第13話 光

 早く回復魔法を、取り合えず回復量は少なくていいから早いもので。

 詠唱を唱えながら、伸ばした手の先にいた彼女の瞳から無情にも光が消えた。

「あっ」

 何度か見たことのある、もう二度と見たくない顔だ。

 私の回復魔法は間に合わず彼女のHPは0になったのだ。


 その証かのようにこちらの世界の住人の死とは違い。

 こちらの世界に本来肉体を持たないプレイヤーたちは、パラパラと美しい光の粒となり、神の元へと戻るために崩れていく。

 そうこちらの詠唱はもう無駄だといわんばかりに……パラリ、パラリと。


 ハチャメチャなことを言う口からは、何か言葉がこぼれることはなく。 

 ギラギラとした瞳は生の輝きを失い。

 パラパラ、パラパラと美しく美しく崩れていく。


「あぁ、待って。お願いだ。待ってくれ」

 無駄だとわかっていても詠唱をしても。

 回復はむなしく、彼女が崩れていく。


 ヘイトをためていたところに回復魔法を使ったことで、こちらにヘイトが向く。

 ぎちぎちと音を立て、キラーアントがとびかかる。

 詠唱が中断され、吹き飛ばされる。


「詠唱が、唱えないと。消えてしまう」

 そうつぶやくがそんなことお構いなしに、神の元へと召されるために、最後は美しい光の粒となり舞い上がる。


 襲い掛かるキラーアントよりも、回復しなければとさらに詠唱を唱えようとするが焦る気持ちとは裏腹にうまくいかない。

 唱えてももう無駄だとわかっていても、それでもやめることができない。


 そんなことをしていると、私だけは門番が駆け付け、数がずいぶんと少なくなったキラーアントを見事な連携でさばいてくれたおかげで助かってしまった。



 街の前の広大な広場には、おぞましいほどの素材があふれかえり。

 街は助かった安堵と、大量の持ち主のいない素材に浮かれていた。

 彼女が生きていれば、彼女の元して回収されるはずだが、死んでしまったゆえに回収されることなくその場にとどまるおびただしい数の素材に。

 低レベルのモンスターといえども、一体どれだけの数がいたのだろうと見渡しなんとも言えない気持ちになる。



 私は彼女に生かされた。

 一緒にいれば回復できただなんて思えるほど、私は自分はめでたい性格ではない。

 回復をすれば、ヘイトがこちらに向く。

 私はたちどころにアントたちの餌食となったことだろう。


 そして賢者の称号を賜った私が戦闘から逃げることは許されていない。

 立場に応じた義務というのがあるのだ。

 彼女は強かった、ギルドでは相応の立場だから、立場により責務が発生することをきっと知っていたのかもしれない。



 私が呼んだせいで殺した。

 私のせいで街に戻らせた。

 私は何もできなかった。



 山のような死骸に囲まれて呆然といなくなった場所をぼんやりと見つめた。



 そんなときに、私の頭に浮かんだ。

『コンティニュー』

 数々のプレイヤーたちは、神に召された後、再び新たな命をもらい教会で生まれ変わるのだ。


 キラーアントに投げ飛ばされた際に受けた脇腹の傷がずきずきと痛むがそんなことは関係ない。

 コンティニューの一抹の望みをかけて私は教会へと向かった。



 人とぶつかるけれど、そんなこと気にしている場合ではない。

 息はきれ、横腹が痛んでも私は走ることをやめなかった。



 教会の扉を開けると、そこにはいつも通り誰もおらず。

 女神の像が中央に飾られていた。

 あたりを見渡すが、残念なことに探している彼女はいない。



 認めたくなかった。

 だけど、誰もいない。それがきっと答えだったのだと思う。


「あぁ……」

 なんとも言えない声がしてその場にうずくまって気が付いた。

 忌々しいと思っていた、自身の左薬指にある指輪に。


「これだけが残ったのか、そうか」

 画面越しではどれほど一緒の時間を過ごしたのだろうか。

 そう、一発ぶん殴れないなら、こちらの世界に呼び込んででも、始末してやるということから始まった結末はこれだ。


 自分勝手に私が他の人ともう結婚することができない証だけを残して消えた。



「ここで蘇らないということは、どうなったのだろう。もしかしたらあちらの世界に戻れたのだろうか。あちらの世界は君にとってつらく大変なことばかりなことを私はさんざん愚痴を聞いて知っている。それとも女神の元に召されて穏やかに眠ったのだろうか」


 人魚の涙、忘れな草、ヴァンパイアの生き血君は全部すでに持っていたけれど。

 次もし会えたら、今度は二人で探しに行こう。

 長い長い旅じゃなくて、君と一緒なら案外早く終わるかもしれない。

 そしたら今度は、薬を飲もう。


――――――――――――――――――――



 あれから30日後。

 ユリウスは、お城のいつもの場所ではなく。

 教会の女神がよく見える席に時間が許す限り座っていた。


 その時だ。

 ふわりと光の粒が一粒舞い降りた。

 きらりと光るその粒に思わずユリウスは顔を上げた。



 神の祝福かのように、光の粒はどこからともなく現れふわりと舞いあがりそれはいずれ集まり見覚えのある一つの形になっていく。

 あきらめきれずもしかしたらを願い何度も夢に見た光景だった。


 思わず手を伸ばしたその先に、今度はちゃんと体があった。

「えっ、なになになに!?」

 こちらの気持ちなど知らないような間の抜けた声。

 そんなのお構いなしにユリウスは抱きしめた。

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