第21話 強敵

「……周りの狼だけなら対処できそうですか?」


 俺は白銀の角の生えた狼達のプレッシャーに飲まれそうになっている大光寺と龍美に向かって、一際大きい狼から目を離さずにそう言う。


「……全員で協力すれば出来なくはないだろうけど、それをあのリーダー格の狼が許してくれるとは思えないな」


 俺の言葉に、体の震えを必死に抑えながら大光寺がそう答える。

 流石は勇者だけあるな。

 この状況でアイツに立ち向かおうと考えている雰囲気を感じる。


 だがそれはダメだ。

 ここでアイツに挑めば、確実に死ぬ。

 それは大光寺だけではなく龍美や滝本先生にも言える事。


 ここでアイツを抑えるべきは俺だ。

 アイツが俺を標的に定めたのは恐らくこの中で一番の脅威に感じたからだろう。

 別にあの狼に勝てるという確証はがある訳ではない。


 ただ最初の攻撃を感じとる事すら出来なかった三人よりは可能性があるというだけの話だ。


「めんどくせぇ……俺がアイツの相手をしてやる。だからお前等は周りの奴等の相手をしろ」


 俺と大光寺の会話を聞いて、龍美が気だるそうにそう言ってきた。

 だがそう言った龍美の手は微かに震えており、恐怖を感じているのがわかる。

 何だかんだでこいつも英雄って事か……


「滝本先生!! 大光寺と龍美の三人で周りの雑魚の相手は任せますよ!!」

「朝倉君?」

「お前何言って……」


 俺はわざと荒々しく大声でそう言うと、リーダー格の狼に向かって場所を移すよう顎で森の奥を指す。

 リーダー格の一際大きな狼はそれに対して、まるで喜んでいるかのように口角を上げる。


 そしてついてこいと言わんばかりに顔を軽く森の奥の方に振り、直後俺達に背を向けて森の奥に向かって歩き始めた。

 俺はその後を追うように歩を進める。


「待てお前!! 俺が相手するっつったろうが!!」


 そんな俺の左肩を掴みながら龍美がそう抗議してきた。

 龍美や大光寺は恐らく何かしらの力を隠しているだろう。

 けれど隠していたとしてもあの攻撃に反応できない時点で勝機はない。


 だがそれを一から説明したとしても龍美は恐らく納得しないだろう。

 しかも悠長に説明している間にあの狼の気が変わらないとは言い切れない。 

 ここは多少強引で後々面倒ではあるが、強硬手段に出るしかないか……


 俺は心の中でため息をつきながらそう決めると、左肩を掴んでいる龍美の手を強引に振り払う。


「何しやが……」

「あの程度の攻撃に対応できないような雑魚が出しゃばるな」


 俺は龍美の言葉を遮るようにドスのきいた声でそう言いながら、俺達が最初に立っていた場所を指差す。


「文句があるなら雑魚を倒してから吠えろ、負け犬」


 俺は龍美に向かってそう吐き捨てると、再びリーダー格の狼の後を追う。

 俺の言葉に龍美は怒り心頭だろうが、そうまで言われれば逆に狼達を早く倒して俺を見返そうとするはずだ。


 そうなれば変に温存等はせず全力で戦いより生存率が上がる。

 結果として俺は龍美からかなり悪い印象を持たれるだろうが、それで全員が助かるなら安いものだ。


 例え嫌われようと、生き残れなければ話にならないからな。

 仮に生き残れても後がかなり怖くはあるが……




 走る事数分。

 最初に狼と遭遇した場所からかなり離れた場所まで来てようやく狼は足を止めた。

 そこは大きな石が無数に転がり、更には大きなが流れる場所。


 場所を変えるように提案したのはしくじったかもしれない。

 俺はその場所を見て率直にそう思ってしまった。

 何故なら相手は氷を操る狼。


 水場は相手の土俵だ。

 とは言え川を発見できたのは非常に大きい。

 水源の確保並びに食料として魚を見つける事ももしかしたら出来るかもしれない。


 俺がそう思っていると、不意に狼が尻尾を川に向かって勢い良く振り下ろす。

 そうすれば勿論水しぶきが上がる訳で……

 直後上がった水しぶきが全て氷の矢へと変わり、俺が立っている場所へ向かって勢いよく飛んでくる。


 クソが!!

 俺は心の中でそう叫びながら即座に大きく後ろに飛び、すんでのところでその攻撃を回避する。


 やはり水を氷に変える事も出来るのか。

 だが何故態々モーションが大きい事をしてから氷に変えたんだ?

 いや、そうしなければならない何らかの制約があるのか?


 俺が狼の攻撃に対してそう冷静に判断していると、それが気に食わないのか狼は唸り声を上げ始めた。

 同時に狼の周囲を周回していた大きな氷の塊の一つが俺に向かって飛んでくる。


 飛んでくる氷は先端が尖っているという訳ではなく、どちらかと言えば丸みを帯びた球体に近いものだ。

 これなら武器が無くても対処できるだろう。


 俺は安易にそう考え飛んでくる氷に向かってタイミングを合わせ、勢いよく拳を突き出し飛んできた氷の塊を破壊する。

 だが破壊し飛び散る氷の先で、狼が口角を上げ笑みを浮かべる。


「しまった!!」


 俺はその狼の表情を見て瞬時に自身の置かれた状況を理解してしまう。

 そして右足を上げ急所を守り、両腕で顔を守りながら背中を丸め出来るだけ被弾カ所を減らす。


 直後砕け散った無数の氷が俺の体目掛けて飛んでくる。

 砕け散った氷の中には鋭利に尖ったモノもあり、俺の体には無数の生傷が出来てしまう。


 ズキズキという鋭い痛みと血の熱を感じ、それが徐々に薄れていく。

 アドレナリンが出て一時的に感覚が麻痺しているのだろう。

 これは完全に俺の軽率な行動が招いたミスだ。


「……出し惜しみは無しだ」


 俺はそうつぶやいた直後[火魔法]を使用する。

 すると俺の後ろに直径二メートルの火の玉が五つ出現した。

 勿論それは俺が自身の意思で出したものに他ならない。


「速攻でケリをつける」


 俺はそう言いながら狼に鋭い視線を向け、即座に狼との距離を詰めるために走り出す。

 だが勿論そんな行動を狼が何もせず見過ごしてくれるはずがない。

 

 俺の行動が気に食わないと言った表情を浮かべながら、近くにあった直径一メートルはあるだろう大きな岩を俺に向かって投げつけてくる。

 俺はそれを左に飛び躱すが、まるでそれを読んでいたと言わんばかりに飛んだ先には氷の塊が既に放たれていた。


 とは言え魔力を感知できる俺がそんな攻撃に気づいていないはずがない。

 同じものが反対側にも飛んできている事から、左右のどちらかに飛んで避けると予想したまでだろう。


 恐らく一番最初に攻撃したのを横に飛んで避けたのが頭に残っていたんだろうな。

 俺もあの狼も……

 だからと言って態々この攻撃をくらってやる義理は無いし、回避して放置するつもりもない。


 その為に態々燃費の悪い魔法を使ったんだ!!

 俺はそう心の中で叫びながら出した火の玉二つを、自身の正面と飛んでくる岩の反対側の氷の塊に向かってぶつける。


 そうすれば飛んできていた氷の塊は俺が出した火の玉に近づく事で徐々に融け、火の玉に突っ込み完全に水となり、水蒸気となって消え去る。

 俺が態々燃費の悪い魔法を使ったのはこの為だ。


 仮に飛んできていた氷の塊を無視していれば地面にぶつかり砕け、無数の氷の刃に背中をつけ狙われる羽目になっただろう。

 そうならない為に火で氷自体を消し去ったのだ。


「うっ!!!」


 こちらに向かってきていた氷の塊を二つ消し、狼との距離を詰めようとした俺はそんな声にならない声を上げる。

 その原因は石と言うには大きく、岩と呼ぶには小さいものが背中に飛んできたからだ。


 俺はそれが当たったあまりの衝撃に声が漏れてしまったのだ。

 正直かなり痛い……

 切り傷とはまた違う重い痛み。


 原因はわかりきっている。

 先程避けてかわした大きな岩のせいだ。

 あの岩が地面に落ちた衝撃で砕けたのか元々地面にあった岩が砕けたのかは知らないが、どちらにしてもあの岩が地面にぶつかった衝撃で飛んできた事には変わりない。


 戦いの規模が大きくなるとこういった事態も想定しなければならないという事だろう。

 これもまた予測できなかった俺の落ち度……


 とは言え少しすれば切り傷と同じように痛みは消えるだろう。

 いや、そうでなくては困る!!

 この反省を次に活かすためにもな!


 俺はそう自身の心を奮い立たせながら、痛みを我慢し狼へと肉迫する。


「卑怯なんて言うなよ、こっちにも余裕がないんだ」


 俺はそうつぶやくと狼の顔の高さまで軽くジャンプする。

 そして狼の両目に向かってクロスさせた両腕を勢いよく振り抜く。

 そうすれば俺の両腕に出来た無数の切り傷から血液が狼の両目に向かって飛んでいく。


 俺の至近距離からの予想外の行動に狼は反応が遅れ、俺の血をまともにくらう。


「ウォォォォォン!!!」


 まるで卑怯だとでも言いたげに両目を閉じながら狼は顔を左右に揺らしそう叫ぶ。

 俺はそんな反応は意にも介さず即座に空中で体を捻り、踏ん張りのきかない空中での威力を多少でも上げる為に全身を使って渾身の蹴りを狼の左頬に打ち込む。


 更にそれに合わせて逆側の右側から勢いよく火の玉を二つ横腹目掛けて放つ。

 その瞬間閉じていた目を見開き、苦痛の表情を浮かべながら大量の血を吐きだした。

 見開いた眼は俺の血で充血しており、焦点が全く合っていないのが確認できた。


 まだ息があるみたいだな……

 だが目は潰した。

 悪いがこれで最後だ!!


 俺はそう考えながら地面に着地したと同時に狼の懐に入り込む。

 

「ウォォォォォラァ!!!」


 俺はそう叫びながら右足で狼を上空へと蹴り上げる。

 そして蹴り上げた狼に向かって最後の火の玉を下からぶつける。

 狼にぶつかったのを確認してから俺は火の玉に対して更に魔力を送る。


 そうすれば火の玉が徐々に大きくなり、まるで狼を燃やし尽くさんが如く火の勢いが増し始める。

 そんな勢いの増す火に対して最初はもがいていた狼だが徐々に反応が弱くなっていき、やがて……


       ★ホワイトグレートスノーウルフとの戦いに勝利しました★

              報酬を選択してください


1,氷魔法のスキルスクロール        2,氷属性が付与された武器

3,氷属性が付与された防具         4,毛皮

5,生肉                  6,魔石

7,アイテムと交換可能な1万5千ポイント


 そんな青白いウィンドウが現れた事でようやく勝利したのだと確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る