閑話 影浪に関する推測

 三羽のワタリたちはそんな影浪かげろうたちを影の世界から見つめていた。影浪たちから二十メートルほど離れた通りにワタリたちはいて、三人のことを邪魔しないようにしていた。

 押し合っている影浪たちをワタリは嬉しそうに見つめている。三羽仲良く並びながら、そのまま眺めているつもりだった。


 と、そんな三羽の横に突然人影が現れた。あまりにも急なことでワタリたちは驚き、影浪たちを呼ぼうとした。

 だがその人影は、口元に人差し指を持ってくると静かに首を振った。背中の青い髪がさらさらと揺れる。

 ワタリたちはそんな死神を見て、とりあえず押し黙った。

 死神は、ワタリたちから目を離すと影浪たちに目を向けた。


「私が許可したのは、あの影食いと戦う間だけだったのだがな」

「あ、いやそれは……」


 慌てたように、夕雨ゆうさめのワタリが声を出した。盟約を意図的に違反した影浪は、死神により消されるという規定があるのだった。

 ワタリたちは不安げに死神を見たが、彼がその手に鎌を生成することはなかった。



「まあ、いい。どうせこれが終われば別れるのだろう」

「許して下さるのですか?」


 煙羽えんうのワタリが尋ねる。


「盟約の行使権は冥主めいしゅではなく私にある。私が目をつぶれば、冥主にも伝わらない」


 死神は、影の世界の上にある冥界に目を向けた。


「いいのですか。それで?」


 潮里のワタリが心配そうに声をかける。


「――なぜ、冥主が彼らに名を与えたのか、ふと考えることがある」


 死神は、質問には答えずに話し始めた。


「彼らは消えては現れる。その数は一定で変わらない。まるで、それが決まりとでも言うように。……おそらく、冥主はこう考えたのだろう。影浪は世界が生んだシステムだと」

「え……?」

「はいっ?」

「な……!」


 ワタリが一様に声をあげた。どうやら、夕雨のワタリも初耳のようだ。


「我らでは倒せない存在と戦い、我らでは救いきれぬ魂を掬いあげる。まるで、最初から死神のできないことをするために生まれたようなものではないか」


 死神は、そこでワタリたちに目を向けた。


「彼らは確かに不確かな存在であり、魂の輪廻からもはずれた特異な存在だ。だが、誰からも必要とされていないわけではない。世界が必要としている、確かに認識された存在なのだよ。偶然ではなく、必然が生んだ存在――それが影浪なのだろう」

「必要とされた……」


 夕雨のワタリが、感慨深げに声を出した。


「だからこそ、冥主は彼らに名を与えたのだろう。世界が必要とする確かな存在なのだから」

「でも、それは」

「そうだ、あくまで私の推測だ。あの方は、自らの思惑など進んで語りはしないからな」


 潮里しおりのワタリの言葉を遮って、彼はそううなずいた。


「だが私はそう思った。この二千年間、彼らをてきて。その、私の言葉が信じられないか?」


 ワタリたちは問いかけられ、困ったように顔を見せあっている。


「それに、私は思うのだ」


 その時彫像のような死神の顔に、変化が生じた。その口元にわずかな笑みが浮かぶ。影浪たちの前では、けっして見せることのない表情。


「彼らには、我らによる存在の保障などらないのかもしれない。彼らは、想いのままに行けばいいのだろうと」


 死神は遠目にそんな彼らを見つめた。死神の優れた視力が、影浪たちの口元をも捉える。何を話しているのか、死神には筒抜けだった。


「あ、いや、その」


 死神の表情を見て、ワタリたちは驚いたように羽を羽ばたかせる。死神はそんなワタリたちを見て、鼻で笑った。


「死神には感情がないとでも思っていたのか。心外だな。我らも影浪と変わらないのだぞ。魂だけの存在という点では」


 彼はそう言ってから、笑みをおさめた。元の冷たさを帯びた表情に戻る。


「今日は、いささか話しすぎた。帰るとしよう」

「あ、あの……」


 恐る恐る、夕雨のワタリが彼に声をかけた。


「今の話……忘れた方がいいですか」


 死神は横目でワタリを見ると、


「任せよう。君たちもまた、その想いのままに」


 そう、穏やかに告げた。


「いずれにしろ、私はその先を視ている。そのことは忘れるな。私の役目は私の身がある限り、これからも続くのだから」


 そうして彼はそこから消えた。

 それをワタリたちは見届けてから、互いに顔を見合わせた。


「結局、これは」


 煙羽のワタリが、夕雨のワタリに問いかけた。


「話さない方が懸命、でしょう」

「ですよね。まるで、私たちに話をするために来たようにも思えますが……」

「彼の考えなど私たちには理解できるわけないです。今のことは忘れた方がいいでしょう」


 それからワタリたちは今聞いたことを忘れようと思い、影浪たちに目を向けた。


「……それにしても、楽しそうですね」


 潮里のワタリの声に、二羽は頭を縦に振った。

 相変わらず影浪たちは楽しげに話していて、しばらくは別れそうにない。

 花火はいくつもいくつも打ち上がり、空に美しく花を咲かせる。その光の花はちらちらと花びらを散らし、消えていく。空と空を映す川面に光が散っていく。

 花火も影浪も、ともに同じく儚いものだ。


 けれど今のワタリたちには、影浪たちの方がずっと、確かな誇らしい存在として思えたのだった。

 彼らの想いが続く限り、影浪とワタリは共にり続けることだろう。













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世界の境界で、影浪《かげろう》は笑う。 泡沫 希生 @uta-hope

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