第40話 体育祭文化祭 文化祭編1
体育祭が終わり、文化祭一日目が始まった。とうとうこの日が来てしまったのだ……。
出し物の最終調整時間の中、クラスメイトは、教室内を慌ただしく動き回っていた。調理担当は下ごしらえを。接客担当は、衣装に着替えていた。
男装女装喫茶ということで、お姫様のドレスのような衣装を渡される。全体は水色で、肩の部分だけ白い、可愛らしいドレス。
俺が着て映える物じゃないんだよなぁ……。てか、本当に何でこの案が通ってしまったのか。
と、心の中で文句を垂れていると、後ろから肩をはたかれた。振り向けば、うちの学校の男子制服を着た美来が、楽しそうな笑みを浮かべている。
「お! お姫様じゃん! ぷはっ、きもーっ!」
俺の格好がよっぽど可笑しいのか、吹き出す美来。美来の男装は、まあ……似合っていた。
「なんだよ」
目を細め、尖った言い方をする。すると、美来は俺の手首を力強く掴んできた。
「こっち来てよ」
「ちょ、何すんだよ」
抵抗してみるも、美来はガッチリと俺の手首を掴んだまま引っ張る。そして、椅子に座らせる。すると、数人の女子が俺を囲んだ。
い、嫌な予感がする……!
だが、時すでに遅し。女子たちは不敵な笑みを浮かべ、化粧道具を片手に俺を襲ってきた。
そして十数分後。
「はい、終わり! ぷっ……あははは! やっぱ堪えきれんわっ」
真正面の女子が吹き出す。すると、周りの女子も腹を抱えて笑いだした。その中でも美来は、人一倍デカイ声を出していた。
「うははは、いやマジでキモいって! 傑作だわ」
「何勝手に遊んでんだよ」
好き放題しやがってと、不機嫌全開の顔をしてみる。すると、五美と春輝がやってきた。五美は俺の顔を見るなり、大声で笑いだす。春輝は……目を逸らして笑いを堪えていた。
「桐崎、なんだよそれ! 四天王候補かな? つって!」
「やかましいわ。なんで俺だけなんだよ……」
と項垂れていると、美来が腰に手を当て話し出す。
「そりゃあ、冬馬だからね。最近、いいこと尽くしでしょ? たまには嫌な目に合っときなさい」
「いやいや。合うのと、無理やり合わせるのは違うだろ」
まあ思えば、高校生活始まってから、俺はいい目しか見てないよな。本当に幸せな毎日だと思う。人を好きになるっていうのは、こんなにも素晴らしいことだなんてな。
と、そんな思いに浸る。すると、校内放送が流れ始めた。文化祭一日目、午前の部の開始のお知らせだ。放送が終わると、クラスメイトの半分が勢いよく教室を出ていく。俺は、店番だ。
さて、どれくらいの人が来てくれるのだろう。ボケッとそんなことを考える。と、その時だった。教室の扉が勢いよく開かれる。そして、大勢の女子が波を打つように流れ込んできた。
「二人です!」
「一人です!」
入ってきた女子達が我先にと、人数を伝えていく。俺たち接客担当は、女子達の鬼気迫る様子に狼狽えながら、案内を始めた。
そ、そっか! これは春輝狙いの人たちだ。好感度は、多くが30。その他は30を下回る数字だ。恐ろしい……。
黒のワイドパンツに、白のフリンジトップスという、大人なファッションスタイルの春輝。なんか様になっているんだよなぁ。俺との扱いが違いすぎる。
席に座ったお客さんは、みんな春輝に注文を取ってもらおうと目をギラつかせている。その光景に呆れそうになっていると、美来が俺の横にやってきた。その横顔は俺と同じで、呆れた様子だった。
「春輝も大変よね。人気があるってのも、男女問わず困りものね」
「そ、そうだな」
人気か。きっと四天王の方々も大変だろうな。九条さんと如月さんは、演劇だったか。雪村さんと神代さんは何するんだろう。
と、みんなのことを考えていると、教室の扉がゆっくりと開かれる音が聞こえてきた。美来と一緒に音のする方に体を向ける。
「いらっしゃいませ! って、九条さん!」
なんと、九条さんが来てくれたのだ。思わず背筋が伸びる。だが、待て……。この格好だけは、見られたくなかった……。
引きつる口角。その横では、美来がニヤリと口角を上げていた。前では、俺の恰好に戸惑っているのか、九条さんが眉を八の字している。すると、その後ろから如月さんが現れた。
「あたしもいるよ。って……桐崎。その気持ち悪い恰好は何よ」
「い、いや、そういう出し物だから!」
「は? じゃあ、なんであんただけ、化粧してんのよ!」
「い、いや、これには訳があって……」
どう伝えればいいか分からない。とりあえず美来を睨んでみるが、美来は憎たらしい笑みを浮かべていた。そして、九条さんの方へ顔を向けると、接客スマイルを浮かべる。
「どうぞ。ご案内します」
くそぉ、美来め……。覚えてろよ!
ギリギリと歯ぎしりをしながら美来を睨む。すると、美来は他の席へ注文を取りに行ってしまった。
まあ、ごちゃごちゃ言っても仕方ないか。大きなため息が出る。すると、俺の名前を呼ぶ声が飛んできた。
「桐崎くん。注文いいですか?」
「は、はい! 伺いに行きます!」
まさかの、九条さんからのご指名。駆け足で九条さんと如月さんの元へ行く。そして、注文票を片手に二人の顔を見る。なぜか下がっていく如月さんの好感度。しかし、九条さんのメーターは、真っ赤に染まっていた。
「ご、ご注文は?」
気まずさのようなものを感じながら聞いてみる。すると、九条さんは可笑しそうに小さく笑った。
「ふふ、パンケーキお願いします」
「パンケーキ一つ! 如月さんは?」
「同じのでいい」
「か、かしこまりました!」
冷たい言い方である。如月さん、そんなに俺の女装NGなわけ? 俺も好きでしてるんじゃないのにな。
ため息をつきながら調理担当の人たちの元へ行き、注文を伝える。そして、手の空いた様子の美来の元へと駆け寄った。
「なあ、化粧落としたいんだけど」
「は? 駄目に決まってんじゃん。午後になったら落としてあげる」
「はあ……」
これ見よがしに大きなため息を一つ。顔を上げると、九条さんが顔だけをこっちに向けて、眉を八の字にしていた。すると、美来が肩をはたいてくる。
「お呼びじゃん。行ってきなよ」
「お、おう! 悪いな」
「はいはい」
美来も、春輝と一緒で結構気が回るな。ありがたいけど、化粧落としてくれよな。そうぐちぐちと心の中で文句を垂れ流しながら、九条さんの元へ。
「どうしたの?」
「写真撮っちゃ駄目かな?」
「えっ……しゃ、写真?」
この格好を?!
驚きながら、確認するように聞く。すると、九条さんは眉を八の字にして、小さく頷いた。その横では、如月さんが目を細くしている。
「い、いいけど……」
本当は嫌だ。でも、九条さんが撮りたいっていうなら、甘んじて受けよう。
覚悟を決めて返事をすると、九条さんが席を立つ。そして、俺の横に肩をくっつけて並んだ。
く、九条さんの肩が当たっている。緊張します!
唇を真っ直ぐに結んで、背筋を伸ばす。すると、相変わらず目を細めたままの如月さんが、スマートフォンを横向きに構えた。
「撮るよ。はいチーズ」
軽快なシャッター音が鳴る。すると、九条さんが如月さんの元へ駆け寄った。そして、スマートフォンの画面をのぞき込むと、嬉しそうに微笑みながら頷いた。
どうやら、ちゃんと撮れたみたい。しかし、あんなに嬉しそうにされたら、この格好も悪くはなかったかなって思えるよ。
ちょっと上がる口角。すると、スマートフォンを手に持った九条さんが俺の元に戻ってきた。そして、嬉しそうな表情を保ったまま、画面を俺に向ける。
「ふふ、桐崎くんとの初写真! 壁紙にしちゃった!」
「えっ……」
そ、そっか初写真か! いやいや、なんでよりによってこの格好?! しかも壁紙にしなくてもいいでしょおおおおお!
まあでも、あんなに嬉しそうにはしゃぐ九条さんを見てたら、そんな些細なことはどうでもよくなっちゃうな。これから沢山作っていく思い出、沢山写真に残していこう。
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