第9話 物語
「できた?」
「わっ!」
休憩がてらにタブレットを覗き込んでみると、
「途中で見ないでくださいよ!」
「早く次くれよ、次」
俺は『物語』の続きを要求した。
暮葉に作らせているのは、ベンチャー社長に渡す『学生時代の記憶』のストーリーだ。ただし、全てがフィクションではない。たくさんの人の記憶の要素を組み合わせて作っている。ある人の入学式、別のある人の授業風景、そして部活、という風に。
記憶を一からねつ造するのは無理だが、他人の記憶を組み合わせて新しい記憶に仕立て上げることは可能だ。自身の経験から、俺はそれができる自信があった。
俺はまず、例の記憶移植業最大手のやつから顧客名簿を入手し、提供可能な学生時代の記憶を順次聞いていった。それを暮葉に伝え、組み合わせてつじつまの合うストーリーを作ってもらっている。あとはそれを移植していくだけだ。
ストーリー作りと移植は並行して進めている。まだ一か月分にもなっていない。先は長いが、いずれは一年分に到達するだろう。
「全部できてからじゃだめなんすか?」
「スケジュール調整が面倒なんだよ。暮葉みたいにいつでも呼び出せるわけじゃないし」
「悪かったっすね、暇人で」
「いや、褒めてるんだよ」
暮葉のそれは仕事みたいなもんだし、暇とかじゃないだろう。もっと自信持っていいぞ。
「子供のころはもっとぱぱーっと作ってたじゃないか」
「なんでそんなこと知って……いや、言わなくていいっす」
存分に語ってやろうと思ったのに、途中でキャンセルされた。なんだ、残念。
「社長、お客様です」
「そうそう、暮葉」
「なんすか?」
「この仕事の報酬は、澄玲からもらっといてくれ」
「……金は払わないんじゃないんすか?」
「言葉のあやだ、あや」
暮葉がそれ以上何か言う前に、俺はさっさと移植室を出た。
こっちはまあまあ順調として、あの大手のやつには何とか言い訳しないとな。記憶を消す技術なんて、俺は持ってなかったわけだし。ま、『全力で協力する』と言っただけで方法を教えるとは言ってないから、嘘はついてないんだが。
俺はちょっと気合を入れて、接客に向かった。
◇
「一杯食わされましたよ、
「はあ」
言い訳を終えた俺は、気の抜けた返事をした。何故なら、目の前の男が上機嫌な笑みを浮かべていたからだ。どうなってるんだ?
まあ、俺がごまかしていることぐらい、事前に想定はしていたのかもしれない。だからと言って、機嫌がいいのは不気味だ。
「とは言え、収穫はありましたよ」
「収穫?」
「記憶をねつ造する方法を知ることができましたからね。いや、ねつ造は言いすぎですか、合成ですね」
「……」
俺は思わず無言になってしまった。
暮葉と協力してやっている、記憶の組み合わせのことを言ってるんだろう。が、なんで知ってるのかが分からない。こいつらの顧客にも詳しく話していないし、どこから漏れたんだ……。
「これも代金として受け取っておきますよ。十分な見返りをいただいて、ありがとうございます」
「ははは……」
俺は乾いた笑いを浮かべた。……まあいいか。
話はそれだけだったようで、やつはさっさと帰っていった。最初から全部知ってて、嫌味を言うためだけに来たんじゃないだろうな。
「
移植室に戻ろうとした俺を、澄玲が呼び止めた。思わず真顔で応える。
「え、俺なんか怒られるようなことした?」
「なんですかその反応は」
「だってさあ……」
下の名前で呼ぶ時って大体そうじゃないか。
だが澄玲は、俺の予想に反して少し寂しそうな顔で言った。
「記憶を自由に作ることは、やはり難しいんですね」
「そりゃね……やっぱり、何か作って欲しいの?」
俺は顔を覗き込んだ。前にも同じようなこと言ってたよな。
澄玲は少しためらったあと、こう告げた。
「そうですね。……直人さんと付き合っていた記憶を消して、単なる友達だったことにして欲しかったんですが」
「……ひどくないですか、そのリクエスト」
そんなに黒歴史だったのか。わりと真剣に傷ついた。
だが、澄玲は柔らかく笑いながら言った。
「今のままだと、顔を見るたびに辛くなっちゃうので」
「えーと、それって……」
色んな意味に取れるな? え、どういうこと?
だが彼女は、すぐにいつもの事務的な態度に戻った。
「できないなら仕方ありませんね。今後に期待します」
「お、おう」
すたすたと歩き去って行く彼女の後姿を、呆然と眺める。
「……まあいいか」
深く考えるのはやめよう、うん。
「できましたよー」
移植室の方から、暮葉の声が聞こえる。今は仕事だ、仕事。
「おー、見せてくれ!」
なにせ三千万だからな。この金が入れば、色々と状況も変わる。かもしれない。
俺は密かに期待しながら、暮葉の元へと向かった。
記憶、売ります マギウス @warst
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