第19話
「なっ……」
未知の敵ではない。知っている。ただ、今の自分では到底敵わない強者という存在として。
見たことなんてなかったのに、まるでよく知っているかのように、知識が体全体に恐怖を伝えてくる。
そんな俺の表情を見てか、ホブゴブリンは下卑た笑いを浮かべ、持っている棍棒を振り回しながら俺に突進してきた。
攻撃が、来る。
っ!回避っ…!
咄嗟に体を半身にすると、振り下ろされた棍棒は肩を掠めて地面に叩きつけられた。
その衝撃に息を飲みながら距離をとる。
と同時についさっきまで自分が居た場所に棍棒が薙ぎ払われる。
視認した瞬間地面を蹴って距離をとるが、すぐさま次の攻撃が俺を襲う。
次から次へとやってくる攻撃をなんとか紙一重で避けるが、ホブゴブリンの猛攻が止む気配は無い。
何回あの棍棒を避けただろうか。
敵の攻撃は緩慢なはずなのだが、なぜかとても早く思える。
「くっそが…!」
体が思うように動かず、思わず悪態をつく。
相手の攻撃はなんとか避けているが、こちらが攻撃する隙が見当たらない。
いや、正しくは、隙はあるのだが、未だ子供の体ではその隙を上手くつくことができない。
それに、先程から神経を集中させ、ギリギリのところで回避をしているのだ。当然精神的な疲労も溜まっていくし、先程掠った肩の痛みもある。
対するホブゴブリンは疲労という概念があるのか無いのか、余裕そうな表情のままだ。
このままでは結果は見えている。
実際のところ、1人で逃げるのなら何とかなるのだ。だが、ここにはソフィアとレイがいるし、ミアを助ける時も、もしこいつみたいなのが周りをうろついているなら助けるなんてこと到底出来ない。
「はあっ……くっ、はっ………ぁ…」
…もう体力の限界だ。
はぁ、ここまでかぁ…。
「すまん、借りるぞ。後輩」
「はーあ、先輩も強情ですねぇ。もっと早くても良かったでしょうに」
「うるさい、未知の恐怖の中どれだけ出来るか確かめてみたかったんだよ」
「…やっぱりただの馬鹿ですよね先輩って」
岩陰から出てきた後輩を視認し、ホブゴブリンは煩わしそうに目を細める。
「ちょっとー、ホブゴブこっち向いてるじゃないですか!ヘイト管理ちゃんとしてくださいよー」
「いや急に人出てきたら普通そっち見るだろ…。っと、無駄話し過ぎか。じゃあ……」
「…ええ、始めましょうか」
瞬間、後輩からスっと表情が消える。
…相も変わらずすっげぇ集中力だな。知恵熱とか出てそう。知恵熱ってほんとにでるのか知らんけど。
さて、と。俺もやらなきゃな。
後輩の集中力をピリピリと肌に感じつつ、俺は思考を「切り替え」る。
「ヘイト」
ボゴンッ!!!
後輩がそうつぶやくと同時に俺は思いきり地面を踏み抜く。
驚いた「敵」はこっちを向き、臨戦態勢に入る。どうやら後輩は後回し、先に満身創痍の俺をやるつもりのようだ。
「敵」はさっきと同じように突進を仕掛けてくる。
「振り下ろし」
今までとは違い、余裕を持って避ける。
「左下から薙ぎ払い」
スっと身を屈めて避ける。
「股下」
うへぇ…。無茶なこと言うなぁ!
だが、出来る。
後輩の指示に従って身体を動かすことに全神経を集中させている今の俺にはその程度のことは容易い。
どこぞの雷イレブンさながらのスライディングで股下を通り抜ける。
「振り向きながら薙ぎ払い。右からです」
「あいよ」
「体制直ると同時に攻撃準備。掌底で」
予想外の動きを俺がしたからか、「敵」は慌てて、攻めの一手を入れてくる。
だが、それはもう聞いている。
振り向きざまに振り抜かれた棍棒を半歩下がって避けると、
ーーー集中。
体幹を意識しながら、地面を掴むように。腕肩背中の筋肉を感じつつ、その命を刈り取るようにっ…!
後輩に頭を借りてから一発入れるまで全く時間経ってないじゃん、あっけなかったなぁ。なんて思いながら俺は渾身の掌底を繰り出した。
「グ、グギ…ギ………キィィィィッ!!! 」
だが、そのまま「敵」の胸へ叩きつけられると思われた掌の進路に、空いていた「敵」の左手が差し込まれた。
…思ったより動きが速かったな。
だが。
「だからわざわざ股くぐらせたんだろっ…!」
「ええ、そうです…よっ!」
表情が戻ってきている後輩がそう言うと同時に、真横から拳大の石が飛んできた。
「敵」はその石を視認しギョッとしたような表情を浮かべ、俺は計算通りと言わんばかりに薄く笑った。
実際は俺の計算じゃないんだが。
左から「敵」の右手を弾き飛ばすような軌道を描いたその石は。
ーーー「敵」のその手を爆発四散させた。
「……は?」
「……え?」
そして障害物が無くなり「敵」の胸へと吸い込まれた俺の手も。
「敵」のその身を爆発四散させた。
「お前の肩ゴリラだろ」
「先輩の腕こそゴリラなんじゃないですか?むしろゴリラが先輩までありますよ」
何言ってんだこいつ。
いやそんなことより。
「どういうことなんだ…」
「どういうことなんですかね…」
謎の爆発オチもそうだが、爆発したホブゴブリンの残骸は跡形もなく消えていた。
その肉片も、血も、俺についた返り血まで。その全てが痕跡を残していなかった。
「どういう」「ことですか」
「「はぁ……」」
分からないことだらけだ。謎が謎を呼んでいる。いや、なんか日本でも
つまりソフィアが謎を呼んでいる。よってソフィアが全て悪い。はい証明終了。
「なんかものすごい不本意なことを言われてるような気がするんですが」
「何も言ってないだろ」
「目が言ってます。そんなことより先輩」
えぇ、目が言ってるってめっちゃ気になるんだけど。そんなにわかりやすい?
自分の考えていることが分かりやすい顔に割と本気で危機感を感じていると、ぺしんっと、両頬から情けない音が鳴った。
「…にゃにすんだおめー」
「無茶しすぎです。ああもう、こんなにボロボロになって…。ほんっとにバトルジャンキーのバカなんですから」
そう言いながらソフィアは俺の顔を挟んだままの手で目元の土を拭った。
「っ…!」
慌てて離れると、キョトンとした顔がこちらを見ていた。
「どうしたんですか?」
「はぁ…。なんでもねぇよ」
顔に熱が集中するのを感じつつ顔を逸らし、気づかれる前に話題を変える。
「レイは大丈夫か?」
「……………ん。大丈夫。…………えっと、その。さっきはごめんなさい」
「……何がだ?」
少し厳しいかもしれないが、そう問いかける。
「助けるって…。ミアを助けるからって…。止めてくれたのに無理やりついてきたのにっ…。ひぐっ…私怖くて…ぅ…。声、出しちゃって…。そのせいで……」
「そこまで分かってるなら大丈夫だ。それに、俺バレてなくても結局あいつと戦ってたぞ?」
そう言いながらポンポンとレイの頭を撫でる。
「ほら〜、言った通りでしょう?先輩は戦闘民族の中でも群を抜いて馬鹿だから気にしなくていいですよって!」
「俺も髪の色変わったり謎のオーラ纏うようになるのか…。なりてぇなぁ…」
「えぇ…。やめてくださいよ。先輩がやってもクソダサいですから」
「ひでぇ…」
「……………ふふっ。うん、ありがとう。けど、気にはしておくね。…次は役に立てるように」
レイはそう言って薄く微笑んだ。
その涙混じりの笑顔はまるで芸術品のように綺麗で。
「…ああ、その意気だ」
そう言って俺は一滴の嘘もない笑顔を浮かべた。
「先輩先輩!レイちゃんが笑いましたよ!?かっわ!てかかっわ!!めちゃくちゃ可愛かったですね先輩!」
「うるせぇ…」
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更新遅れてすみません!
最近リアルが忙しく…って言うとまた投稿しなくなるので週一は投稿できるようにします!
初めての戦闘描写だったのでびっくりするほど拙かったと思いますが生暖かい目で見守っていただけたら幸いです。
後輩と異世界転生したのでイチャイチャしながら頑張って強くなろうと思います。 くも @kumo_2259
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