第41話 体育祭文化祭 文化祭編2

 春輝目当ての女子。滅茶苦茶気まずい女装。その全てを耐え抜き、なんとか午前の部を切り抜けた。お昼休憩が終わると、午後の部が始まる。今度は自由行動だ。


 昼休憩の時に、化粧はばっちり落としたしな。これで大手を振って歩ける。


 と、そんな感じで廊下に出る。すると、春輝が文化祭のパンフレットを広げながら、話しかけてきた。その表情は、いつもの落ち着いた雰囲気ではなく、無邪気な子供のようだった。


「どこから回ろうか。九条さんたちの演劇は、14時半スタートだしな。場所は体育館か。早めに並ぶことを考えると……」


「ま、まあ、ぶらりと行けばいいんじゃないか?」


 興奮気味の春輝を静めようとする。すると、美来が腕を組みながら話に入ってきた。


「馬鹿ね。九条さんと如月さんが出るのよ? 男子たちが殺到するに決まってんでしょ。なんならもう、時既に遅しかもよ」


「い、いや、さすがにそれは大袈裟だろ」


「ま、冬馬がそう思うなら、それでいいけど」


 そう言って美来は先に歩きだした。なんというか、ああいう言い方されると不安になるな。


 前を歩く美来の背中を見つめ立ち止まる。すると、後ろから肩を叩かれた。急なことに驚きながら振り返ると、エプロン姿の神代さんがいた。料理用というより、本屋の店員さんみたいなエプロンだ。好感度はまだ80。下がってなくて良かった。


「か、神代さん! どうしたの?」


「呼び込み中。それはそうと冬馬、急いだほうがいい。体育館、長蛇の列だから」


「えっ……マジか……」


 いくら何でも早すぎでしょ……。完全に油断した。今からでも間に合うか? 何はともあれ急がなくては!


「ありがとう! 神代さん!」


「うん。頑張って」


 そう言って、口角を少し上げた神代さん。優しい人だ。また話しかけてくれてありがとう。そう伝えたかったけど、それを言葉にするのは、少し違う気がした。


 神代さんに向かって手を振り、前を歩く美来と春輝の元へ。体育館では、既に列ができていることを伝えると、二人は俺以上に焦り始めた。


 階段を勢いよく下りていき、廊下を走る。すると、体育館へと続く渡り廊下が見えてきた。


「マジか……」


 既に、渡り廊下は人で溢れかえっていた。引きつらせた顔を美来と春輝に向けると、二人も顔を引きつらせていた。


 これは、前から何列目になってしまうのだろうか……。折角の九条さんの舞台、近くで見たかったな。もっと早く来ればよかった。


 そんな後悔を感じながら、渋々列に並ぶ。まだ体育館の開場まで一時間弱はある。このまま並び続けるのは、正直しんどい。が、俺には春輝と美来がいる。お喋りでも何でもしていれば、時間は過ぎていくだろう。


「しっかし、これじゃ九条さんたちの劇だけで今日終わっちゃうね」


 そう言って美来がため息をつく。すると、春輝は少し困ったように眉を八の字にした。


「まあ、しょうがないよ。これはこれでいい思い出になると思うよ」


「なんか、悪いね。付き合わせちゃって」


 なぜか申し訳なくなり謝る。すると、美来は目を細め、好感度を1下げた。


「は? 別に冬馬のためとかじゃないから。私も普通に九条さんたちの劇見たいから」


「そ、そっか! すまん!」


 そっか! それなら良かった。俺は変なところ勘違いするからな。気を付けないと。


 それから予定通り? 春輝と美来と話をしながら過ごしていると、体育館の扉がゆっくりと開き始めた。そして、人一人分の隙間ができた瞬間、先頭の人達がなだれ込むように入っていった。まさに戦場。俺達はその波に流されるように体育館中へ。


 だが、まだ安心できるような状況ではなかった。中は中で、席の奪い合いなのだ。俺達も走って、できる限り前の方の席を目指す。


 な、なんとか席に座れた。しかし、場所は体育館真ん中あたりの席。なんとも言えない微妙な席だ。


 それからしばらく待つと、1年6組の演劇が始まった。九条さんから聞いた通り、内容は白雪姫。王子役の如月さん、そして白雪姫役の九条さんが登場する度に、館内はざわつく。その度に、横に座る美来は、苛立っていた。


 まあ気持ちは分かるけど。九条さんたちの声聞こえないしな。


 そして30分にわたる劇が終わった。最後のカーテンコールでは、至る所から九条さんや如月さんの名が飛んでいた。俺も叫んでみたい。けど恥ずかしくてできなかった。


「いやー良かったね」


 美来が満足そうに微笑む。春輝もそれに同意するように、何度も頷いていた。俺もそれに続いて頷こうとする。しかし、その時だった。俺に目に、とんでもない光景が飛び込んできた。


 なんと、ステージへ続く入り口に男子たちが群がっているのだ。


 こ、これは……出待ち?!


 6組の人たちが、気まずそうに入り口から出ていく。九条さんや如月さんはまだ出てきていない。恐らく出てきたら最後、やっかいなことが起きるに違いない。


 そんな光景をおぞましく思っていると、美来が背中を叩いてきた。


「ちょっと、あれヤバいでしょ。冬馬、ちゃんと彼氏として助けに行きなさいよ」


「ええ?!」


 た、助けると言ってもな……。くっ、でも行くしかない!


 群がる男子たちの元へ突っ込んでいく。と、その時だった。ステージ入り口から、衣装姿の如月さんと九条さんが現れた。その瞬間、男子たちの動きが活発になる。


 握手してほしい、一緒に写真を撮ってほしいなどの要望が飛び交う。我先にと争う男子達を前に、九条さんはあわあわと慌てふためいていた。如月さんは、九条さんの手を引きながら、男子たちを突破しようともがいていた。


 やっぱり、やっかいなことが起きた!


「九条さん!」


 そう声を張ると、如月さんがこっちを向いた。目が合うと、なぜか好感度を2上げる。そして、口角を上げて九条さんを俺の方へと押した。


「桐崎! 頼んだ!」


「お、おう!」


 た、頼んだって?! ええい! なるようになれ!


 つまずきそうになりながら、俺の方へやってくる九条さん。俺はその手を取り、引っ張る。そして、急いで体育館を脱出した。


「桐崎くん!」


「は、走ろう! いけそう?」


 真っ赤なメーターを満タンにした九条さんが嬉しそうに頷く。俺は、後ろから迫る男子たちを尻目に、九条さんと共に走り出した。


 そして、しばらく走った俺と九条さんは、一階の空き教室に逃げ込んだ。


「こ、ここなら、なんとかなるかも」


 息を切らしながら、膝に手を付く。九条さんも肩で息をしながら、辛そうな表情をしていた。しかし、メーターは相変わらず満タンで、上の方はプルプルと震えている。


「だ、大丈夫?」


「う、うん! あ、ありがとう」


「いやいや、これくらい! 九条さんを守れて良かったよ」


 そう言うと、眉を八の字して頬を染める九条さん。白雪姫の衣装も相まって、その破壊力はすさまじい。可愛すぎる。


 呼吸を整え、九条さんを見つめる。すると、九条さんも俺の目を捉え、目の前に寄ってきた。その目はなぜか潤んでいて、頬は真っ赤に染まっている。そして、メーターが天井を突き抜けている。


 な、なんだろう、この雰囲気、この感覚……。


 静かな教室内でただ見つめあうだけ。


 気付けば、九条さんの肩に手を置いていた。すると、九条さんは俺の胸にそっと両手を当てる。そして、ゆっくりと目を閉じた。


 異常なまでに高鳴る心臓。これって……そのつまり……。


 俺も目を閉じて、ゆっくりと九条さんの顔に顔を近づける。そして、鼻が触れそうになる。と、その時だった。


「あ! こんなとこにいたの! もう! めちゃ探したんだから!」


「わあああああああああ?!」


 突然、がらりと開かれた扉の音と共に、飛んできた美来の声。それに驚いた俺と九条さんは、両手を挙げて飛び上がる。


「何してんの? 早く戻ろっ」


「お、おう!」


 どうやら、美来にはバレていないらしい。良かった……。でも……もし、美来が来なかったら、俺と九条さんはどうなっていたのだろう。


 三人並んで一年の階へと歩いてく。まだまだ高鳴る心臓。チラリと横目で九条さんを見ると、九条さんは唇を真っ直ぐに結んだまま、顔を真っ赤にしていた。メーターも変わらず真っ赤である。


 そして6組前に着いて俺達は九条さんに別れを告げた。


「じゃあね。今日は一緒に帰れないんだっけ?」


 美来がそう聞くと、九条さんはぎこちなく何度も縦に首を振る。美来は、その姿に疑問を浮かべながら、手を振った。


 そして、色々あった文化祭一日目が終わった。感じたことのない疲れのせいか体が重い。帰り道では、俺一人だけ疲れ切った顔をしていた。美来と春輝は、明日の予定を楽しそうに話している。


 はあ……改めて四天王の凄さを思い知ったよ。でも……。


 ふと、空き教室でのことを思い出す。


 あ、あれって……。き、キスの雰囲気だったよな?


 分からない。もしそうだとしたら、とんでもないことになっていた。逆に、俺の読み違いだったら、未遂にすんで良かった。そう考えたほうがいいかもしれない。


「な、なあ」


 楽しそうに話す美来と春輝に割り込む。すると、不思議そうな顔した二人が俺の方を向いた。


「あ、あのさ……その……キスとかってどれくらい付き合ったらOKなんだろう」


 勇気を振り絞り、言葉に詰まりながら疑問を投げてみる。すると美来は、自分の肩をギュッとと抱きしめると、食いしばった歯を見せて、体を震わせた。


「は? はあ?! キ、キス?! いやいや、キモイキモイ。冬馬がキスとかマジできもいから。うーわ、鳥肌たったわ」


 すると、春輝が苦笑いを浮かべる。そして、一回咳ばらいをすると、真面目な顔を見せる。


「美来、言いすぎだぞ。まあ、大事なことだもんな。偏見だけど、女子の方がそういうの大事に思ってそうだし」


 その言葉に、美来は何度も頷く。


「そうね。気軽にしていいもんじゃないでしょ」


「だ、だよな。うん、ありがとう。九条さんのこと大事にしたいからな。ゆっくり、その場の雰囲気に流されないように気を付けるわ」


 そう決意し、腕を組んで頷く。すると、美来は意地悪そうな笑みを浮かべて、とどめの一撃を放った。


「そうね。いっそ三年後とかでいいんじゃない?」


 さ、三年後って……。でも、本当、真剣に考えないとな。その時が来たら、ちゃんといい思い出になるようにしよう。


 九条さんを大事にしたい。改めてそう強く思った。

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好感度が見えるようになったんだが、ヒロインがカンストしている件 小牧亮介 @Tamori_ryou

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