第11話 その一撃に全てを賭せ 2

「一分。59、58」


 ついに、煙羽えんうのワタリがカウントダウンに入った。

 煙羽は影食かげくいとの距離を測りながら、銃を握る手に力を込めた。想いを、集中させていく。

 影食いから生まれる弾が煙羽に襲いかかる。彼は意識を集中させたまま、それを横に跳んでかわした。顔をしかめる。


「41、40、39」


 煙雨のワタリが言いながら、影食いに近づいていく。影食いを翻弄するように周りを飛ぶ。

 影食いはそんなワタリを弾であしらうと、煙雨に近づき始めた。左腕を動かしながら、静かに迫ってくる。


「30、31」

(……まだだ)


 煙羽は銃の引き金を引きそうになったが、どうにかそれをとどめた。目の前に影食いが迫ってくる。


「20、19、18」

(あと少しなんだ)


 作戦を話した時にわかっていたことだ。正刻せいこくに向けて想いを集めるこの瞬間に、最大の隙が生まれると。

 だが最大の攻撃を仕掛けるには、集めた想いを正刻に解き放たねばならない。この作業を短縮することはできない。

 影食いは煙羽から数メートル離れたところで止まった。それで十分だったからだ。左腕を地面から離すと、そのまま大きな腕を煙羽に向けて振りかぶる。


「14、15」

「煙羽!」

「煙羽さん!」


 二人の叫びが、煙羽の耳にかすかに届いた。

 彼は、迫ってくる拳をじっと見つめた。あと少しなのだ。ここで、諦めるわけにはいかない。

 煙羽は眼光を強めた。


「11、10、9」


 煙羽に向けて、黒い手が迫る。夕雨ゆうさめ潮里しおりから彼の姿が見えなくなり、腕の下からズドンッと大きな音が立った。

二人は最悪な結末を予想したが、次の瞬間、地面に突き出された影食いの腕に何かが飛び乗るのが見えた。

 それは、


「煙羽!」


 そう、煙羽だった。

 イチかバチか拳が来た瞬間に跳び上がり、その上に乗ったのだった。縮む前の体なら、腕が高すぎて乗れなかっただろう。影食いが、一回り小さくなったからこそできることだった。


「7」


 煙羽は影食いと向かい合った。胴体との距離は十センチもない。

 煙羽はその顔に笑みを浮かべた。あまりにも近すぎる的に、青い光で満たされた銃を向ける。


「我が死んだ時に」

「5、4」

「想いをはせて」


 引き金に手をかけた。同時に影食いの体から弾が生まれだす。だがおそらく速いのは――


「3」

「正刻を」

「2、1」

「射る!」

「0」


 バァンッと音を立て、煙羽の銃から一際強い青い光が舞い上がった。それはあまりにも強く、影食いと煙羽だけではなく木々をも空の青のように染め上げた。

 空気を切るような音を響かせながら、その光は煙羽に向かう黒い弾を散らし、その先の影食いの体にぶつかりその体を破っていく。煙羽は拳から飛び降りてその先を見守った。

 青い光が、黒色を飲み込んでいく――


「っ!」


 そして青い光がはじけた。周囲に目がくらむような閃光が生じる。

 煙羽は顔を腕で覆った。傍らにいるワタリも羽で頭を覆う。


 音の残響が消え失せた頃、煙羽は静かに頭を上げた。影食いがいた場所から、黒いもやのようなものが立ち上っている。

 それは徐々に薄くなり、消えていった。後には何も残らない。黒い巨体は完全に消え失せた。


「勝った……!」


 煙羽は地面に膝をつくと声を絞り出した。銃が手から零れ落ちる。銃口からは、まだ光がにじみ出ているままだ。

 傍らに着地したワタリも顔を上げると、嬉しそうに何度かはばたいた。


「お前の言う通りだったよ」


 煙羽が、自分のワタリにだけ聞こえるようにつぶやいた。


「俺にもできることが役に立つことが、色々とあるらしいな」

「……自信、つきました?」


 ワタリは控えめに尋ねた。煙羽は目を細めると銃を拾った。わずかに笑みを浮かべる。


「ちょっとだけな」


 それは晴れ晴れとした笑顔だった。

 それから、煙羽は何かが聞こえたような気がしてそちらに顔を向けた。

 影の世界で地面を跳ねている二羽のワタリと、嬉しそうに笑っている二人の少女が目に入った。二人に向けて、煙羽は大きく手を振った。二人も大きく手を振り返す。


 煙羽はそんな二人を見ながら、ゆっくりと立ち上がった。疲れてはいるがまだ一仕事残っている。

 影の世界を直すために、彼はもう一度銃を構えなおした。影の世界にいる二人も慌てて準備をする。


 それぞれの想器から、それぞれの想いを反映した光がたちのぼり始める。赤と緑、そして青い光は白色に輝き始めた。

 その光は影の世界では影食いがいた場所にへと、現世では影食いが現れた場所に向かっていく。

 三人は目を合わせると、うなずいた。

 同時に唱える。


「断絶、生成――修復」


 その瞬間、白い光が両方の世界に立ち上った。現世からは徐々に光が消えていき、代わりに影の世界の光が強まる。

 そうして、影の世界にあいた穴は修正された。光が消える。間違いなく治っていることを影の世界にいる二人が確認する。

 確認が終わったのを見計らって、煙羽は影の世界に戻った。ワタリも続く。

 影の世界にいる二人の姿と声が、確かに感じられるようになる。

 煙羽は銃を消しながら二人に近づいた。潮里がそんな彼に駆け寄る。


「やりましたね! 煙羽さん」

「おお、まあな。ありがとよ。お前らも手伝ってくれて」

「お前がしたことに比べてたいしたことないぞ、気にするでない」


 夕雨も嬉しそうに言葉を返す。


「お前のこと少しは見直したぞ。我よりも頭が回るようであるしな。誰かと戦うこと、前よりも好意的に受けとれるようになった気がする」

「私も、誰かと協力するなんて久しぶりで……本当によかったです」


 潮里は煙羽に手を差し出した。


「お疲れ様です」


 煙羽はそんな彼女の手をじっと見つめ、それから何かを思い出したように、


「あのさ」


 あることを口にした。

 その続きを聞いた二人の顔に、さらに大きな花が咲いた。


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