第15話 一新
その手に何を掴もうとしたのか?
それが形あるものなのか。
それとも、もっと別の何かなのか。
それすら分からない。
けれども、どうしても欲しい。その何かが、狂おしいほど欲しい。
これは夢だ。夢だというのに。
一体、何度見れば、この夢は終わるのだろう?
そもそも千夏は好き好んでバードンの後ろにくっついている訳ではない。
これは言わば後遺症だ。
極限状態で森の中を歩き回り、ひたすらバードンの後ろを追いかけた。言葉も通じず、意思疎通が出来ない中で、とにかくバードンの行動を真似したのだ。
自分の行動がどのような結果を招くのか、その想像すらつかない恐怖が、千夏から行動の自由を奪っていった。
その状態が未だ抜けないのだ。
千夏は今の状況を取りあえずは安全だと思っている。そして今の状況を安全足らしめている存在はバードンだ。
千夏は意識の底で、バードンから離れるのを拒んでいるのである。
もちろん本人にその自覚は無い。バードンについて回っている気はないし、バードンの動きを真似しているつもりも無い。これらの行動は完全なる無意識で行われており、気づかない内に今の形に落ち着いてしまったのである。
バードンは千夏が自分の動きを観察し、そして真似しようとしているのを理解していた。だが、それだけだ。そういうものだと特に疑問を挟むことなく納得していた。
これに違和感を覚えたのがゲーコレードだ。
彼は千夏の様子を見て過去の苦い経験を思い出していた。
(似てる。これはあの時の状況にそっくりだ!もしかしたらまたあの悲劇が繰り返されるかもしれない!)
ゲーコレードがまだここに来る前、彼は冒険者として活躍していた。
その時に知り合ったある女冒険者に似ているのだ。
彼女とは仕事で顔を合わせたのが始まりで、それからよく鉢合わせることが多かった。仕事で一緒になり、食事先でばったり会い、街を歩いていたら顔を合わせる。会えば二言三言ほど会話をし直ぐに別れる。いわゆる仕事仲間だ。
そんなやり取りが繰り返されていたのだが、次第にエスカレートしていった。
偶然通るはずのない森の中で、誰にも言わず出掛けた宿場町の隣部屋に、お気に入りの店の中で、極めつけは偶々入ったトイレの個室の中だ。
男用のトイレの中で何が「奇遇なの」だ。
あの時ほど怖かったことは未だ無い。今だってトイレに行くとドアを開けるのを躊躇う時がある。
そこからは歯止めが無くなったかのように付き纏われた。宿の部屋の中に入り込もうとしてきたり、四六時中後ろを追いかけられた。振り向いたら決まって奴がいるのだ。
奴から離れようと方々に逃げ回ったのだが、何処に行っても奴はいた。何度も手を尽くしたがどれも上手くはいかなかった。
結局、奴から離れられたのは付き合ってもいないのに、訳の分からぬ理由で振られたからだ。
「あなたの気持ちは分かってるの。でも運命の人に出会ってしまったの。だからあたしのことは忘れて欲しいの。本当にごめんなさい。きっとすぐあなたにも運命の人が現れると思うの」
幸いにもそれが奴をみた最後だ。
その苦い経験があの二人を見ていると蘇るのだ。
それにゲーコレードには負い目があった。
噂を落ち着かせようと千夏のことを説明したのだが、かえって裏目に出てしまい、騒ぎを大きくしてしまった。
その負い目がゲーコレードを急き立てる。
(このままじゃストーカー扱いされかねないぜ。今ならまだ間に合うはずだ。誰にも気づかれない内に俺が二人をまっとうな道に戻してやる!)
かくして、ゲーコレードの盛大なお節介が始まった。
そうしてさっそくセレスを焚き付け、二人を健全な状態に戻す作戦を考える。もちろんセレスにはストーカーのことは言わずに、二人の様子が変だということを前面に出して何とか説得したのである。
「ちょっといいかしら?」
そうセレスとゲーコレードはバードンの家を訪ねた。
「あぁ。構わんが、二人して何かあったのか?」
そう少し訝し気にバードンが答える。
普段ならこの二人はお構いなしに家に入って来るところだが、千夏に気を使ってか玄関で呼び鈴を鳴らして待っていたのだ。
「1週間経った訳だけど、何か問題は起きてないか話を聞きに来たのよ。ゲーコも気にしていた様だから一緒にね」
「それは、わざわざすまん。ゲーコも気にかけてもらって悪いな」
そう言って二人を家の中に招き入れる。
当然バードンの後ろには千夏がいて、二人の来訪を喜んでいた。
(セレスさんとゲーコだ。セレスさんホンッと綺麗だな~)
千夏はこの二人に対して好意をもっている。セレスは病室で色々と世話を焼いてくれたし、それに人を安心させるような雰囲気がある。ゲーコはバードンと仲が良く、言葉や態度の節々に千夏を気遣うような気配を感じられるのだ。それに千夏を笑かそうと妙な踊りを披露してくれたこともあった。
リビングに移動すると、千夏がお茶を用意する。この1週間で何度も淹れたのだろうか、だいぶ慣れた手つきでテキパキと準備をしていた。
その様子を見てセレスは考える。
やっぱり頭は良いようね。それに手際もいい。言葉もいくつか覚えたようでバードンやゲーコレードと簡単な単語で会話もしている。これなら十分生活できそうだ。
ただ、ゲーコレードの言うように二人の様子は若干不気味ではある。互いが互いを変に意識しているというか、何だか滑稽でしっくりこない。
皆は親鳥と雛鳥みたいだなんて笑っていたけど、これは……
(相手の意を汲もうとしているのよね?二人ともどうしていいのか手探りで戸惑っているみたい。何だか空回りしている様なちぐはぐな感じがするわ)
それも言葉が通じない以上仕方がない。
このままにしておくのが良いのか悪いのか、見極めなければならない。
「それで、外出禁止は解けるのか?」
「私としてもそろそろ外に出してあげたいんだけど、村中で噂が盛り上がっちゃってねぇ。収まるのを待つか、一息に断ち切るか悩みどころなのよね~」
「そんなに噂になっているのか。それだといつまでここに閉じこもっていればいいんだ?」
「そうよねぇ。けど今チカちゃんを外に出したら、間違いなく引っ張りだこよ。家に一人でいるのが問題ないのなら、バードンだけでも外に出る?」
「それなら大丈夫だろう。料理はほとんど千夏が作っているし、ここの生活にも大分慣れたと思う。留守番くらいは問題ないだろう。それで良いだろう、千夏?」
バードンは横に座っている千夏の瞳を見つめ、言葉の代わりに精一杯の感情を視線に込める。そして指で千夏と足元、自分と外を交互に差し示す。
それは森の中で何度か使われたサイン。意味は「ここで待っていろ」だ。
千夏はその意味を理解し、首を振って拒絶した。
そこから千夏の必死の抵抗が始まった。
燻ぶっていた不安の種が一気に開花したのだ。
とにかく今バードンがいなくなるのは千夏にとっては死活問題だ。何としてでも繋ぎ止めなくてはならない。
冷静な頭と切羽詰まった感情がバードンから離れるなと訴えてくる。
(ヤバい!ヤバい!バードンが何処かに行っちゃう!)
直感的にバードンが何処か遠くへ行こうとしていると感じ取ったのだ。
どうすればバードンを引き留められるか。反射的に首を振ったけどこれだけでは伝わらない。
そう思った次の瞬間にはバードンの体にしがみついた。
全身を使って何処にも行かないでアピールだ。
目は既にボロボロの涙目でばっちり上目遣い。胸だって押し付けている。
でも口から出る言葉は自分の意思と無関係に、行かないで行かないでと子供のような声を出す。
何とかして引き留めようと、子供の必死さと大人の冷静さでひたすらに訴える。
(お願いします!何処にも行かないで!)
バードンが折れるまで絶対に退けない。
自分の行動が正しいのかどうか千夏には分からなかったが、それでもバードンから離れることなんて、今は考えられなかった。
案の定というべきか、これには流石にバードンも参った。
千夏が不安なのは分かっているつもりだったが、これほどまでとは思ってもいなかった。ひょっとして自分はもう帰ってこないとでも思ったのだろうか?
とにかく言葉で伝えられない状況が、今までにも増してもどかしかった。
「落ち着きなさい。ようやく分かったわ」
そう言ってセレスが口を挟む。
その常とは違う凛とした声に場の空気が瞬時に引き締まり、千夏の泣き声ですらさあっと静まる。
「バードン。チカちゃん。あなた達には親離れ子離れの時期が来たのよ。チカちゃんにはこの村のことをもっと知ってもらうわ。そうすればきっと気に入ってくれるはずよ。バードンは千夏ちゃんをあんまり甘やかさない。子供みたいに接するのは止めなさい」
「それは、つまり、千夏はどうすればいいんだ?」
バードンが少し苦々しい顔で尋ねる。
「ずっと家の中にいるのはやっぱり良くないわ。外に出て噂なんて跳ね返してやりましょう。そっちの方がずっといいわ。外に行くだけで随分気持ちは変わるもの。それに千夏ちゃんにできる仕事でも探そうかしら」
その言葉にバードンも納得する。
千夏もセレスの明るい雰囲気を敏感に感じ、状況が好転したのを何となく察した。
いつのまにか暗い空気は無くなり、今後のことに皆で考えを巡らせる。
それを待っていたかのようにゲーコレードが口を開いた。
「なら、俺にいい考えがあるぜ!」
読んで頂いてありがとうございます。
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異世界侵略☆ふらんちゃいず大作戦☆ とりとめたいちと秋の空 @toritometaichi
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