第22話 食の次は衣

「……またこの天井」

「おはよう。気分はどう?」

「問題ないです」


 俺は北中先輩の言葉に既視感を覚えながらそう返す。

 俺がここに居るって事は、三人は無事あの狼の群れを倒せたって事だろう。

 何せアイツを倒した後激痛でその場に倒れてしまったからな。


 切り傷や背中の痛みは恐らく北中先輩が治してくれたんだろうが、流石に衣服まではそのままみたいだな。

 俺は上体を起こしながら自身の状態を確認しそう考える。


「治せるのは治したけど血までは増やせないから、急に立ち上がったり激しい運動はしないで」

「わかりました」

「あ、あの! …………よかったらこれ」


 聞こえた声に反射的に視線をやれば、そこには少し震えながら両手でコップを持った佐護さんが居た。

 結局佐護さんはあれから古巣に戻らず、俺達がほぼ拠点として使っている柔道場で生活している。


 とは言えここで生活しているのは佐護さんだけじゃない。

 俺や好川、北中先輩も基本的にここで生活している。

 しかしながら俺は基本的に周囲の森でレベリングしているので、他の面子がどうしているかは全く知らない。


「ありがとうございます」

「い、いぇ」


 俺の言葉に弱弱しくそう答える佐護さんから丁寧にコップを受け取る。

 中には水と思わしき液体が注がれており、気遣ってくれたことが雰囲気で伝わってくる。


「そう言えば俺が気を失っている間に好川が何か言ってませんでしたか?」

「言っていたよ」

「何て言ってましたか?」

「覚えていない。私は君の治療で精一杯だったからね」

「それは、すみません」

「何故君が謝るんだ?」


 北中先輩は首を傾げながら心底不思議そうにそう言った。

 本当にこの人は……

 冗談ならまだしも、この人の場合本気で言ってそうだから困る。


 これは態々治療してもらったのに更に好川の言った事まで聞こうとして咄嗟に申し訳ないと思い謝った俺が圧倒的に悪い。

 ここは謝罪ではなく感謝、つまり「すみません」ではなく「ありがとうございました」が正解だった。


 だがここですみませんと謝れば同じ問答が繰り返されてしまう。

 どうしたものか……


「あの、私が代わりに聞いておきました」

「本当ですか!?」

「あ! ……は、はい」


 俺のあまりの食いつきぶりに、佐護さんは少し怯えながらそう答える。

 しまった……

 あまりにもタイミングが良かったのでついオーバーな反応になってしまった。


 まだ佐護さんは人とのコミュニケーションに苦手意識があり、過度な反応には驚いてしまうのだ。

 なので出来るだけ佐護さんと話す時は過剰な感情表現をせず、出来るだけ一定の感情表現にとどめなければならない。


 これは数日佐護さんと話し、俺と好川の間で行きついた答えだ。

 好川の話ではこんな事になる以前から内向的ではあったがここまでではなかったらしい。

 

 つまりはこんな訳の分からない状況になってから彼女が変わってしまうようながあったという事だ。

 あまりその何かについては考えたくはないが、彼女自身が将来的にその何かに対して屈せずに立ち向かえることを祈るばかりだ。


「よ、好川君は朝倉君が起きたら、労ってやって欲しいと……それと、例のやつは狼を含めて何とかなりそうだと。……後、三人に対して十分すぎる力を示してくれたみたいだな、と仰ってました」

「そうですか」


 恐らく例のやつとは食料に関してだろう。

 狼を含めという事は、サブプランも成功したという事なんだろうが……まさかアイツ同時進行でそれを進めてたのか?


 俺はそれに関して一切聞かされていないぞ?

 本当にアイツ隠し事が多すぎるだろ!!

 まぁ言ったところで軽く流されそうだがな。


 後、後者の方は果たし言葉のままに受け取ればいいのか嫌味として受け取ればいいのか悩まされる。

 あまり本気を出すなと言われていたが結局本気で戦ったからな。


 しかしそれをあの三人には見られていないから問題ないだろう。

 なので言葉のままに受け取って構わないだろう……と思う。

 勿論好川が望んだ展開かどうかはわからないがな。


「彼の話で思い出したんだけど、私からも一ついいかな?」

「構いませんよ。何ですか北中先輩?」


 俺は北中先輩の言葉にそう答えながら、乾いた喉を潤すために申し訳ないと思いつつ佐護さんにもらったコップの水を口に運ぶ。


「実は、新しいが欲しいの」

「ブッ!!!!!」


 北中先輩の突然の言葉に、俺は今口に含んだ水を盛大に噴き出す。

 今、何て言ったこの人!?

 俺の聞き間違いか?


「急に噴き出して、大丈夫?」

「大丈夫です。すいません、それよりも何て言ったのかよく聞きとれなかったのでもう一度言ってもらっていいですか?」

「問題ないよ。下着が欲しいと言ったんだ。新しい下着がね」


 残念ながら聞き間違いではなかったみたいです……

 そんな事急に言われて、一体俺にどうしろってんだ!

 反応に困って仕方ない!!


 そう思いながらチラッと佐護さんの方を見れば、顔を赤くして辺りをキョロキョロと見渡しながらどうしたらいいのか困っている様子だ。

 これは佐護さんに聞いても期待するような返答は得られないだろうな。


「どうしてそれを自分に言われるんですか? 自分がそんなものを持っているような人間に見えると思いますか?」

「いや、思わない。思わないが、彼が言ったんだ。悠椰に相談すれば何とかしてくれるかもしれないと」


 犯人はアイツだったか。

 次会ったら覚えてろよ。

 一体何考えてやがるんだ。


 俺に相談すればいいとか、俺が解決できるわけないだろ。

 ……いや、待てよ。

 冷静によく考えれば、解決できなくもないのか。


 かなり恥ずかしくはあるが……

 だがその前にどういう話の流れでそうなったか聞いておかなければな。

 場合によっては出来ても過程をある程度濁さなければならない。


「好川とはどういう話の流れでそう言う話になったんですか?」

「確か手段は言えないし物にもよるが、元の世界の物品を手に入れる手段があるという流れだったはず。そこで私が今一番欲しかった下着を要求したら悠椰に相談してみてくれと言われたんだ」


 アイツさては俺に丸投げしやがったな。

 しかもこの感じだとどうやって手に入れるかは言わない方が良いみたいだし……

 クソが!


 つまりはその分のポイントを俺が稼いで、交換した現物を俺が渡さなければならないという事じゃないか!

 アイツ本当に許さん。


 絶対に何が何でも手伝わせてやる。

 とは言えどちらにしても先に確認してみるか。

 どれどれ…………300ポイント……思ってたより少ないな。


 俺の中では軽く1000は超えると思ってたんだが。

 意外と良心的なんだな。

 これなら交換するのはそれ程難しくはないだろう。


 衣服を洗う洗濯機はあるが、一着しかないのは替えが無くかなり困るからな。

 だがこれは食料とは違う意味で全校生徒に配るのは無理がある。

 今回の下着なら一度交換すれば再度交換するまでにポイントを貯めるのは恐らく簡単に出来る。


 しかしながらそれは一着だけならの話だ。

 果たして全員が全員一着だけで満足できるか?

 答えは恐らくNOだろう。


 根本的には食料に関する問題とさほど変わらない。

 今は無いから皆我慢しているだけで仮に得られると知り、一度でも手に入れてしまえばもう我慢する事は出来ないだろう。


 つまりは仮に交換するとしてもここに集まる面子以外には渡せないという事だ。

 しかもここに集まる面子にも広めないよう口止めしなければならないという条件付きでな。


「あ、朝倉君」

「はい?」

「そ、その……できるのなら、私も」


 佐護さんは恥ずかしそうに俺から視線をそらしながら、顔を真っ赤にしてそう言った。

 平然と無表情で言ってくる北中先輩がおかしいんだよな。


 これが普通だよな。

 とは言え即決は出来ない。

 俺に丸投げしたアイツとも話し合って決めた方が良いだろう。


 嫌味の一つでも言ってやりたいしな。


「すみませんが今は何とも言えないんです。わかり次第お二人に話します。ですがくれぐれもこれに関しては他言しないようお願いします」

「わかった」

「そう、なんですね」


 淡々と答える北中先輩と残念そうに答える佐護さん。

 今の話で佐護さんは期待してしまったんだろうな。

 北中先輩は恐らく元々それ程期待は指定なかったんだろう。

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