。だがしかし、皆には馬と呼ばれておる。


 我は、普段はサッカー部の部室におる。

 より正確には、県立中谷なかや高校のサッカー部の部室の奥の方に仕舞われておる。これでは、の連続だと怒られるが、仕方あるまい。


 さて、何をしておるのかというと、普段はただただ仕舞われておる。

 いかんせん、自分では動けないのだから、仕方が無い。忘れ去られているのではなかろうかと思うくらいに、放置されておる。


 しかーし、年に一度、我が注目される時が来るのである。年にたった一度ではあるが、たった一度であるからこそ、大舞台なのである。

 さあて、今年もそろそろ大舞台の季節であろう。



「馬って、確かこっちの方に仕舞ってたよな」

 部員が我を探している。大舞台の日が近い証拠じゃ。

 我としては、ここじゃここじゃと声を出してやりたいところではあるが、声を出せぬので、頑張って探してもらうしかあるまい。


「あー、あったあった」

 我は無事に見つけ出され、皆の前に登場である。

「で、誰がやる?」

 百だ二百だと、確認しておる。ふむ、我は馬であるからな、できれば颯爽と駆けたいものじゃ。


「じゃあ、じょうお前に任せた」

 我は、四百だと言った少年に差し出された。ふむ、四百か、まあいいだろう。

「これ、ボロくね?」

 城少年は、我を受け取りながらも、文句を言っておる。そうか、ボロいと言われる状態になってしまっておったか。

「仕方ないだろ、伝統なんだから。多少ボロいのはさ」


 何? 伝統とな?

 我も伝統と呼ばれる域に達したというのか。いやしかし、五年で伝統とは、軽いものだ。

 だが、高校生というものは三年で去って行く。我は、彼らが入学する前からここにいるのだ。

 もはや彼らは、いつからのものかも知らぬのだろう。



 始まりは、罰ゲームであった。罰ゲームだと決まったのは、我が来る前であるから、具体的に何の罰ゲームであったのかは、我は知らぬ。

 我は罰ゲームとして、体育祭で被るために買われ、ここにやってきた。

 その年は、体育祭の後、顧問に怒られた。我を被って走った少年の腕の中で、我も一緒に怒られた。


 しかし、体育祭で馬が走るというのは、生徒達には受けがよかったようだ。

 実際に我が走った時は、皆が騒いでおったし、学校新聞にも『体育祭に馬現る』という見出しで写真付きで紹介された。

 当時、我は体育祭を盛り上げた立役者として、部室にきちんと飾られておった。


 さて、最初に我を被って走ったのは、三年生であった。

 三年生というものは、体育祭が終わり、夏になると引退するものである。

 基本的に、引退時に私物は引き上げる。でなければ、部室が卒業生の私物で溢れかえってしまうからの。

 であるからして、我も引退時に一緒に引き上げられるはずであった。


 しかしながら、我は引退する部長から新しい部長へと「後は任せた」と託された。

 部室の奥に仕舞われることになったとはいえ、我はこの部室に残ることになったのである。


 新部長は、仕舞った我を忘れておらなんだ。

 翌年の体育祭で、あの注目をもう一度と、我を走らせた。当然、顧問には怒られた。

 しかし、二年も走れば、もはや走るものになっており、三年目からは教師も諦めていた。

 次の代へ託され、我はすっかり体育祭の出し物のようになっておる。



 さて、我のことをボロいといった城少年であるが、体育祭当日には、我を被り、走りきった。

 一年に一度、外へ出て走る。注目を浴びる。一年に一度の、大舞台、我は満足である。

 城少年よ、六月半ばとはいえ、充分に暑い中ご苦労であった。

 二位というのは惜しいが、我を被って二位ならば充分であろう。


 我はまた、部室の奥へと戻る。翌年には、もっとボロくなっていることであろう。

 我で走るか、新しいものを調達するか、はたまた止めてしまうか。

 それは、翌年の子らが決めればよい。

 しかし、できることなら、我は翌年もまた、走りたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

体育祭の馬 陽月 @luceri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ