第10話 その一撃に全てを賭せ 1

 影浪かげろうたちが転移すると、相変わらず地面に溶け込んだまま影食かげくいは元の場所に潜んでいるのが見えてきた。

 その影食いを五十メートルほど手前から影浪たちは眺めた。すでに、その手には各々の想器そうきが握られている。


「……おい、今は何時だ?」

「……正刻せいこくまで、残り七分です」


 煙雨えんうに訊かれ、煙羽のワタリは時間を伝えた。


「よし、頃合いだろ。……あとは頼んだぜ、俺はもう現出する」

「任せよ。影の世界に立派な穴をあけてみせるぞ」

「影食いが通れるように、頑張りますね」

「……なんか、破壊するのを楽しみにしてねぇか? 後で直すのは俺らなんだから、ほどほどにしてくれよ」


 煙雨は楽しげな二人に声をかけてから、銃を構えると現出した。煙羽のワタリも後を追う。

 彼は木々に囲まれた広場を見渡した。影の世界を覗きながら、影食いと夕雨たちの位置を慎重に確認する。

 その間に、夕雨ゆうさめたちは想器を構え準備に入る。影の世界に穴をあけるというのは、かなり大がかりな技になる。二人は意識をひたすらに集中させていく。

 二人のワタリが、影食いの動きに目を光らせる。影食いは微動だにしない。


 二人の想器から発せられる光が強くなっていく。二人を囲むように展開し、赤と緑色が黒い影の世界を染め上げていく。

 その二つの色は重なり合いながら輝きを強めていく。やがて重なった光は白に変わり、まるで夕雨と潮里自体が白く輝いているように見える。

 夕雨は短刀を影食いに向けた。潮里しおりも閉じた傘を影食いに向ける。正確には、影食いが溶け込んでいる影の世界の地面に向けているつもりなのだろう。


集想しゅうそう――、影浪の名において」


 夕雨が高らかに声を発する。


「影の世界を一時的に現世と繋げ、そこに新たな道を紡ごう」

「それはひいては世界のため、そこにる魂のため」


 二人の声に合わせるように、白い光は渦を巻いていく。その光は離れた影食いにも届くような強さになる。

 影食いの体がそれに反応したのか、ピクリと動いた。


「二人とも、お気をつけを!」


 潮里のワタリが叫ぶ。

 二人は落ち着いた表情のまま、影食いに目を向けた。同時に、それぞれの想器を地面に突き立てる。


「「――破壊、接続!」」


 その瞬間、二人の想器が突き立てられた方向に白い光が伸びた。そのまま影の世界の地面をつたい、まっすぐ影食いに向かっていく。

 影食いが地面から出る前に、その光は影食いの足元に達すると足元に集まった。

 そして、


「煙羽、行くぞ!」


 夕雨が叫んだ時、白い光が影食いに向けて立ち上った。影食いの姿が見えなくなる。バシュンと強い風のような音が影の世界を打った。

 煙羽には、影の世界の光と重なってもう一つの光が現世でも見えるようになった。影の世界で立ち上る光が現世に達したのだ。つまり、二つの世界はその場所で繋がったということになる。

 現世の光の中から黒い影が煙羽に向けて飛び出した。煙羽は後ろに飛びすさりながら、落ち着いて銃を撃った。

 煙羽がいた場所に着地した影食いの胴体に命中する。黒い塵が舞う。前に戦った時よりも手ごたえがあるように、煙羽には感じられた。


「残り、二分」


 煙羽のワタリが空に飛び立ちながら、時間を伝える。正刻を射るには、正刻ぴったりに攻撃を仕掛けなければならない。煙羽は、はやる気持ちを必死に押さえつけた。

 影食いから放たれる弾を、あるいはよけ、あるいは撃ち落とす。彼が倒されれば作戦は終わりだ。一つ一つ、慎重に対処していく。


 影食いと煙羽の攻撃は、周りの木々や地面に当たったが、現世のものには何一つ変化がない。まるで、何も当たっていないかのようだ。

 彼らの攻撃は想いから生まれるものであり、物理的な影響を現世に与えることはない。干渉できるとすれば魂や想いしかないのだ。そもそも、普通の人間は影食いを認識することさえもできない。

 煙羽は攻撃を避けては、隙を見て銃を撃った。それをひたすらに繰り返す。正刻まで時間を稼ぐ。


「お願い……」

「頑張れ……」


 影の世界にいる夕雨と潮里、そして二羽のワタリは固唾を飲んでその様子を見つめた。

 影の世界と現世を繋ぐ道を作ったとしても、影浪は現出時間を破ることはできない。二人にできるのは見守ることだけだ。


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