第14話 噂

 夢の中で手を伸ばす。

 もちろんそれが届くことは無い。

 そんなことは分かっている。

 分かっているのに、それでも手を伸ばす。

 只の夢だというのに、諦めきれずに手を伸ばす。





「なぁ?ちょっといきすぎじゃない?」

「そうねぇ。でも別に問題があるわけじゃないしねぇ」

「だからってあれは無いだろうよ。本人たちは別に何とも思ってないみたいだけど、正直、ちょっと不気味……」

「だからって……どうしようかしらねぇ」


 そう頭を悩ませているのはゲーコレードと副団長のセレス。

 話題はもちろんバードンと千夏のことだ。


 千夏がバードンの家に行ってから1週間が過ぎた。その間特に問題は無く、二人とも静かに過ごしていた。

 だが、周囲が騒がしかった。噂を聞きつけた団員たちがこぞってバードンの家を訪ねたのだ。



 そもそもの発端はバードンの家から帰ったゲーコレードが、さっそく団員達に捕まり、千夏のことを根掘り葉掘り聞かれたことから始まる。


「だからよ、卵から生まれたってのは間違いないぜ。ひよこみたいによ、バードンの後ろをくっついて回るんだ。トコトコトコトコって可愛らしくな。あれを見れば卵から生まれたってのも頷けるってもんよ」

「う~む。信じられんが、あいつが嘘をつくとも思えんからなぁ。でも見てみんことにはなぁ」

「おうよ!そもそもここは人類未踏破領域。何があったって不思議は無いさ。でもよ、覗きに行こうなんて下種なことを考えるんじゃねぇぞ。下手な噂が落ち着くまではそっとしておくのが人情ってもんよ」

「あぁもちろんだ。俺たちがそんなことをする訳なかろう、まったく。新参どもじゃあるまいし」


 そう話しゲーコレードは千夏のことを説明する。

 ゲーコレード自身も卵から生まれたなんて話は信じられなかったのだが、千夏の様子を見ていたら不思議と腑に落ちたのだ。だから、どうにも疑ってしまった自分を恥じて、卵から生まれたという話は正しいと声高に主張する。

 ゲーコレードとしてはちょっとした償いのつもりでもあったし、下手な噂が早く落ち着くのを願ってのことでもあった。

 だが、この話を聞いた団員たちはますます興味を覚えてしまった。どうにかして一目見てやろうと、バードンの家に行く口実を探し出した。

 無論、ゲーコレードの話に頷いた手前、覗きに行くなんて下種なことはできない。

 他の奴に見つからないように、かつ正面から堂々と、そしてさり気なく様子を見るのだ。

 その考えを誰にも悟られないように、団員たちは何食わぬ顔で足早にその場を後にした。



 その翌日からバードンの家には来客が時間をおいて訪れることになる。


「すまんな。すっかり荷物を置きっぱなしにして。ゲーコのやつから荷物を整理したと聞いて取りに来たぞ」


 一番多かったのは荷物を引き取りに来たという者だ。これは何とも都合のいい口実だった。

 不審な点はないし、このまま置きっぱなしにしておく方が迷惑になる。

 もっともバードンからしてみれば、元々倉庫だった場所を一人で使っているので、使っていない荷物置き場に物が置かれようが迷惑だとは思っていなかった。特に最近は村に人が増え、若干村が手狭になってきたこともあり、快く承諾していたのだ。

 だから取りに来たと聞いたときは思わずこう口にした。


「いいのか?持って帰ってもかなり場所をとるぞ。別にこのまま置いていても構わんが」

「いや、いつまでも置いておくものでもないしな。ちょうど良い機会だ」


 正直に言うと、持って帰りたくはない。

 だが何とかしてゲーコレードの話を確かめたかった。


「そういえば、人を預かっているらしいな。どうしているんだ?」


 さりげなく、今思い出しましたという体で話しかける。


「俺の後ろにいるだろう」


 そう言ってバードンが体をひょいと横にずらす。

 その陰から千夏が顔を出した。


(居た!ゲーコの言った通りだ!!)


 内心では狂喜しながら顔にはおくびにも出さず、「女だったのか」何て惚けて見せる。

 そしてばれない様に会話を続けながら、横目で二人の様子を探る。


 バードンが止まれば止まり、バードンが動けば千夏も動く。荷物置き場でバードンの姿が隠れたときは、体を上下左右に動かし探している。バードンもちらちらと千夏の様子を気にかけていて、その千夏の動きにつられて小刻みに体が動いている。


(ひよこだ。ひよこ。卵から生まれたってのも頷ける。二人して同じ動きをしてやがる)


 その何とも言えない滑稽な様子を見ると、声に出して大笑いしたい欲求が沸き上がるが、何とか抑え取り繕う。


(はぁ~駄目だ。ツボに入った。笑いてぇ。クッククッ)


 笑いを必死に噛み殺そうとするが、つい漏れそうになる。精神を集中させて何とか耐えたが、バードンが喋っていたことをつい聞き漏らしていた。


「じゃあ、ここに置いてある分で全部だな」

「えっ?」


 ようやく耳に入ってきた言葉にはっとして、目の前の光景を見ると小高く積まれた山のような荷物と、棚が3つ。

 魔獣の素材や工具、冬用の装備に、やりかけの工作物。一体何往復すれば運びきれるのか分からないほどの量がそこにあった。


「えっ?」


 自分の想像を遥かに上回る量の荷物を前にして、体が硬直する。


「やっぱり持ってくの止めるか?」

「いやちょうど必要なものばかりだ。さっそく持っていこう」


 ここで置いていってしまったら、只の野次馬になってしまう。

 引きつりそうになる顔を必死に抑えて、精一杯虚勢を張った。


 結局、自分の部屋だけでは置ききれず、かなり不便なとこにある倉庫に仕舞うことになる。

 荷物を取りに来た者は皆、同じように後には退けず、一様に諦めた顔で無意味に荷物を運ぶことになった。

 バードンは何度も置いていても構わないと伝えるのだが、皆余計に意地になるだけで、その様子を心底不思議そうに千夏が見ていた。




「この間補給都市に行った時のお土産よ」


「いい肉が獲れたから、持ってきたよ」


「外出禁止って聞いてな。ケーキを焼いたんで食ってくれ」


 次に多かったのは、差し入れを持ってきた者だ。

 かぶらないように気を使ったのか、普段あまり口にする機会のない、珍しい物が集まった。なかなかお目にかかる機会のない魔獣の肉、最近補給都市で流行っているというお菓子。この時期にしか取れない非常に美味しい茸に入手困難な高級茶葉。

 かなりの数が届いたが、同じものが一つもないということに、団員たちの妙な真剣さが窺える。

 これにはバードンと千夏も大いに喜んで、さっそく料理やお茶を楽しんだ。

 この作戦は功を奏したかのように思えたが、しばらくすると次の来客が訪れるため長居はできず、二人の様子を存分に確認する前に、怪しまれないようそそくさと帰ることになってしまった。

 だが、団員たちは短い時間の中でも二人の様子を存分に楽しみ、千夏が後ろをついて回る姿を確認すると、満足するように帰って行った。


 このようにあの手この手で二人に接触しようと様々なことが行われた。


「お~い。ボールを取ってくれ」

 バードンの家の周りで普段やらないボール遊びを始める者。


「これにサインをもらえるか?」

 たいしたことない書類にサインをせがむ者。


「魔道具の点検でーす」

 ここぞとばかりに仕事を持ちだす者。


「頼まれていたやつが出来たので届けに来ました」

 普段、届けに来るなんてことは絶対ない道具屋。


「はぁ~いい天気!」

 バードンの家の近くで何故かピクニックを始める者。



 と、このような調子が1週間続いた。

 結局噂は収まらずに、今や開拓村は「卵から生まれた卵姫」の話題で持ち切りだった。


 だが、ゲーコレードとセレスを悩ませているのはそれだけではない。

 1週間経っても相変わらず後ろをくっついて回る千夏と、それを気にも留めないバードンだ。

 最初は面白がっていたのだが、いい加減少し不気味に思えてきたのだった。









読んで頂いてありがとうございます。

初めて小説を書きました。

感想やご指摘など是非聞かせてください。




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