第4話 浮浪児
「困ったな」
繁華街の居酒屋へエイダを迎えにゆく途中、サイファは誰に聞かせるでもなく呟いた。無論、困りごとは不死者の調査についてである。医療魔法は自分の専門外であり、これからどう調査を進めたものかさっぱり見当がつかないのだ。
専門魔法を専攻しないサイファのような”何でも屋”の魔術師は、治安活動に従事することが多い。このため通常レベルの攻撃魔法と防御魔法を学ぶことを義務付けられている。
だが、攻撃魔法、防御魔法は魔術師として極めて高い集中力と才能を必要とするため、大概の者は他の専門魔法を修めることができないで一生を終わる。他に修得できたとしても、せいぜいあとひとつの魔法が限界だ。
しかし、サイファは他の連中とは違った。
やすやすと攻撃、防御魔法を極めたばかりか、達人レベルの天候魔法と通常レベルの農業魔法まで修得してみせたのだ。
こんなことは魔術院始まって以来のことであり、ためにサイファは「魔術院始まって以来の秀才」と呼ばれている。「天才」でないのは、平民出身だからだろう。天才の称号がふさわしいのは貴族だけだ。
だが、残念ながらサイファは医療魔法についてはほぼ素人でった。多少関連書物に目を通したことはあるが、かすり傷さえ魔法で治せた試しはない。まして死者の蘇生と不死化など全く未知の領域だ。インブリカスの協力が得られないとなると、いかに秀才といえど調査の筋道をつけようがない。
それにしても、何故インブリカスはあれほど非協力的だったのだろうか?あの男は他の医療魔術師を紹介することさえも拒否した。
「この問題を解決できるような者に、私は心当たりがありません」
彼はぶっきらぼうにこう言ってみせた。しかし、心当たりがないはずなどない。不死者であるヘデラを不死化したのが彼の師匠なのだから。彼自身ある程度は事情を知っているだろうし、その当時の兄弟弟子だって知って居るに違いない。
この調査は実力者ゴダール直々の命令によるものである。それはインブリカスもよく解っているはずだ。ゴダールに逆らって良いことなど一つもないのに、彼があそこまで非協力的なのは何故なのだろうか。
「やはり、罠か」
考えていることが思わず口に出た。エイダの言っていた通り、これは政治的にエイダとサイファを葬るためのゴダールの罠なのかもしれない。事件の未解決を理由に無能の烙印を押せば、二人の放逐など簡単だ。
「?」
物思いにふけりながら狭い路地に入った時、サイファは小さな人影が道をふさぐように横たわっているのを見た。
ぼろ雑巾にようになった垢まみれの服から、小さくて真っ黒な素足が覗いている。浮浪児の行き倒れだ。今どき珍しくもない。この街では毎日幾人もの浮浪児が飢えて死ぬ。大人も飢えて死ぬ。魔法はすべての人を救えるほど万能ではない。
エイダが居ればきっと「いちいち助けてたらきりがないわ。放っておきなさい」というだろう。だが、サイファはそれができない性分だった。
彼はいつもそうだ。犬でも猫でも人間でも、弱っているものを放っておくことができないのだ。エイダはそれを人間的な弱さだと責めるが、サイファはこの癖を改めることができなかった。
「おい、大丈夫か?腹が減っているのか?」
横たわる浮浪児に声をかけながら自分の懐を探った。確か、昼に食べ残した黒パンがまだあるはずだ。酸っぱくてまずいパンだが、無いよりはましだろう。
浮浪児が目を開けるのと、彼がサイファに杖を向けるのが同時だった。
「フラマ!」
かん高い声と同時に、浮浪児の杖から大人の腕ほどの太さがある炎が吹き出す。それはサイファの術服の胸の部分を激しく叩いた。
オレンジ色の炎は触手のように手足を伸ばし、サイファの術服を舐めるように広がってゆく。ただの炎の燃え方ではない。明らかな殺意を持った魔法の炎だ。
不意打ちか。うかつだった。まず体に廻った火を消したいところだが、防衛魔法は敵の魔法を防ぐバリアに過ぎないからこの場合役に立たない。ならば......。
「アエクアヌビア!」
杖を天に向けるとサイファは限界までの早口で吠えた。雨を降らせる天候魔法だ。雨は滝のようにサイファの頭上に降り注ぎ、あっという間に邪悪な炎をかき消した。
これは敵にとって意外だったろう。炎の魔法をかけた段階で敵は勝ったと思っていたはずだ。
浮浪児と見えた敵は慌てて「フ、フラマ」と再び叫んだ。炎の魔法で追撃するつもりなのだろう。だが、どしゃ降りの雨で水の壁を作っているサイファにはその炎が届かない。
水壁の向こうに、歪んだ敵の小さな影が揺れている。その影に杖で狙いをつけると、サイファは
「ペルクチエ!」
と叫んだ。
魔法が壊れる日 チョロすけ @cyorosuke
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