異世界でもプロレス最強~プ女子の異世界名勝負数え歌~
寝る犬
第1話「これがプロレスだ」
チロチロと揺れる明かりの中へ、
「俺が行く」
歴戦の古強者であろう、軽装の戦士が剣を構える。
「いや、ここは俺に任せてもらおうか」
人差し指をくちびるに当て、
小さくギリリ……と弓が引かれる。
しかし、引き絞られた矢が放たれることはなかった。
「エミっ! ……ゴングならして!」
まだ幼さの残る少女の声が、暗闇に鋭く響く。
――カーン!
同時に金属音が洞窟内にこだまし、ゴブリンが振り返った。
「ギギッ?!」
「うおおおおおおお!!!」
バケモノの威嚇を打ち消す、少女の
ドッ……ドッ……ドドドッと言う、地面を蹴る足音。
「さぁいきなりのゴング要求! 試合開始も自ら決める!
洞窟の中にわんわんと響く
その声に背中を押されるようにして、暗闇に流星が走った。
ゴブリンが手製の不格好な斧を構える。
しかしチカの透き通るように白い腕は、斧の柄となる太い木を
「ダァッシャァッ!!」
ゴブリンの首を刈ったチカの腕は、その場にとどまろうとするゴブリンと、通り過ぎようとするチカの体をつなぎとめ、左右に引き伸ばす。
両者の体は、空中で美しい直線を描いて静止した。
――どっ……ごぉんっ!
次の瞬間、ゴブリンは後頭部を硬い洞窟の床に叩きつけられる。
「グギャ……ッ!」
わずかその一撃で、バケモノは動きを止めた。
「おおっとぉ?! どうしたことだゴブリン選手動かない?! まさか! まさかこの一撃でノックアウトなのかぁ?!!!」
――カンカンカンカァーン!!
「見たか異世界! いや、見えなかっただろう! これが! これがプロレスだぁぁ!!」
実況が
痙攣するゴブリンを見下ろし、少女は悠然と立ち上がった。
その姿、まさしく
戦士たちと比べれば、
フリルのたくさんついたミニスカートから伸びる、スラリとした脚。
同じようにお腹も腕も素肌を晒し、
しかし、それ以上に彼女を
可愛らしく結わえられた明るい茶色のツインテールの下、本来少女の顔があるべき場所は、口の周りと目の周りを残して、衣装と同じような光沢のある布のマスクで覆われているのだ。
「まさに秒殺! 秒殺の
(※ランニング・ネックブリーカー・ドロップとも言う。故・ジャイアント馬場のオリジナル技)
筋骨隆々とした戦士の後ろから、またもや実況する少女の声が上がる。
重そうに金色のゴングを抱えた三つ編みの少女は、地味な紺色の制服姿でスカートを揺らし、楽しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「そう! 忘れもしません!
大喜びで駆け寄るエミとは裏腹に、チカと呼ばれたマスクの少女は、表情の隠されたマスク越しにもわかる苛立ちを周囲に撒き散らす。
「……チカ?」
三つ編みの少女エミが異変に気づいて急ブレーキをかけ、恐る恐る顔を覗き込む。
ぷるぷると震えたチカは、両腕を肩の高さまで上げると、足元に倒れているゴブリンを踏みつけるように、何度も蹴りを放ち始めた。
「なに一撃で倒れてんだコラァ! ここからでしょぉ?! ランニング・ネックブリーカー・ドロップ一発で失神ノックアウトって! さすがに馬場さんでも無いわよ! 『※風車の理論』って言葉をよく考えてよオラァ!」
(※アントニオ猪木の著書にある言葉。『相手の力を最大限に引き出して、それ以上の力でそれを倒す事により、自分が最も光り輝くことが出来る』的な理論)
「あはは! でたぁ~! 容赦のない※ストンピングぅ!!」
(※長州力の得意とする技。倒れた相手の上半身へ、勢いをつけ体重をかけた蹴りを連続で落とす)
「ねぇっ! エミっ! こんなっ! KOっ! ぜんぜんっ! 美しくっ! ないわよっ!」
「まぁ前座だかんな~。さすがに『※ラ・チカ・ロボ』の
(※スペイン語でオオカミ少女の意味)
そんな会話の間にも、ドスドスと言う重い音を響かせながら蹴られたゴブリンは、見る見るうちにボロボロになってゆく。
チカが薄っすらと流れ始めた汗を人差し指でぴっぴっと弾き飛ばした。
「うひょおぉ~! 現代に
(※方舟の盟主。故・三沢光晴のニックネームの一つ。他にエルボーの貴公子など)
(※三沢式汗ワイパー。三沢光晴が試合中に
今までよりも一段と甲高い声をあげ、エミはチカに襲いかかりそうな勢いで体をくねらせる。
エミはちょっと恥ずかしそうに、それでも一緒に声を上げて笑った。
「……あの、チカさま、エミさま。そろそろ魔王城の隠し通路ですし、できればもう少しお静かに願えませんか……」
魔術師に背中を押され、少女たちの1.5倍も身長のある戦士が、きゃあきゃあと笑い声を上げる二人に恐る恐る声を掛ける。
チカとエミは可愛らしく両手で口を押さえ、同時に笑い声を止めた。
「あ、ごめんなさい。戦士さん」
「ごめぇん。でもさぁ、知ってるだろうけど、わたしの
手に持っていた大きな金色のゴングをぱっと消して、エミは両手のひらを戦士に向ける。
魔術師も、盗賊も、僧侶も、何も言わずに戦士のそばから離れた。
「……なぁ、わかってんだろ? これがわたしの
「ひっ! チ……チカ様! エミ様を止めてください!」
身長2メートル超えの屈強な戦士は、すがるような目でチカを見て、助けを求める。
チカは苦笑いを浮かべ、ため息をついた。
「エミ。冗談も程々にしないとダメよ。戦士さん歳上なんだから」
エミは戦士へ向けていた目を半眼に閉じ、ぺろりと唇を舐める。
その仕草に、戦士はこれ以上無いくらいに身を縮めた。
「エ~ミっ」
ぽかっと、げんこつがエミの頭に落ちる。
エミはわざとらしく頭を抱えて、しゃがみこんだ。
「チカぁ! ※クレイジーになるなら、徹底して狂いきらなきゃならないんだぞ! それが『今を生きる』ってことなんだから!」
(※天龍源一郎の言葉)
「※リング上ではバイオレンスに、リング下ではフレンドリーに。エミはそれくらいのモットーで良いと思うよ。ね、はいはい。そろそろ行こっ。このへんにはもう
(※天山広吉の言葉)
「あははっ! だってわたしリング登んねぇし」
「じゃあずっとフレンドリーでいいじゃない」
チカに促され、ほっと胸をなでおろした
その間にもエミは、わざとらしく戦士に体をぶつけて、まだちょっかいを出していた。
「戦士ちゃんってさ、わたし結構好みなんだよな~。いい筋肉してるもん。サイドチェストのときの大胸筋のカットとか厚みとかさぁ」
「エミ~、それただの筋肉好きでしょ~。それにさ、『戦士ちゃん』って、名前も覚えてないような相手にはさ、好きとか嫌いとか言う次元の問題じゃ――」
「――バカヤロォォォ!!!」
チカのセリフを遮り、エミがまた絶叫する。
いつの間にか彼女は手にマイクを握っていて、肺の空気を押し出すように体をくの字に折り曲げていた。
その声はエミのチートにより増幅され、洞窟の中にハウリングを起こし、鳴り響く。
「※コクる前に負けること考えるバカいるかよ!」
(※アントニオ猪木の言葉。原典は「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」)
「いや、考えようよ」
「戦士ちゃんは自分の名前を覚えてないとか、そんなちいせぇこと気にしないよなっ? だって良い筋肉してるし!」
「いえ、エミ様、気にします。それに自分はどちらかと言うとチカ様の方が……」
突然のカミングアウトに、チカは目を白黒させる。
戦士が自分の言葉に顔を赤くしていると、無言でつかつかと距離を詰めたエミが、両手を高々と差し上げた。
その手の中に、パイプ椅子が現れる。
そのまま振り下ろされたパイプ椅子は戦士の頭へ直撃し、座面のクッションが吹き飛んだ。
「っぐ」
「何がやりたいんだコラ! あぁ? タココラ! てめぇチカにコラ! なに色目使ってんだコラ! あぁ? コラ馬鹿野郎! タココラ!」
パイプ椅子の枠が首にぶら下がった状態の戦士に、三分の二ほどしか身長のないエミが、下からしゃくるようにガンをつける。
僧侶は戦士のために、早くも祈りを捧げ始めていた。
「もうやめなよエミ、話進まないし、※コラコラ問答なんてネタ、だれも知らないんだからさ」
(※2003年のZERO-ONE道場における記者会見終了後の、長州力と橋本真也の口論)
コラコラ言い続けているエミの肩をつかんで、チカが止める。
「だって
「こいつとか言わないの」
「チカはわたしだけの※ディーバなんだかんね?! わたし以外の男と付き合うとか、ゆるさへんで!?」
(※アメリカのプロレス団体WWEで、以前まで使われていた女子プロレスラーの総称。ディーヴァ)
「わたし以外の男って……エミは男じゃないでしょ」
笑いながら話し続けるパーティの向こうに、黒い影が現れたのは、その時だった。
異世界でもプロレス最強~プ女子の異世界名勝負数え歌~ 寝る犬 @neru-inu
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