第二話「地の果ての機構」

 駅のホームで40分後の電車を待ちながら、俺は呟く。

「……ハメられた……」

 あの日、あの後、何があったのか、実のところよく覚えていない。確か、同期と飲んで、件の『巨大ロボット』について話を聞いて、その後、河岸かしを変えて飲み直して。

 翌朝、ズキズキ痛む頭を抱えて寝床から這い出した頃には、その『ロボット』を見学に行く、という段取りが決まっていた。旅費は向こう持ち、実費支給。

 それはいい。細かい経緯は覚えていなかったが、取り敢えず見るだけでも、という話になったのだろう。

 だが、そこで呼ばれた先は、まだ雪の残る季節のA県某村だった。

 メールでは「駅から車で送るから」と言われたものの、そもそも、その「駅」に着くまでが一苦労だったのである。

 俺が引っ込んでいた地元は「地方都市」だったが、此処はもはや「田舎」、否、「ド田舎」だった。

 そう。

 ド田舎、だと思ったのだが。

 数時間後。

「……なんでこんな栄えてるんだ……」

  村の中心部の、やけに大きな図書館や温水プールを見て、俺は真反対の感想を呟くハメになった。

「エネルギー関連施設を誘致した結果ですよ」

 と、車の運転手……迎えに訪れた、今日見学する施設のスタッフが応える。確か、浜口さん、とか言ったか。人のよさそうなおじさんだった。

「聞くところによれば、ロボットのMMIがご専門だそうで。ちょうど人手が足りないところだったんですよ」

「ええ、まぁ」

 まだ、協力を了承したというわけではないのだが。と、友人の顔を頭に思い浮かべながら返す。

 俺の専門分野は、どちらかといえば情報系、ロボットのソフトにあたる部分だ。

 その中でも、人間が機械を扱うための操縦系にあたる……MMI(マン・マシン・インターフェイス)と俗に言われる部分、或いはそれを応用したテレイグジスタンス(遠隔存在)が世間的な専門、ということになる。

 勿論ロボットを扱う以上、機械いじりもそれなりにやってたし、家業のせいで完全に『情報系』かと言われると、自分でも疑問があるのだが。

 この辺について話すと長くなるのが、研究者という生き物だ。

 どうせ、研究については着いてからも説明する羽目になるだろうから二度手間だと考えて、俺は別の話題を振った。

「……今日見に行く施設、どうしてこんな僻地にあるんです?」

 人目を避けて遠いところ、って言っても限度があるだろう。

「木を隠すなら森の中、って言いますでしょ?」

「森もなにも、駅の前にはコンビニすら無かったんですけど」

 あるのは、風力発電機くらいだった。

「このへんは車社会ですからね。5キロくらい先にスーパーありますから、なんならあとでまた車出しますよ。まぁ、立地の理由は色々あるんですよ」

「というと?」

「この辺はエネルギー関連施設以外にも、そういう研究施設が集中してます。国外からの人の出入りも激しい。研究者や技術者が頻繁に行き交っても不思議はないし、『何を運び込んでも』不思議はないからです」

「空地も多い?」

「ええまぁ。昔、実験炉を誘致した時の敷地が空いてましたし、近くに港と米軍基地もありますから、アメリカさんとの連携も楽です。一応まだ、秘密の案件ですから」

 ……なんだか、俺が思ってたよりも、その『ロボット』といのは大きな話らしい。巨大ロボットだから、大きい話なのは当たり前だとか、そういう話ではなくだ。

 まぁ、宇宙人相手となれば、色々な国が絡むのは想定すべきだったかもしれないが、秘密というのはどうも聞き覚えがない。しかしそれなら、僻地というのも納得がいく。

「万一のときの隠蔽も楽、ということですか?」

「そのへんは、ご想像にお任せしますよ」

「……その、マスコミとか、どうなんです?」

「特には。今時のマスコミなんて、東京近くのことにしか興味ありませんって」

 車が、物々しいゲートの前に停まる。

 妙にガッシリした警備員らしき老人に挨拶をして、来客用のIDパスを渡された後、俺達は窓のない巨大な建屋……の手前、小さな事務棟の中に足を踏み入れる。

 中には、濃い色の肌をした若者が待っていた。若者、と言っても自分と多分変わらないくらいだろうか。

「あ、こちら、今日同行するバットさん。インドの方です」

「ハジメマシテナマステ」

「日本語はマスターしたんで、今は関西弁を勉強中」

「なんで関西弁を……?」

「日本人、英語話してくれんねんけど、関西人みんな関西弁で話しかけてくるねん」

 しかも、胡散臭い。

「なるほど……なるほど?」

「今のは掴みですよ。関西弁には、ギャグセンスダイジ」

 何を教材に勉強しているのか気になったが、ここでツッコミを入れると話が拗れそうなので、流すことにした。

「英語、日常会話程度ならできるから、そっちで頼む」

「インド人の英語、メッチャばっちぃですよ」

 ……心当たりはある。国際学会なんかで質問されても、何を言っているのかわからないことが多くて「メールで聞いてくれ!」と躱したことが何度か。もともとイギリス領のはずなのに何故なんだ、と頭を捻った思い出が。

「……普通の日本語は?」

「せっかくの練習の機会なので、ご協力頂けると幸いです」

「……普通に喋れるのか……」

 妙に流暢なのが腹立たしかった。

「まぁ、そのうち慣れます」

 と、浜口さんがフォローするので、俺はそこで追及を止めた。

 あと、慣れるのか。

 そんな感じで顔合わせが一通り済み、見学に向かう。この頃になると、俺もだんだん打ち解けて、地の喋り方になっていた。

 行き着いたのは、つい先程外から見た、巨大な、窓のない四角い建物。入口には多重ロック。傍の壁には、

「この鍵、なんだ?」

 壁面にごっそりと30本くらいの鍵が刺さっている。

「施設内の鍵デス。入るときは必ずこれを抜く仕組みデスよ」

「こんなところに置いておくと不用心じゃないか?」

「違いマスよ。これはセキュリティじゃなく、『万が一にも、この中に人が居る状態で電源を入れないように』するための安全策です」

 なるほど。

「……スイッチ入れたまま入ると、どうなるんだ?」

「死にマンガナ」

 後から聞いたら、『ロボット』を動かす高圧電流を扱うための安全装置、ということだった。

 深刻な話なのだが、エセ関西弁で言われると、なんとも迫力がない。

「まぁ、今日のところは、高圧側のブレーカー切ってるんで安全ですけどね」

 と、浜口さんが補足する。

「じゃあ、先に進みましょうか」

「ほないこか」

 安全装置の鍵を抜き、部屋を出ると、目の前にあったのは、巨大な電動扉だった。多分、資材搬入用の出入り口なんだろう。

「すこし、後ろに下がっていてください」

 浜口さんが、安全鍵を制御盤に差し込み、操作盤のボタンを押す。大きな扉が、ゆっくりと開いていく。

 扉にできた隙間から、向こう側にある、人工照明に照らされた作業場が覗く。そして、その奥。

 厳重に固定され、吊るされた、首のない『人型の何か』の全体像が、徐々に露になる。

「……本当に」

 本当に、『巨大ロボット』だ。

 そうとしか表現しようのない何かが、其処にはあった。まるで、映画か何かから出てきたような、現実感のない構造体。

 傍らには、青写真と思しき完成予想図が貼り出されている。

「デザインは人間からは離すことにしました」

「なるほど」

 完成予想図をしげしげと見つめる。

 『人間』と『キャラクター』は違う。話を聞く限り、今回造るのは交渉用のインターフェイス。つまり求められるのは、コミュニケートのための『キャラクター』の役割だ。『不気味の谷』とか、まぁ色々な話はあるが。人間に中途半端に似せるよりは、「別物」だとひと目でわかるようにしたほうが良いのだろう。しかし……

「だからといって、このデザインはどうなんだ?」

「そのへんは、交渉のときに舐められてはいかん、威厳があったほうがいい、という話がありまして」

「実際のところは?」

「多分、『誰か』の趣味だと思います……」

「だよなぁ……」

 特に顔を見れば、たしかにひと目でわかる。

 角ばった面で構成されたライン。

 光る2つの目。

 何故か張り出した肩と、額の飾り物。

 その、デザインは。

 まるで、どこかのアニメに出てくる、巨大ロボットのようだった。

「まぁ、こんな機会があるなら、誰だって『そう』するよなぁ……俺だって、そうする」

 業と言うべきなのか、なんなのか。ある意味、当然の帰結というべきなのか。

 しかし、驚いたのは。思った以上に「形になっている」ことだ。

 『巨大ロボットを作る』と言っても、てっきり、まだ計画レベルか、せいぜいがバラバラの部品段階だとばかり思っていた。

 そして同時に、『現物』を見て、俺は確信した。宇宙人がやって来て、まだ日が浅い。それだけの期間で、こんなモノが形になるわけがない。

 つまり。政府機関はおそらくは慎重に隠蔽を行い、今現在でもその事実を隠しているが……何らかの形で、正式に来訪する以前に宇宙人と接触があったのは自明のことだ。

「つまり、『備え』はしてた、ってことだな」

「ええ。だから、コレは、機密です」

 ……つまり、コレを『見てしまった』俺は、自動的にもう巻き込まれている、ということを意味する。

「……それにしても、どこがどうやってこんなシロモノを……」

「開発プロジェクトは分業制です。部品は10カ国で同時に作製中。組み上げと土地施設、トータルのプロジェクトマネジメントは日本の担当ってことになってますが、スタッフレベルだと事実上の混成ですね。国籍も割とバラバラです」

「ふぅん……」

 『本体』の傍には、まだ封を解かれていない、頭と思しき部品が転がっている。

「……これ、アメリカ製か?」

「はい。輸送機をチャーターして、先週運び込んだところで」

 まだ張り付いている梱包材を見ると、製造元らしき英字の社名とロゴマークなんかがくっついている。

 ●●造型スタジオ。『大道具、特殊撮影機材』。

「大道具じゃないか!」

「間違ってはいませんよ。造型面については、ハリウッドから美術スタッフも呼んでますし」

「映画じゃないんだぞ……」

「アニマトロニクスのプロですよ。『この目的』なら、今、地球上で一番うってつけかもです」

 言われてみれば。そういうものなのかもしれない。

 個人的に、気になることを質問していく。

「これ、どの程度動くんだ?」

「腕については、動かすだけなら割と形になってます。足については、補強が済んでないので、座位から動かすことは想定してません」

 つまり、座りっぱなしで、身振り手振りをするだけ。

「……動力は?」

「そこに、配線あるじゃないですか」

 見ると、高圧配線が下半身からのびて、配電盤につながっている。

「……ロボットというより、やっぱり大道具だな……」

 理想と現実。

 わかってはいたが、『巨大ロボット』を今の技術で作ろうとしても、せいぜいがこんなところだ。

「モノはほぼ出来てます。問題なのは中身です」

 コレで『出来ている』と口にするのは相当なことだと思うが、まぁ確かに、形にはなっている。そして、『問題』と言うからには、この木偶人形中身が問題なのだろう、と思わず身構える。

「流石に、動かす程度は出来るんだろ?」

「動かすだけなら。問題なのは、操縦系です。『巨大ロボットの操縦』なんてニッチ分野の研究は、使えるものはほとんどありませんから」

 核心だ、と俺は思った。

 浜口さんも、少し早口になっている。

「……いえ、無い、と思い込んでいた、と言った方が正しいですか。論文、読みましたよ。物理インターフェイスを脳波で補完して、巨大な人型のロボットを動かす。よく仕上げたものです」

「机上の空論やシミュレータ程度の研究なんて、ゴロゴロしてるだろ?俺のも、その程度のヤツだぞ?」

「『使える見込みがある』のは、貴方のだけでした。ちょっとみてください」

 PCを覗くよう促される。開いているのは、紛れもなく俺が昔作った、ロボットの制御ソフト。論文から再現したのか、それとも。

 どちらにせよ、既に『試してみた』、ということだ。

「……ここ1年弱のトレンドは追えてないぞ」

「貴方をわざわざ呼んだ理由を考えてください。それに、我々が居ます」

 このプロジェクトの性質を考えれば、正規の現役研究者を使うより、『足』がつきにくいからだろ、と思わなくはないのだが。

 遂に転がり込んだチャンスを手放すなんてのは、どだい無理な話だ。

 ソフトのバージョンは、1.0.3。ビルド日時は何年も前。

「……修論のときのプログラムだな、これ」

「論文は読みましたけど、細かい部分のセッティングの記載がイマイチだったので。これの入手経路は聞かないでくださいよ」

 といっても、出所の予想はつく。大方、大学の研究室のマシンから抜いたんだろう。クラウドに移行する前だったから、残っててもおかしくはない。

 ……大学の後輩が飯で釣られでもしたか。

 こんなポンコツなら、うまく動かないのは当たり前だ。

「ここ、ネットには繋がってるか?」

「スパコン使ってるんで、大容量の専用回線引いてます。爆速ですよ」

「そうか」

 クラウドストレージに繋ぐ。

 最新版のビルドを引っ張り出す。旧バージョンを既に使ってるだけあって、アップデート作業は思いの外楽だった。

『GAllan SYSTEM』 V 1.9.3

「こっそりバージョンアップしてた。いつか、使うことになるかもしれないと思って」

「やっぱり、あなた、見込み通りの人です」

「エンジニアの手弁当をあてにしているようだと、先が無いぞ」

「今は非常時です。あとで相応の処遇はします」

 口ではそう言っても、興奮は隠せない。

 すっかりプロジェクトに関わる前提になっている気もするが、そんなことは気にもしない。


 ずっと、夢見てきた。

 シミュレーションでは、幾度も試した。

 何度計算しても、『これ』を作るには、何億という資金と、膨大な時間が必要だった。それが今、目の前にある。


 『巨大な身体』、というのは、ただ巨大になったわけではない。「巨大である」ということは、それだけで、世界の見え方、身体の動かし方を変えてしまう。

 身長が10倍になれば、体積は1000倍になる。アクチュエータの出力は、断面積に比例するなら100倍。そうなれば重力の働き方の感覚さえ変わってしまう。まるで水の中にいるように、動きはスローモーションになる。

 導き出される結論は、至極単純だ。巨大ロボットを操るということは、『時間』の感覚を操ることである、というだけのこと。

 そして、それを真面目に考えて、システムとして実装するところまで漕ぎつけたのは。多分、、というだけの話だ。

「……アップデート完了。プログラムを再起動。これで、たぶん、動く筈だ」

 とてつもなく、ワクワクしている。

 今、自分がやっていることが。『他の誰にもできない』ことだと思うと。

 『この世界』を知っているのが、この星で自分だけだと思うと。

「『本体』のを動かすには、どうすればいい?」

 忘れていた。これが、最先端の楽しみだ。

「あー……盛り上がってるトコ、悪いねんけど」

 バットさんが口を挟む。

「まだ、部品到着待ちで調整が終わってないんで、ブレーカーごと落としとるねん。来週までには終わらせとくさかい、堪忍してや」

 ……そういえば、電源は来ていない、という話だったのを俺は思い出した。

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