第15話 いの一番でぇ!?

「約束は、もちろん覚えているわ。でも、こんなことになってしまったから……」

 十子の表情はどこか引きつっていた。

「そう。覚えているのならいいのよ。それにしても、急に病院に運ばれたって聞いたから本当にびっくりしちゃったわよ。もしかして……」

 奈緒美はそういうと、十子の肩に掴み掛かる。

「私にお金を払いたくないからって、わざと雲隠れしたんじゃないかなって思っちゃって……まさか、十子がそんな卑劣なことするわけないわよね?」

 奈緒美はギリギリと力をこめて、十子の肩をつかむ。痛みで、十子の顔は歪んでいった。

「奈緒美……痛い……離して」

「本当は逃げようとしていたんでしょ?」

 奈緒美はそう言って、手を肩から首へと移す。

「違う、私は逃げるつもりなんてなかったから!!」

 このままでは命に関わると悟った十子は早口気味でそう告げると、奈緒美はパッと手を離した。

「なーんね。友達を疑うだなんて悪い癖よねぇ。ごめんね、十子、怖くなかった?」

 そこにはニッコリと満面の笑みを見せる奈緒美の姿。

「は、はは……、冗談だったの……?」

 十子の口からは乾いた声が漏れる。

「もちろん、今のはほんの冗談よ。でも、本当にそんなことをしたら、分かっているよね?」

 ニコニコと笑みを湛えながら奈緒美はそっと十子を抱き寄せる。

「でも、十子はそんなこと、絶対にしないもんね。だって私たち友達じゃない。ね?」

「う、うん……」

 十子はそんな奈緒美に恐怖心を覚えて震える。

「あーそういえば私、そろそろお金が尽きそうなんだよねぇ。前借りとしていくらか貸してもらえないかしら? 五日後に取りに行くわ」

 奈緒美は十子から離れてそう告げた。

「え、そんな急に」

「五日は結構譲歩したほうなのよ? 逃げたりはしないでね?」

「……分かった」

 奈緒美に何を言ってもダメだということが分かった十子は、大人しく要求をのむことにした。

「十子は本当に分かってくれるのが早くて助かるわ。私たち親友だもんね。それにしても……」

 奈緒美は十子の食べかけの筑前煮を見た。

「煮物ってババくさいったらないわ。今度、探偵さんとお会いしたらフレンチとかリクエストしてみようかしらねぇ。じゃあ、また連絡するわねー」

 奈緒美はそう笑いながら、病室から出て行った。

 張り詰めた緊張が一気に解けて、十子はベッドに項垂れる。

「どうして、こうなってしまうの……」

 彼女の悲痛な叫びは誰にも届くことは無かった。



「たっだいまー!」

 文了が小脇に保存容器を抱えたままスキップで戻ると、

「アンタ、病室を抜け出して今までどこへほっつき歩いていたんだ」

「いででででで」

 病室へ待ち構えていた、婦長に関節技をキメられる。

「婦長! 私、怪我人だから! いでぇ」

「あぁ、知っているよ。だから、頭は避けているだろ?」

「怪我が増えるから、やめて! 千陽君、たすけてー」

 文了は千陽に助けを求めるが、

「イイゾー、フチョウ、ヤッチャエー」

 抑揚のない喋り声で婦長を応援し始める千陽。

「生憎、文坊の味方は居ないからな」

「そんなぁ」

「ふみ君が勝手に病室を抜け出すから悪いんだよ? みんな心配していたんだから」

「私が抜け出して向かう先といったら、ひとつしかないと思うんだけどなぁ……」

 やれやれと言いたげな顔で、文了は首を横に振った。

「あの、倒れた女性のところかい?」

「そそ。ちょっと様子を見に行ったんだよ。依頼されたからにはアフターケアも大事でしょ?」

「アフターケアねぇ……、まぁ今度は抜け出すときは一言かけるんだよ! いいね!」

「はーい」

 文了は婦長の言葉に分かっているか分かっていないか微妙な返事をする。

「本当に分かっているか怪しいが、ミーティングがあるから失礼するよ」

 婦長はそう言って文了の病室から出て行った。

「みんな本当に心配症だねぇ」

「まぁ、ふみ君は特殊だからねー。姿が見えなくなると必死になって探そうとするのは分かるなぁ」

 千陽はのんきな声で答える。

「ふーん。そういうもんか」

 文了はそう言って保存容器をテーブルに置く。

「それを食べさせにいっていたの?」

「お裾分けにいたって行ってくれないかなぁ? 千陽君の言い方だと餌付けに行った用に聞こえるから人聞きが悪いよ」

「似たようなもんじゃないか。ぼくには飼育の餌付けに見えるよ」

「違います」

 千陽の言葉を断固否定する文了。

「美味しいものは美味しい人に食べて欲しいというがセオリーってもんでしょ?」

「そういうものなのかなぁ?」

「そういうもんなの。それにしても、あの女はダメだなぁ……」

 文了の表情が急に険しくなる。

「あの女?」

「十子さんの病室にいきなり乗り込んできた、空気の読めない女がいたんだよ。私が空気を読んで病室から出て行ってから外で話を聴いてたけど、まぁ、黒いことが出るわ出るわ……、大変面白く公聴させてもらったよ」

「ふみ君、盗み聞きはよくないと思うんだけど」

「外にも聴こえる声で話すのが悪いからねぇ。それにしても面白くなってきたねぇ」

 文了は唇を歪ませて顎を手でさする。

「これからどうなるかなぁ? あの女はさすがに不味そうだけども」

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探偵(カモ)が葱背負ってやってくる。 黒幕横丁 @kuromaku125

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