醜いかぐや姫

音水薫

第1話

 今となっては昔の話になりますが、あるところに竹細工を生業としているお爺さんがいました。その日もお爺さんは竹細工の材料となる竹を取るため、山に来ていました。さてさて、今日はよい竹に巡り合えるかな、とお爺さんは六〇年以上も繰り返している日課でありながら、竹取りを楽しんでいました。しかし、その日はいつもと違う出会いがありました。なんと、竹が一本、光を放っていたのです。

「なんとまあ珍しい」とお爺さんは竹に近づきました。「なかに金でもあるのか」

 お爺さんは中にあるものを傷つけてしまわぬよう、丁寧に竹を切りました。すると、中から珠のように美しい赤子が出てきたのです。

「こりゃあ魂消た」とお爺さんはその赤子を連れ帰り、かぐやと名付けて育てることにしました。これには子供に恵まれなかったお婆さんも大喜び。二人はかぐやをたいそう可愛がりました。しかし、かぐやには人と違うところがひとつありました。それは、成長の早さです。かぐやは筍のように、少し目を離しているあいだにもどんどん大きくなっていきました。最初のうちは遊び相手ができた、と近所の子供たちもかぐやを歓迎していましたが、日に日に成長し、しまいには自分たちよりも大きくなってしまったかぐやを気味悪がり、石を投げるようになってしまったのです。そんななか、ただひとり弥吉という青年だけがかぐやの味方になってくれたのです。かぐやに石を投げる子供があれば体を張ってかぐやを守り、悪口を言う者があれば追い払ってかぐやの耳に届かないようにしてくれました。

「俺はなにがあっても、お前を守ってやるよ」と弥吉は言いました。

「本当に?」かぐやはなんども尋ねます。「畑仕事をしているときでも、私を守りに来てくれる?」

「ああ、稲など踏み倒してでも、お前のもとに駆けつけよう」

 かぐやは齢こそ幼かったものの、体だけ見れば弥吉と恋をするのに十分なほど育っていました。

 しかし、かぐやの体は青年期を迎えたとたん、急激に衰えだしてしまったのです。その速さたるや、弥吉が独り立ちしたころには、かぐやの体はお婆さんと見分けがつかないほどでした。老いた体を見られたくないと思っていたかぐやは家から出ることなく、人知れず年を取りました。お爺さんが亡くなり、おばあさんが亡くなり、かぐやは独りぼっちです。かぐやは食料を買うため、外に出ました。もうだれも、彼女がかぐやだと気づきません。道を歩いていると、向こうから若い男と女がふたり歩いてきました。弥吉とその恋人でした。かぐやは弥吉と会えた喜びで声をかけようとしましたが、弥吉はかぐやに気づくことなく通り過ぎてしまったのです。

 ある日のこと、村に大雨が降りました。かぐやの家は山にほど近いため、土砂崩れの恐れがあるからと避難していました。そのとき、肩を支えてくれたのが弥吉の恋人です。かぐやは嫉妬していました。

(この子が弥吉さんを)

 橋を渡っている最中、鉄砲水が二人を襲いました。橋から流されたふたりは、なんとか中州に引っかかっている木に捕まることで助かりました。しかし、このままではまた流されてしまうかもしれません。そんなとき、かぐやはふと思ったのです。

(いまなら、この子を殺すことができる。だれも、私が殺したなんて思わない)

 娘が必死にかぐやを励ましてくれているというのに、かぐやはその考えを捨てることができませんでした。

「おーい!」 岸から男の声がしました。弥吉です。「今行くからな!」

 弥吉は縄で木と体をつなぎ、川の中にざぶざぶと入っていきます。途中、なんどか流れに足を取られましたが、弥吉はなんとか中州までたどり着きました。

「ああ、弥吉さん。怖かった」

「もう大丈夫だよ」

 弥吉と娘は抱きしめあい、お互いの無事を喜んでいました。

「さて、早くここから出ないと」

 弥吉のことばに、娘は頷きます。

「お前はここで待っていてくれ」弥吉が娘に言いました。「この婆さんを助けたら、すぐに戻ってくるから」

 娘はかぐやを振り返り、頷きました。

「お婆さんを、お願いね」

「ああ」

 弥吉はかぐやを抱え、岸を目指します。

「弥吉さん、どうして」かぐやは尋ねました。

「わからん。けど、あんたを助けねばならん気がしたんだ」

(ああ、覚えていてくれたんだ)

 弥吉はこの老婆がかぐやとわからなくなってなお、彼女と交わした約束を覚えていたのです。

(それだけで、十分です)

 かぐやは娘を振り返しました。娘はいつ流されてしまうかもわからないというのに、不安な表情も浮かべず、弥吉の背中を見つめていました。

「弥吉さん」

「しっ! 話している余裕がないんだ」

「あの人を、守ってあげて」

「あんた」弥吉はかぐやの顔をまじまじと見ました。「かぐや?」

 かぐやは弥吉の腕をすり抜け、川の流れに身を任せました。

「かぐや!」

 弥吉が手を伸ばしても、かぐやはその手を握りませんでした。

(弥吉さん、どうか、お幸せにね)

 かぐやの体はどんどん流されていき、しまいには海に出てしまいました。そのころには雨もやみ、そこには月が浮かんでいました。そして、海にはその見事な満月が映っています。かぐやが水鏡の月に触れると、月はにっこりと微笑んで「おかえり」と言ってくれました。

 かぐやも「ただいま」答え、その月に身を沈めました。それ以来、かぐやの姿を見た人はありません。

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