第12話 その日の終わり、彼らは笑う。

 深い青の澄んだ夜空に赤や黄色、緑など、様々な色の花が咲く。夜空にほんの一瞬、彩りを与えて消えていく。

 あの独特のピューという軽い音の後、パンという音とともに花火があちらこちらで上がっている。

 それは、川辺で行われている花火大会で、川辺や川にかかる橋には多くの人が詰めかけている。

 川に沿う通りには屋台も並び、花火の音と合わせ、賑やかな音が辺りには満ちている。


 そんな喧騒けんそうからはずれたところで、三人は花火を眺めていた。現世でいうとちょうど橋の上だ。影の世界ではどんな音もくぐもって聞こえるため、音は気にならない。


「やっぱり、大勢で見た方が楽しいですね」

「大勢って……三人しかいねえけどな」


 潮里しおりの言葉に、呆れたような口調で横にいる煙羽えんうは返した。潮里はその声を聞いてはおらず、その眼はまっすぐ花火に注がれている。


「むぅ……あれ、美味しそうじゃの……」


 煙羽の左にいる夕雨ゆうさめは、屋台に並ぶりんご飴を見つめている。


「食えぬしな……今の我は。においもわからぬしな」

「花火より飴ってか。……てか、こいつら自由だな。思い思い好き勝手言いやがって」


 そういう彼は、花火ではなく行き交う人を眺めている。


「なにが楽しいのやら」


 花火が綺麗であることを、煙羽は認めても構わない。ただ、こういうふうに騒ぐよりは静かに見たいものだと彼は思う。人込みほど嫌いなものは彼にはないからだ。


「まあでも、よかったぞ」


 ふと、夕雨が声をあげた。


「お前がどんな奴なのか、前よりずっとわかるようになった気がする」

「俺のことを?」

「それは、私もそう思いますね」


 潮里は同意を示すようにうなずいた。


「最初に会った時、あなたは自分にしか興味がないような方なのかなと思っていたのです。私と夕雨さんのことなんて、気にしていないようだったから」

「それは違うぞ」


 煙羽が否定の言葉を言うと、彼の予想に反して「そうですね」と潮里はうなずいた。


「あなたは、きっと……自分のことにもさほど興味はなかったのでしょうね。あなたは、自分から死んだのですから」


 彼女の視線の先で、上がった花火が光を散らしながら消えていった。


「じゃが、なんだか今のお前は以前と違うような気がするのぉ」


 夕雨は、屋台から目を離すと煙羽に顔を向けた。


「なんというか……吹っ切れたような気がするな」

「ま、それは間違ってないかもな」


 煙羽は打ち上がる花火を見つめた。


「俺は自殺してさ、影浪かげろうって言われても正直そんなのどうでもよかった。ただ、こんな俺の中にも残ってた小さな未練のために、もう少し存在していようって思っただけで。――きっと俺の想いなんて、お前らに比べればちっぽけなんだろうな」

「そんなことないと思います。私は事故で死にましたけど、その事故が起きたのはささいな理由で私の不注意なんです。自分のせいで、海に落ちて死んでしまったんですよ」


 潮を名に持つ少女は、寂しげに笑った。


「私はだから、影浪になった時に真っ先に大切な人のところに行ったんです。でも、わかるでしょう? 彼には、私がまだるということが伝わらないんです。忘れるから」

「…………」

「でも、そうやって何度も会っているうちに思ったんです。私が話した想いはなんとなく彼の中に残ってる。それなら私みたいな人の助けに、私はなれるんじゃないかって。――そんな小さな気づきから、私は行動しています。そんなに大きな理由じゃないです」


「そうじゃ、お前は難しく考えすぎじゃ。想いなどそれぞれに違う。大きさなどでは比べられぬ」


 夕雨は、笑顔を浮かべた。


「そして想いは目に見えぬ不確かなものだからこそ、すぐには自分でも理解できない。そういうものだと我は思う」

「自分でもわからない……」


 煙羽のつぶやきに、夕雨はうなずいた。


「我は争いにより死んだ。だから影浪となった時、敵に復讐でもしてやろうかと思った。だが、我らは生きている者に手出しはできないであろ? ……それなら、何のために我は在るのか何度も自問した。そして思った」

「…………」

「我は、我のように未練で苦しむものを助けるためにおると」


 夕雨は、そこで潮里と目を合わせると笑った。


「似ておる、我と潮里の理由は。……でも、だからといってお前もそうでないといけないというわけではない。想いは人によって違うのだから」

「はい、煙羽さんには煙羽さんの想いがあるから。ゆっくりでもいいから答えを導ければいいんですよ、きっと」


 潮里はにっこりと笑った。


「……ありがとよ。おかげさまで、今は前よりも自分のことに自信が持ててる。だから、今はこのままでいようと思ってるよ」


 煙羽は穏やかに笑うと二人に頭を下げた。二人はそんな彼を見ると、両側から同時に彼の腕をつかんだ。そのまま握手するかのように、彼と自分の腕を振る。


「うお、なんだよっ、お前ら」

「しばらくこの三人ですね! よろしくお願いいたします」

「おお、我の分までしっかりと働いてくれ!」

「いや、なんでそうなる」


 三人の声が影の世界にこだまする。それは他の人には聞こえることのない声。人のざわめきと花火の音に混じりながら、影の世界の空に響いていく。

 それは現世のどんな音よりも強く、想いにあふれていた。


 彼らはこれからも魂を送り届け、世界の境界を守り続けていくのだろう。

 それは盟約や自らの存在のためではない。それを続けようと思う、彼らの想いによるものだから。



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