第28話 不確定な未来のために
「ふん。お前はただ羨ましいだけだろ。俺と桜の絆が。大体、男の嫉妬はみっともないぞ。お前もやれるものならやってみれば? まぁ、無理だろうけどな」
目で人を殺せるって比喩的表現があるけれども、二人に関しては本当に出来そうだ。
再び人型に変化したマタタビと大原が、火花を散らせながら両者一歩も引かずにひたすら瞳で戦っている。だがやがてマタタビがにっこりと微笑み、私の背後から私の腰に手を回し、首を私の肩へと乗せた。
すると私の頬に何か堅いのがぶつかり、視界に黒い物が落下していくのを捕えた。
マタタビの被っていたシルクハットだった。地面へと落ちてしまったが、誰も拾おうとしない。
「急にどうしたの?」
さっきまで大原と一色即発だったのに。
「桜は暖かいなぁ。あー、桜の匂い」
「最近よく甘えるね。可愛いけれどもさ」
首元にかかるマタタビの髪がくすぐったい。
私はマタタビの髪を撫でようと手を伸ばしながら、重みの感じる左首方向へと顔を向けた途端、とあるモノが目に入ってぴたりと固まった。
――何、これ。
ぴくりと動くアレがマタタビの頭上に生えている。
「猫耳……?」
「そう。俺、猫だもん」
「あ、うん。そうだよね」
「桜。早く帰ってあのふかふかのベッドで一緒に寝よう」
「そうだね」
なんか帰ってもすぐには寝られそうにないけれども。
頭が冴えてしまっているため、このままでは数時間起きている事すら楽勝。
明日休みだから起きていてもいいのだけれども、お風呂入ってホットミルクでも飲みつつ、ゆったりとした音楽でもかければ眠れるかもしれない。
……なんて思っていると、ふわっと体が前方に引き寄せられ、思考が一旦ストップ。
「あれ?」と思った時は遅かった。右頬に感じたのは、たしかな温もり。
とっさにそこへ触れ、顔を上げれば満足そうにしている大原の姿が。一体、何が……――
「貴様っ! よくも俺の桜に!」
背後から届いた地を割りそうなマタタビの怒号により、私の体が震えあがった。
「そんな大声上げて、月山の事怖がらせないでくれないか?」
「誰のせいだと思っている。貴様、俺の桜にキスしやがって」
――キス? キスってあのキス? あぁ、道理で頬に……って、ええっ!?
血液が顔に集中し、それが沸点を越えた。
「挑発したのはマタタビだろ。まぁ、でもちょっとすっきりしたよ。今までいろいろ溜まっていたし」
「もしかして、私って嫌われていの?」
私は意を決し、聞いてみた。
あの頬にキスは嫌がらせ。そう考えないと大原が私なんかにあんな事をする理由がない。
嫌われていたという事実が、まるで石を背負って土砂降りの雨の中に立ちつくしているかのような気分になってしまう。
たしかこんな気持ち、二年前にも味わった気がする。たしか斎藤君に失恋した時だ。
「逆だよ、月山。だからそんな悲しそうな顔しないで。前にこの地獄の仕事に巻き込まれて、俺にメリットがあるって言ったのを覚えているか?」
「うん」
「俺はずっと月山の事が好きだったんだ。最初はずいぶん周りに気を遣う優しい子だなぁって思っていただけだったけれども。でもずっと月山を見ていて、だんだん気になる存在になっていったんだよ。だから月山と俺を繋いでくれた小鬼は、縁結びの神様のように思っている」
絶対に違う。というか、違ってほしい。
だって恋の橋渡しをするのが、アレって……しかも天使ならわかるが、あいつは小鬼だし。
「大原、可愛い子にいっぱい告白されているし……知っている? この間、大原が呼び出された子って、学年で一番可愛い子なんだよ。それに家庭部だし」
「なぜそこで部活が?」
「だって私、料理出来ない。それに時々口悪くなるし、これと言って女の子らしい事ないよ」
「小娘。そこまで自己分析出来るのなら直しなさい」
「やれるならとっくにやっているわよ。だから短所なんでしょ?」
「いいよ、直さなくても。それも含め全部好きだから。俺の事、異性として見られない?」
「急すぎて頭がついていけなくて、今すぐ返事は……」
「いいよ。ゆっくりで」
「ごめんね。でも、大原と一緒にいると落ち着くし楽しいよ。なんか毛布にくるまっているみたいホッってするの」
「そう思って貰えるだけで嬉しいな。なぁ、今度二人だけでどこか行かないか?」
「――断る」
と、何故かまだ返事もしてないのに言葉が大原を拒絶した。割り込んだのは、マタタビの声だ。
私と大原の間に立ち、大原を手で追い払っている。
「とにかく駄目。絶対に駄目。大体なぜ急にキャラが変わったように、アピールし始めていんだよ。何かにとり憑かれているんじゃねぇの?」
「今回の件で、俺も後悔しないようにしようと思ったから。それに小鬼のように、もう少し枠を外し自由にしてみたくなったからだよ。だからいくらマタタビが邪魔しても、月山の事を諦めるつもりはない」
「上等だ。やれるものならやってみろ。迎え撃つのは俺だけじゃない。道男もだ!」
「道男……?」
眉を顰めながらマタタビを見つめる大原に、マタタビはにやりした意地の悪い笑みを浮かべた。
そこでお父さんが出てきたら厄介だ。お父さんが出てくると、私は大原に対し会わせる顔が無くなってしまう。
「あぁ、確かお父さんの事か」
「言っておくが、お前のお父さんではないからな!」
「わかっているよ。今はね」
「今はって何だよっ!」
「そのまま受け取って貰って構わないよ」
「受け取れるか。却下だ。却下」
途中からマタタビだけ感情的になって、大原はそれを普段通りの表情で受け流しているように見えるのだけれども。
もしかして、からかっているのだろうか。
「あの~。そろそろ帰ろう?」
なんかマタタビの人相が段々と極悪になってきちゃっている。
これ以上大原とマタタビが険悪になるのを避けたい。きっと喧嘩になっても小鬼は止めないだろう。
大原は小鬼のように自由にしてみたいって言っていたけれど、あれは自由すぎる。
なんて言ったってこの状況なのに、持参してきた菓子を食べているのだから。
地べたに座り込んで、これまた家から持ってきた水筒でお茶を飲みつつ。
気付いているのだろうか。ここが心霊スポットだということに……
「そうだな。そろそろ帰ろうか」
「賛成する。道男の事も心配だしな。この辺りの瘴気を祓って置いたから、落ち着いていると思うけどれども」
「お父さん来るのがわかっていたの?」
「もちろん。道男のパターンは家族で一番読みやすいからな。絶対来ると思っていた。あの体でこんな地に来たら、負担かかるのが目に見えているのにさ。だから瘴気祓っておいた」
「そうか。マタタビはお父さんの事分かっていたんだね」
「まぁ、家族だからな」
そう言ってはにかんだマタタビの顔が可愛い。きっと今の言葉をお父さんが聞いたら、喜ぶと思う。
「じゃあ、早速行こうか。はい、月山」
大原はそう言うと、私の前に右手の掌を差し出してくれた。
告白を聞いてしまった以上、この手を取るにはかなりの勇気が必要。
そんな私の心を知らずに、大原が私の手へ触れ、そのまま包み込んだ。
今すぐ小鬼が飲んでいるお茶を奪い、食道に流してしまいたいぐらいに、喉が渇いているし体が熱い。彼は私に構わず小鬼へと視線を向けた。
「小鬼。片付けて。そろそろ戻るよ」
「畏まりました、悟様」
相変わらず小鬼の奴は、大原の言う事は全て了承するらしい。
私が言ったならば愚痴言うくせに、素直にテキパキと水筒等をリュックへと片付け始めると、あっという間に片付け終了。小鬼は私達の方へとやって来た。
「っつうか、何気なく俺の桜の手を握っているんじゃねぇよっ!」
「月山、離していい?」
私はその問いには全力で首を振った。無理。あの真っ暗道は攻略不可能だ。
「ほらね」
「桜、俺が手を繋ぐから!」
「マタタビは左」
これからまた道を辿るのに、手を繋ぐのは禁止なんて命令出されるなんて、どんな罰ゲームだというのだ。でも幸いな事に帰りは一人増えているから、後ろに誰か居て貰える。
じっとその役目の人へと視線で訴えれば、深く長いため息を吐かれてしまう。
「小娘は本当に子供ですね」
「いいもん。子供で」
「行きなさい」
「いいの?」
「えぇ、仕方がありませんので。その代りトロトロ歩いていたらば、後ろから蹴りますから」
結局小鬼は後ろを着いてきてくれるらしい。さすが地獄の先輩だ。
「じゃあ、みんな帰ろうか」
私は頷くと、振り返り「バイバイ」とあの背丈石に別れを告げた。
これからもあのアンクレットの呪いが解けない限り、私は地獄の下僕のままだろう。
でもどうせやるならば、「私らしかった」って、自分が言えるようにしたい。
だって呪われたアンクレットが私に運んでくれたのは、厄介事だけじゃなかった。
いろいろ気づかされた事がある。自分がいかにフィルター越しで見ていたのかを。
マタタビの事等がそうだ。あんなに傍に居たのに、さっぱり気付かなかった。
妖でしかも人型に変化出来るなんて。それに大原の事も。
だから私はこの呪いが解けるまで、愚痴りながらもなんとかやっていくだろう。
いつか来る、今は不確定な未来のために。
その娘、今日より地獄の下僕となりて 歌月碧威 @aoi_29
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