第一話「技術者の憂鬱」

 工学というものは、比較的就職に困らない専攻であるらしい。

 但し、それは勿論、具体的な職種を選ばなければの話である。

 あぶれる奴はあぶれるし、技術者・研究者として自分の思っている通りに生きることは、とても難しい。それは例えば、俺だ。


 大学を卒業して、一度はロボット業界に就職はしたものの…… 自分の思っていたのとは違っていた。

 ロボットを作る。どこかの鋼鉄の城みたいな。機動なんちゃらみたいな。

 小さな時からそればかり考えて、そういう会社に就職した、つもりだった。

 仕事は、最初の三か月の研修を除けば楽しかった。だが、俺の『やりたいこと』とは違うのだ。そして、思い知った。

 俺が作りたいのは、ロボットじゃない。「巨大ロボット」が作りたいのだ、と。

 だから俺は、ここにいる。留学して、博士まで取ったのに。結局こうして、家に戻って、自宅の工場を継いでいる。

 経営状態は火の車だし、熟練の職人は爺さんばかりで、もう半分引退している。何より、ほとんど注文がない。待っていたのは巨大ロボットを作る以前に、来月の食い扶持に困る生活だった。

 それでも、俺は思う。

「あーあ……予算使い放題で巨大ロボットが作れるようにならないかな……」

 と。

 しかし、そんな身の程知らずの大それた願いは。数ヶ月後に半分叶うことになる。


----------------


 世界というのは、時としてびっくりするような出来事で急に姿を変えてしまうものだ。但し、その時何が起こったのかは、言葉にすれば陳腐過ぎて書く気も起きないのだが。

 一言でいえば、宇宙人がやって来たのだ。


 しかも、攻撃的でも、押し付けがましくもなく。ただ単に、「地球人の宇宙進出に備えて条約を結びたい」とやって来たのだ。

 噂では、人類が送り出した探査機じんこうぶつが太陽系の外側に出たから、何らかの資格を満たしたということだそうだった。

 だからといって、いきなり地球に押しかけて、人類と条約を結ぼう、というのは、随分と飛躍しているのではないか。

「大方、『未開文明スタンプラリー』でもやってるんだろうさ」

 と、口さがない知り合いは言っていたが。個人的にはそれは当たらずとも遠からず、といったところに思えた。

 宇宙関連企業や軍需関連企業の銘柄がストップ高を記録し、信じられないようなペースでロケットが打ち上げられるようになり、宇宙人の船を見るために天体望遠鏡がバカ売れして、しばらくの間は熱狂があったが、それは次第に収まっていき。当の宇宙人が月軌道の母艦から全然出てこないこともあって、やがては世間話程度にしか話題にならなくなった。

 異星人とのファーストコンタクトなんて、終わってみればこんなもので。結局のところ、面倒なご近所付き合いが増えたという以上の何物でもなかったのだろう。

 やって来た宇宙人は、幸いにして地球人とさほど違いはないように見えた。そして、少なくとも。恒星間を旅するだけの技術力を持っている。となれば地球人類の側としては、なるべく先進種族から技術や情報を引き出したいところなのだろうが。そのへんは、今後の交渉次第、といったところなのだろう。

 そう、あとは条約さえ結べれば、新しいご近所づきあいはひと段落、というところのようだった。

 ただ、問題が一つだけ。

「しかし、『大男、総身に知恵回りかね』ってのは……嘘だな」

 と、熱燗をちびちび飲みながら、口さがない友人は言う。

 宇宙人は、蛸のような形でも不定形でもなかった。

 人類が最初に接触したお相手は、『巨人』だった。

 外見は、人間とさほど変わらない。直立二足歩行をし、二本の腕を持つ。目鼻の位置が少し違ったり、耳が尖っていたりする程度の違いはあるが、まぁ、地球人類と似たような顔。ただ、身長が軽く20メートル以上はある。下手をすれば、40メートルに届くかもしれない。文字通りの巨人だ。

 仮に宇宙人同士の銀河連邦のような組織があるのなら、気を利かせて交渉役に人類に似た種族を選んでくれたのかもしれないが……どうやら、サイズにまでは気遣ってくれなかったようだ。

「……知恵については異論はないが、それと交渉やってるんだろ?そっちも大変だなぁ」

 酔いが回った頭でそんなことを考えたり答えたりする俺が今何をしているかと言えば、久々に会った大学の頃の同期とサシで酒を飲んでいる。

 とはいえ、コイツは学部時代早々に公務員試験に通ったクチなので、大学での付き合いは四年に満たないのだが。何故か時々こうして一緒に酒を飲んでいたりする。

 そんな地元の飲み屋は宇宙時代になっても、宇宙人がやって来ても、まったく代わり映えがしない。

 二次会三次会からのオールが辛い年になっても、ここの店長はずっと爺さんのままだし、名物のモツ煮込みも390円のままだ。多分、店主が死ぬか倒れるかするまではこのままだろう。

「大変も大変。あれじゃあ、『顔を合わせた対等の交渉』なんてできやしない」

「ははは、そりゃそうだ。物理的に無理だもんな。握手しただけで潰されちまう」

 適度な酒の席のジョークに、笑みを浮かべていたのはここまで。

「だから、ここからが本題なんだ」

 友人の声のトーンが、一段下がる。

「なにがだ?」

「交渉の話だよ。面と向かってなんて物理的に無理だ。だから、バカでかい『交渉用の人形』を作ろう、という計画が、今、政府の方から持ち上がっていてな」

「正気か?」

「ああ、お前好きだろ、こういう話」

 一気に酔いが冷めていくのを感じた。

 技術上は……多分、出来ないことはない。

 但しそれは、まぁ、言ってみれば巨大な『ねぶた』みたいなものだ。

 人間型のハリボテ。それに、例えば首を動かすとか、瞬きをさせるとか、その程度のアクチュエータを組み込むくらいなら、まぁ、今の技術でもできないことはないだろう。もしかしたら、手を振らせるくらいはできるかもしれない。

 だが、其処から先は、多分無理だ。歩かせる、走らせる、生身の生物と一緒に何かをする。難易度は果てしなく不可能に近づいていく。

 いや、そもそも自力で『直立する』ことすら、きっと無理だろう。

 しかも、それは「物理的に動かせる」、というだけの話にすぎない。今作られようとしている人形は、対(宇宙)人コミュニケーション用途。

 お台場に実物大ロボット像を建てるのとは訳が違う。

 何故かと言えば、生物というのは、コミュニケーションの「時間」に恐ろしくシビアな生き物だ。それは「タイミング」と言い換えてもいい。例えば、返事が1秒遅れるだけで、そのニュアンスが真逆になる、ということさえ有り得る。

 ましてや、宇宙人相手。何が起こるか、しれたものではない。

「……嫌いじゃないが……」

 思えばこのとき既に、途方もなく面倒な話に片足を突っ込みかけている、という自覚はあった。

 それでも、

「もう少し、詳しい話を聞かせてもらえないか」

 これは、もしかすると、ずっと待っていた、そして二度とは訪れない機会かもしれないのだ。だから俺は、好奇心を抑えられずにそう聞いた。

 あとで、とびきり後悔することになるとも知らないで。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る