最後の5分間 ~死神と死んだ少年の場合~

西宮樹

最後の5分間 ~死神と死んだ少年の場合~


「神崎さん、おはようございます。さっそくですが、あなたは死にました。そして最後の五分間だけ、この世界を見る事が出来ます」


 やけに整理整頓された自室のベッドで目を覚ました俺を待っていたのは、黒いローブを身に纏った、奇妙な女の子だった。

 一言で言えば、そう。

 死神だ。


「え? いや、死んだ?」

「ええ、そうですよ。あなたは交通事故で死にました。覚えてないですか?」


 その言葉をきっかけにして、俺は自分の最後を思い出す。

 そうだ、確か子猫が道路で右往左往していて、助けようと思ったらトラックが目前に――。


「……そっか。俺死んだのか」

「ええ。正確には、四十九日前にです。とても悲しい最後でした」


 無表情で言われても、ちっとも感情が伝わってこない。というか、四十九日前?

 

「死んだ直後じゃないの? というか、今の俺って幽霊なのか?」

「順を追って説明します。四十九日前に死んだあなたは、魂の選定に掛けられていました。つまり、天国に行けるかどうか」

「……」

「その結果、天国に行ける事が決まりました。おめでとうございます、喜ばしいですね」


 だから無表情で言われても伝わらないんだって。

 しかしそうか、天国か。実感がわかないけれど、それっていい事だよな、うん。


「天国へ行く人間には、ある権利が与えられます。幽霊となって、五分間だけこの世界を見る事が出来ます」

「……意味が分からない」

「家族や友達、恋人の様子を知りたいという方は多いので。我々も配慮をしまして、最後の五分間くらいは自由にさせています。では、扉を開けて部屋を出てください。その瞬間から、五分間が始まりますので」


 俺は立ち上がって、部屋の扉まで移動する。この扉を開けて、部屋を出て行ったその時から、きっと俺にとって最後の五分間が始まる。

 さて、何をしようか。

 両親は、友達は、悲しんでいるのかな。立ち直れているのかな。


「……」


 そして俺は、扉を――。





「……よかったのですか?」


 結局。

 俺は扉を少しだけ開けると、部屋のベッドで横たわっていた。刻一刻と時は流れ、最後の五分間は無駄に過ぎていく。


「誰か、会いたい人はいないのですか?」

「……なんというかさ。もし仮に、悲しんでいる両親とかを見たら、後悔すると思って」

「後悔?」

「子猫を助けた事を、さ」


 命を助けたんだから、後悔なんてしたくない。


「結局俺の人生、何も成し遂げられなかったんだからさ。最後くらいは、満足して死にたいんだ」

「そんな事はないでしょう。あなたは命を救ったんですから。ほら」

「ほら?」


 死神の方を向くと、少し開いている扉から、小さな子猫が顔を覗かせていた。


「あれは――」

「あなたが助けた子猫です。どうやらご母堂が引き取ったようで」


 俺が助けた命が、こうして俺の目の前にいる。

 それだけで俺は、なんだか幸せだった。


「ありがとう、死神さん」


 そして俺は、眼を閉じた。意識がなくなるまで、ずっと。

 それはあまりにも贅沢な、幸せな最後の五分間だった。

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最後の5分間 ~死神と死んだ少年の場合~ 西宮樹 @seikyuuki

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