第5話 そしてその名は伝説となる

 カムイがノエルを食べたことによって手に入れたのは、ノエルが持っていた英雄としての能力の全てだった。

 魔物と戦うための力はもちろんのこと、旅人として生き抜くために必要な力も、全て彼のものとなった。今までは全く見分けの付かなかった雑草だと思っていた植物が区別が付くようになり、道なき道を見定める目が備わり、風の流れや雲の動きから先の天候を予測する力が身に付いた。こんな場所とても通ることなどできないだろうと思えるような悪路ですら、落ち着いて見定めれば僅かながらに通り抜けることができる道が存在していることを見抜くこともできるようになった。

 それまでただの魔物の巣窟にしか思えていなかった森は、恵み溢れる、人にとっても生きやすい世界へと姿を変えていた。

 命に満ち溢れていて、温かくて、優しくて。

 まるで神様がくれた揺り籠のようだと、思えた。


「世界って……こんなに綺麗なところだったんだな」


 何処からか聞こえてくる鳥の囀りに耳を傾けながら、カムイは草の陰に隠れた獣道をしっかりと踏み締めて歩いていく。

 ノエルは、一人で世界中を旅しながら、今の自分には想像も付かないような素晴らしいものを色々と見て生きてきたのだろう。

 自分も、いつか、同じものを目にすることができるようになるのだろうか。それを目の前にして、旅をしてきて良かったと、実感できるのだろうか。

 そうなれるように、胸を張ってこれからを生きていこう。きっとノエルも、それを望んでいるのだろうから──



 それから、月日は流れ。

 新たに姿を現した、次世代の魔王を名乗る一人の少女によって、世界は再び混乱の渦中へと飲み込まれていった。

 それに対抗するように名乗りを上げた一人の若き冒険者が、魔王討伐を目指して旅立っていった。

 人間離れした脅威の能力を持ったその冒険者は、旅の最中に集った仲間たちと力を合わせて、長き戦いの末に魔王を討ち果たすことに成功する。

 彼らは伝説となり、英雄としてその名を後世にまで語り継がれることとなった。

 その英雄は、人から名を問われると、決まってこう名乗っていたという。

 孤高の死神カムイ・レンゲルスと──



「……ねえ、カムイ」


 討伐したばかりの魔物の死骸にナイフを振るっているカムイに、彼女は問いかけた。


「貴方のその能力、便利といえば便利だけどよくよく考えたら気持ち悪いわよね。生のまま心臓食べなきゃいけないなんて、あたしだったら我慢できなくて吐いちゃいそう」

「んー、そうかもなぁ。オレも最初は吐きそうになったよ。今はもう慣れたけど」


 カムイは笑いながら、慣れた手つきで魔物の死骸を解体していく。

 死骸は瞬く間に皮、肉、骨と切り分けられていき、最後に心臓が取り出された。


「慣れた今だから言えるけど、結構美味いんだよ、これがさ。知識を食うなんて、普通じゃまずできないことだろ? これはオレだけの特権なんだって、オレはそう思うようにしてるよ」

「その能力……お師匠様から貰ったものだって言ってたわよね」

「ああ、そうさ。この能力だけじゃない、人として生きるための力、魔物からみんなを守るための力、名前、全部……オレが今持ってるものは、先生から貰ったものなんだ。他の何にも代えられない、大切なものだよ」


 カムイは魂喰いの能力の新たな使い道を編み出していた。

 討伐した魔物の力を食らって、人間の枠に捕らわれない戦い方を実現させたのだ。

 それは、ノエルが見出すことができなかった、全く新しい人間としての戦い方の可能性であった。


「先生はこの能力を忌まわしいものだって言ってたけど……オレは、そうは思ってない。この力があるからこそ、オレはみんなのことを守ることができるんだから。人に胸を張って自慢できるものだって思ってるよ」

「カムイにそう思ってもらえるなんて、今頃そのお師匠様も天国で喜んでると思うわ。その能力を授けて良かったって、きっと笑ってくれてるわよ」

「……そうだといいな」


 カムイは遠い目をしながら空を見上げた。

 何処までも突き抜けたように青い空には、雲ひとつない。この分ならきっと明日も晴れるだろう。彼はそう独りごちた。

 ふふっと笑いを零して、手中の心臓を何の躊躇いもなく口へと運ぶ。

 大口を開けて肉を食い千切り、よく味わって飲み込んで、美味いと言った。


「苦労して倒したスカイドラゴンの能力だ。今後の旅に役立つ便利な能力だといいなぁ」

「何てったって竜だもんね。カムイとしてはどんな能力が欲しい?」

「そうだなぁ……竜らしく強靭な体を、とも思うけど、やっぱり翼が欲しいな。空を飛ぶのは人間の長年の夢だからな! 空にはでっかいロマンがある!」

「流石にそれはないでしょ。体が直接変化しちゃうような能力なんて。もしも本当に翼なんて生えたら、貴方今度こそ人間じゃなくなっちゃうわよ」

「その時はその時さ。そうなったら何とかみんなを怖がらせないようにする身の振り方を考えるよ。それに人間にとって本当に大事なのは姿かたちなんかじゃなくて心だ。だろ?」

「……まあ、そうなんだけど」


 彼女は肩を竦めた。

 そんな二人を遠くから呼ぶ、男の声。


「おーい、解体は済んだのか? そろそろ出発するぞ! 次の街までもう少しなんだからな!」

「分かってるわよ、今行くから! ……それじゃ、行きましょ。カムイ」


 仲間の元へと駆けて行く彼女の後ろ姿を見送りながら、カムイは手中に残っていた食べ残しを丸ごと口の中へと押し込んだ。

 大して噛みもせずに飲み込んで、先程解体したばかりの魔物の死骸に魔法を掛ける。

 魔法の効果を受けて掌サイズにまで縮まった肉や皮などを肩に下げていた鞄の中に詰め込んで、彼も彼女の後を追ってその場を駆け出したのだった。



 これは、孤高の死神の異名を背負った一人の英雄の物語。

 かつての忌まわしき悪名が誉れ高き名となって世界中に知れ渡り、そして何代にも渡る伝説へと変わるのは──もう少しだけ、先の話である。

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孤高の死神 高柳神羅 @blood5

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