#4 すなねこふーど


「ねぇツチノコ、遊びませんか」

 ボクはにっこりと笑いながら、ツチノコにねこじゃらしを差し出しました。

「し、しょうがねぇなぁ……」

 ツチノコは渋々といった様子でそのねこじゃらしを受け取りました。でも、少し口元はにやけてしまっていて、ツチノコが満更でもないのは一目でわかりました。

 ツチノコは少し焦らすように、穂先をボクに向けてゆっくりと揺らしました。ボクはうずうずとしっぽを振りながら、ツチノコに期待のまなざしを向けます。

 すると、ツチノコは楽しそうに笑ってから、穂先をくるくると振りました。ボクは堪えきれなくて、その穂先に飛びつきます。そしてごろごろと床を転げまわりながら、にゃーにゃーと鳴いてその穂先にじゃれつきました。

 そんなボクの様子を、ツチノコは少し頬を染めながら、嬉しそうに見ていました。


 ツチノコにねこみみが生えてからというもの、ボクたちの仲は一層深まりました。ツチノコにねこじゃらしでいじめられて、あんなに恥ずかしかったのに、不思議と今では自分から遊ぼうと誘う程になってしまいました。

 ツチノコはボクが恥ずかしがらなくなってしまったのが残念な様子でしたが、それ以上にボクと一緒に遊べるということが嬉しいようです。なんだかんだ言いながら、いつも一緒に遊んでくれます。

 そしてツチノコも、最近はよくフードを外して過ごしてくれるようになりました。『ボクのこと、好きですか?』と尋ねたら、余裕たっぷりで『あぁ、好きだぞ』なんて返してくれるようになりました。それでもやっぱり、少し頬を染めながら、ですが。


 ある朝、ボクが目を覚ますと、ツチノコは何やら壁に向かって作業をしているようでした。

「おはようございます、ツチノコ」

 ボクが声をかけると、ツチノコは慌てたように棚の下に何かを隠してから振り返りました。

「あ、あぁ。おはようスナネコ」

 ツチノコはひきつった笑顔で、何かを誤魔化すように後頭部をさすりました。何か隠し事をしているのは明らかでしたが、ボクはとても眠かったので、追及しようという気にはなりませんでした。

 目をごしごしと擦ってから、ふわぁとひとつ、大きく欠伸をしました。そして手をついてツチノコに歩み寄ると、背後から両手を廻してぎゅうと抱き付きました。

「えへへ……つちのこです……」

 最近はこうして、特に意味もなくツチノコに抱き付いても怒られなくなりました。それどころか、ツチノコもちょっぴり嬉しそうです。

 ボクはツチノコの存在を確かめるように、ごしごしとツチノコの背中に顔をこすりつけました。

 そして、そんなボクの様子をちょっとだけ口元を緩めながら見ていたツチノコの頬に、肩越しにそっとキスをしました。

「ひっ」

 ツチノコは不意を突かれた様子で、一気に顔を赤く染めて、慌てた様子で振り返りました。

「えへ……」

 ボクはそんなツチノコに満足すると、ツチノコの肩に頭を載せて、目を閉じました。ふわふわとした意識の中で、ツチノコのひんやりした体の感覚が伝わってきて、とても幸せでした。

 ツチノコはしばらく無言でじっとしていましたが、ある時急にボクの頬をつねりました。

「ふぇっ」

 ボクは驚いて、うっすらと目を開けました。するとその瞬間、ツチノコの顔が目の前に見えたかと思うと、暖かい感触が唇に触れました。

 ボクははじめ何が起きたのか分からずに、ぼんやりとしていました。ですが、頬を染めながら会心の笑みを浮かべるツチノコの顔が、ゆっくりと離れていくのを見て、すぐに何が起きたのかを理解しました。

「つちのこ……?」

「へっ」

 ツチノコはぺろりと唇を舐めました。ボクは先ほどまでの眠気も一気に吹き飛んでしまって、急に顔が熱くなるような感覚に襲われました。全身がぞわぞわとして、心臓がどきどきして、でもなんだか幸せな気分でした。

 ボクは何だか落ち着かなくなってしまって、少しツチノコから体を離して、袖をぎゅっと掴みました。そしてそっと、自分の唇に触れました。

 大きな耳がぴょこぴょこと、ひとりでに動きます。ボクは何だか胸が苦しくなって、またツチノコに抱き付きました。

「う~……ずるいですよぉ~」

 ボクはツチノコの肩に顔を押し付けて、もごもごと喋りました。ツチノコはボクの頭を撫でながら、満足そうに鼻を鳴らしました。


 その日の昼下がり、ツチノコは部屋の真ん中ですやすやと眠っていました。ツチノコが昼寝をするのはとても珍しいことです。きっと今朝、なにかボクに秘密で作業をするために早起きしたからでしょう。

 ふと、ボクはツチノコが何かを隠していたことを思い出して、その付近の棚の下を調べました。しかし、ツチノコが隠したであろうものは見つかりませんでした。もしかしたらボクが気づかない間にどこか別のところに隠したのかもしれません。

 何か面白いものが見られるかもしれないと思ったので、ボクは少しがっかりしました。しかし、ツチノコはまだすやすやと眠っていて一向に目を覚ます気配はありません。ボクは何か、悪戯をしたいような衝動に駆られました。


 ボクは部屋の隅から、ツチノコの様子をうかがっていました。そして手をついて、ゆっくりゆっくり、ツチノコに歩み寄ります。音を立てないように、慎重に、慎重に。ツチノコがもぞもぞと動くたびに、ボクはぴたりと動きを止めて、息を殺します。

「すなねこ……」

 ある時、ツチノコが小さな声で呟きました。ボクはぴくりと肩を震わせて、じっとツチノコの様子を見つめました。ですがツチノコはまたもぞもぞと動いたかと思うと、満足そうに笑みを浮かべました。一体どんな夢を見ているのでしょうか。

 ボクはツチノコが起きていないこと確かめて、またゆっくりと歩み寄ります。そしてついに、ツチノコの目の前まで辿り着きました。


 ボクはじっと、至近距離でツチノコの顔を覗き込みます。緩み切った無防備な顔をしています。ボクはうずうずとしました。

 ボクは試しにつんつんと、優しくツチノコの頬をつついてみました。でも、ツチノコは僅かに身じろぎしただけで、反応はありませんでした。ボクは悪戯っぽい笑みを浮かべました。

 前から一度は触ってみたいと思っていた、ツチノコの胸元のリボンに手を伸ばします。指先で軽く触れると、ふにふにと柔らかな、不思議な感触がしました。

「お……」

 ボクはツチノコが起きないことをもう一度確認してから、ひらひらと伸びる長いリボンをつまんで、ぎゅっと引っ張りました。

 すると、リボンはするするとほどけてしまって、輪っかが無くなってしまいました。残ったのはただの二本の長いリボン。

 ボクは慌ててそのリボンを両手でつかんで、何とか元に戻そうとしました。しかし、ボクは不器用ですし、そもそもリボンの結び方を知りませんでした。

 ツチノコに怒られると思ったボクは、必死になってどうにかしようとリボンと格闘していました。その時、ツチノコの口元がわずかに歪んだ事に、ボクは気づきませんでした。

 ツチノコは突然目を閉じたまま起き上がると、ボクの両肩をがっしりと掴みました。ボクはもう驚いてしまって、全く動けなくなってしまいました。

「へっへっへ……ピット器官を使えるオレを舐めてもらっちゃ困るぞ……」

 ツチノコは意地悪な笑みを浮かべながら、ぱっちりと目を開けました。ボクはツチノコに怒られるに違いないと思い、ぎゅっと目を閉じました。

「やぁスナネコ、一体何して――」


 ですが、ツチノコはそう言いかけたきり、黙り込んでしまいました。ボクは不思議に思って、恐る恐る、ゆっくりと目を開けました。するとそこには、ボクはじっと見つめて、驚きに目を見開き動けなくなっているツチノコの姿がありました。

「どうしたのですか……?」

 ボクは首を傾げながら尋ねると、ツチノコは口をぱくぱくとさせながら、ボクの頭上を指さしました。ボクはそれにつられるように自分の頭上を見上げてから、ぽんぽんと頭に触れました。

 すると不思議なことに、いつもの大きな耳と髪の毛の感触ではなくて、何やらツチノコのフードのような布の生地のような感触が手に触れました。

「おっ?」

 手をぽんぽんと前後に動かすと、その生地はまさにツチノコのフードのような形をしていて、大きな耳はなくなっていました。

 ボクが呑気に頭を触っていると、ツチノコが慌てふためいたように、いつの間にか持ってきた鏡をボクに差し出しました。そしてその鏡の中を覗き込むと、そこには薄い黄色のフードを被ったボクの姿がうつっていました。

「お~……」

「おーじゃねぇよッ! なんでだ!? お前アレもうつけてないはずじゃ……」

「これですか?」

 ボクは胸元のリボンの下から、ペンダントのガラス玉を取り出しました。ツチノコはそれを見るなり大声で叫びました。

「お前ェェーー!! 危ないから外しとけって言っただろォォーー!!」

 ツチノコはハァハァと荒い息をついて頭を抱えました。そしてすっくと立ちあがると、ずんずんとボクに歩み寄りました。

「ほら、それ外せ」

 ツチノコが手を差し出します。でも、ボクはぎゅっとガラス玉を握りました。

「やです」

「やじゃない。ほら」

「だって……」

 ボクは俯きました。

「せっかくツチノコに貰ったプレゼントなのに……」


 それを聞くなり、ツチノコは黙り込みました。そしてゆっくりと手を引っ込めると、とんとんと足を鳴らしました。そしてしばらく思案するように周囲を見渡してから、はぁとため息をついて、小さな低い声で呟きました。

「一日……」

 ボクははっとしてツチノコの顔を見上げました。

「一日だけだからな」

 ツチノコはそっぽを向きながら、わずかに頬を染めてそう言いました。ボクは嬉しくなって、満面の笑みで応えました。

「はい!」


「ふんふんふーん」

 ボクは上機嫌に鼻歌を歌いながら、棚に所狭しと並べられたコレクション達を眺めて回っていました。

「なんだ、興味あるのか?」

「はい、とっても」

 そう言うと、ツチノコは嬉しそうに目を輝かせて、ひとつひとつに説明を加えていきました。不思議なことに、いつもならすぐに飽きてしまうのに、今日は全く飽きることがなく、それどころかツチノコと対等に話をすることが出来ました。

 これにはツチノコも驚いた様子で、フードの影響だろうかと興味深そうに観察していました。

 結局、ボクたちは夜遅くまで、サンドスターの力や、ヒトの消息、パークの本来の目的など、さまざまなことについて意見を交わして、語り合いました。議論は白熱して、最後まで平行線を辿っていましたが、お互いの意見にそれぞれ合理性があって、ボクたちは非常に有意義な時間を過ごしました。

 まさかツチノコとこんなお話が出来る日が来るとは思わなくて、そしてそれはツチノコも同じようで、ボクらは笑いあいました。

「なんだかスナネコっぽくなくて気持ち悪いぞ」

「それはボクも思います」

 ボクたちの笑い声が部屋に響きました。


 その夜のこと。ボクはこんなに頭を使ったのは初めての経験で、とても疲れていたのですぐに眠たくなりました。ツチノコが電気を消して、ボクは『おやすみなさい』と小さな声で呟いてから目を閉じました。

 しかし、様子が変でした。目を閉じている筈なのに、なぜかぼんやりと周囲の様子が見えるのです。目を開ければ、辺りは真っ暗闇。でももう一度目を閉じれば、やはり部屋の様子がぼんやりと見えました。

 不思議に思って、しばらく目を閉じたり開いたりしていましたが、ある時これがピット器官なのではないかと思い至りました。目を閉じているのに、そして真っ暗なのに、周囲の様子が手に取るように分かります。

 ボクはなんだか急にわくわくとして、ゆっくりと体を起こすと、すっくと立ちあがりました。ツチノコはよだれを垂らしてすやすやと眠っています。抜き足差し足、ボクは音を立てないようにゆっくりと棚の方へ歩み寄りました。

 ピット器官は薄い物の向こうなら少しは見通せるようで、普段見えない色んなものが見えて少し慣れるのに時間がかかりました。ですが、しばらく部屋を見渡していたら、ツチノコが棚の奥にしまっている脱皮した服だとか、引き出しの中にしまってあるコインだとかを上手く判別して見ることが出来るようになりました。

 特に面白かったのが、ツチノコの姿です。胸のあたりがほんのりと赤っぽく見えて、ツチノコの体温が良く分かりました。そして、服がうっすらと透けて、体の輪郭がはっきりと見えていました。

「お……」

 ボクは何だか恥ずかしくなってしまって、両手を頬に当てました。ほんのりと頬が火照っています。

 そして、にやりと口元を歪めました。ツチノコはいつもボクの服を透かして、こんなものを見ているのでしょうか? 後で問いただしてあげる必要がありありそうです。

 しばらく恍惚とツチノコの身体を眺めていたら、ふと、ポケットの中に何か四角い青いものが入っているのに気が付きました。ツチノコが眠っていることを確認してから、そっと、ゆっくりゆっくりとポケットに手を入れます。

 そして指先でそれを掴むと、またゆっくりと引っ張り出しました。一度、ツチノコは身じろぎをしましたが、とうとう起きることはありませんでした。

 手に取ると、それは小さな本のようなものでした。紙が何枚も重なっている様子が見えましたが、それを開いても文字を判別することは出来ませんでした。ボクは頭を掻いてから、目を開けました。でも、ヒトの目では真っ暗で何も見えません。

 仕方がないので、ボクはそれを胸元のポケットに入れました。


 しばらく部屋の中をぐるぐると見渡したり、ツチノコの身体を眺めたりを繰り返していました。こうして見る景色はとても新鮮で楽しかったですが、さすがに眠くなってきて、ボクはツチノコの隣に横になりました。

 そして胸元のペンダントをぎゅっと握ってから、ツチノコに背を向けました。雑念があると眠れませんからね。



 翌朝、ボクが目を覚ますと、なんだか背後にツチノコの気配がしました。なにやらじっとボクを見つめているようです。

 ボクは目を瞑ったまま、寝返りを打ちました。ツチノコは一瞬驚いたように後ずさりましたが、ボクの顔を覗き込んでから、またゆっくりと顔を近づけました。

 ツチノコはまだボクが眠っていると思っているようです。しかし、今のボクにはピット器官があるのです。これは絶好の仕返しの機会だと思って、ボクは口元が歪みそうになるのを必死に堪えました。

 ボクはちょうど、お腹の上に両手を置いて、仰向けに寝ているような恰好でした。ツチノコはそんなボクをじっと見つめて、そしてゆっくりゆっくりと手を伸ばしました。

 その手は一直線にボクの胸元に伸びます。ボクはツチノコが小さな本を取り返そうとしているのだと、すぐに気づきました。

 ピット器官で見るツチノコの顔はだんだんと赤く色づいていって、心臓のあたりも真っ赤になっていました。ボクは笑いそうになるのを堪えるのに必死でした。

 ボクの胸のポケットの、小さな本まであと少しというところで、ツチノコはぶんぶんと頭を振ったかと思うと、そのまま手を引っ込めました。ボクはなんだか少し残念なような気がしました。


 しばらく経って、ツチノコはもう一度ボクの胸元に手を伸ばし始めました。片手でパーカーの裾をぎゅっと掴んでいて、胸も顔も、熱くなって真っ赤に見えていました。

 そしてついに、ボクの胸元の本に、ツチノコの手が触れました。その瞬間に、ボクはツチノコの腕をがっしりと掴みました。

「ヴォアアアァァァーー!!」

 ツチノコはびっくり仰天して後ずさろうとして、でもボクが腕をつかんでいたので、変な恰好でひっくり返りました。

「な、な、な、なんだこのヤローーー!!」

 ツチノコはぜぇぜぇと肩で息をして、胸元を抑えています。ボクはそれが可笑しくて可笑しくて、大笑いしました。


 ひとしきり笑ってから、ボクは涙を拭うと、むっとしているツチノコににっこりと笑いかけました。

「ピット器官があるボクを~、舐めてもらっちゃ困りますよ~?」

 それを聞いた途端、ツチノコは目を見開きました。

「おま……」

「そういうことです」

 ボクはふふんと腕を組むと、ツチノコは悔しそうに唇を噛みました。

「やられた……」

 ボクはがっくりと項垂れているツチノコの背後に回り込むと、後ろから抱き付きました。そしてその隙に、棚の下の隙間にその小さな本を滑り込ませました。

「ねぇツチノコ、元気出してください」

 ボクがぽんぽんとツチノコの肩を叩くと、ツチノコはむっとした表情で振り返りました。その瞬間、ボクはツチノコの唇にそっとキスをしました。

 ボクが顔をゆっくりと離すと、ツチノコは固まったまま顔を真っ赤にしていました。そして、しばらくしてそっと唇に触れてから、一気に後ずさりました。

「な、な、なァァァーー!!」

 ツチノコはもはや言葉を発することも出来ずに、そう叫んでから、ごしごしと袖で口元を拭いました。そして落ち着かないように口をぱくぱくとさせてから、今度は変な声で唸り始めました。

 どうやら仕返しは大成功なようです。


 ようやくツチノコは落ち着くと、口元をへの字に結びながら、ボクに詰め寄りました。

「本、返せ」

 ツチノコは低い声でそう言うと、ボクの肩をつかみました。そして、ボクの胸元を見て本が入っていないことに気付くと、周囲をちらちらと見渡したり、ボクの背後を覗き込んだり、ボクの両手を掴んであげさせたりしました。

 でも、ボクは本を棚の下に隠したので、ツチノコはその本を見つけられずにいました。

「どこやった……」

 ツチノコはボクに顔を近づけました。ツチノコは怖い顔をしていましたが、ボクはなんだかそれすらも楽しくて、今にも笑ってしまいそうでした。

「さて、どこでしょうか?」

 ボクはわざとらしく首を傾げると、ツチノコは顔を真っ赤にしてボクの胸倉をつかみました。といっても、それなりに優しくですが。

「白状しろ……さもないと……」

 ツチノコはそう言いかけて、眉間にしわを寄せました。

「と、とりあえず……大変なことになるぞ……」

 ボクはそれを聞いて、思わず吹き出してしまいました。

「お、おい! オレは真面目に言ってるんだぞ!」

 それでも、そんなツチノコの様子が可笑しくて、ボクはずっと笑いを堪えられずにいました。

 ツチノコはそんなボクの様子に埒が明かないと思ったのか、一旦手を離すと、思案するように腕を組みました。そしてすぐに何かを思いついたかのように悪戯っぽい笑みを浮かべると、またボクの両肩をつかみました。

「ほら、白状するんだ」

 そう言って、ボクのフードを脱がせました。

 確かに、ツチノコの判断は合理的でした。ボクがこのフードを得てから、まるでツチノコのように賢くなって、ツチノコのようにピット器官が使えるようになってと、特徴がツチノコに酷似していました。

 そうであれば、フードを脱げば素直になってしまうツチノコと同様に、ボクもフードを外せば素直になると考えるのが自然です。

 ボクはやられたと思いました。

「ほら、言うんだ。ノートはどこにある?」

 ツチノコは会心の笑みを浮かべました。


 ですが、ボクがそのツチノコの質問に正直に答えることはありませんでした。いや、正確には、答えられませんでした。

 ボクはフードを外された瞬間から、何かぞわぞわと体中を駆け回って、堪えきれないような衝動に駆られていました。その感覚はどんどんと強まります。

「お、おい、大丈夫か……?」

 ツチノコが心配そうにボクの顔を覗き込みます。ボクはにへにへと笑いました。

「ツチノコ……どうやら、ボクのフードを脱がせたのは、間違いだったようですね……」

 ツチノコはそれを聞いて、一歩後ずさりました。でもボクは手をついて、ツチノコに歩み寄ると、腕をがっしりと掴みました。そしてツチノコをその場に押し倒して、ボクはその上に覆いかぶさりました。

「な、なん……」

 ボクははぁはぁと息を荒くして、ツチノコの顔を至近距離で覗き込みました。ツチノコは少し怯えたような表情で、でも頬を染めてボクの目をじっと見つめています。

「ツチノコ……大好きです……」

 ボクはそう言って、ツチノコにぎゅうと抱き付いてから、ツチノコの首筋をぺろぺろと舐めました。

「ひっ、ちょ、スナネコ、やめて……」

 ツチノコはじたばたと抵抗しようとしますが、ボクはツチノコを逃がさまいと、手を絡めて、足を絡めます。すべすべの手足が触れて、なんだかとてもドキドキしました。

「あ、あの、ごめん、あやまるからぁ……」

 ボクに首筋、そしてうなじをぺろぺろと舐められて、ツチノコの声は早くも震えていました。目にいっぱいの涙をためて、懇願するようにボクを見つめます。

「なにをあやまるんですか?」

 ボクはわざとらしくそう聞いてから、ツチノコの唇に、自分の唇をそっと合わせました。すると、それまでもぞもぞと抵抗しようとしていたツチノコの身体から、すっと力が抜けていきました。

 ボクがそっと顔を離すと、ツチノコは顔を真っ赤にして目を逸らしました。

「ばかぁ……」

 ボクはそんなツチノコの様子がとっても愛おしくて、またぎゅっと抱きしめました。

「ツチノコ……可愛いです……」

 ツチノコの顔にかかった髪の毛を、そっと払いのけます。そしてもう一度、今度はツチノコの頬にそっとキスしてから、ボクはツチノコのフードをぱさりと脱がせました。

「オレは……可愛くない……ぞ……」

「可愛いですよ」

 ツチノコは小刻みに体を震わせて、小さく浅く、早い呼吸を繰り返していました。

「ほら、落ち着いてください」

 ボクたちはもう一度、唇を合わせます。するとツチノコはそっと、ボクの背中に手を廻しました。

 ゆっくりと顔を離すと、今度は、ツチノコがボクの事をじっと見つめていました。

「ねぇツチノコ、ボクの事、好きですか?」

 ツチノコは、ボクの背中の服をぎゅっと掴みました。

「すき……だいすき……」

 そして今度はツチノコが、ボクをそっと抱き寄せました。ちゅっと、小さな音が響きました。

「ぷは」

 顔を離すと、ツチノコがまたねだる様にボクを抱き寄せようとします。

「ツチノコは甘えん坊さんですね」

「すき……すなねこ、すき……」

「良いですよ」

 ボクたちはまた、唇を合わせます。


 何度も何度もそうしていると、だんだん口元がねっとりしてきて、ボクたちは夢中でお互いの唇をむさぼりあっていました。ただ触れているだけなのに、全身が熱くなって、どきどきとして、顔が熱くなって、幸せに包まれます。

「つちのこ……」

「すなねこ……」

 お互いの名前を呼びながら、何度も何度も、飽きずに唇を合わせます。足を絡ませて、素肌同士が触れ合って、体中から暖かい体温が伝わってきて、どきどきとうるさい心臓の鼓動が聞こえて。

 そうしていると、だんだんと体中にあふれるような幸せが、爆発しそうになってくるのです。体中がびくびくと震えて、なんだか耐え難い衝動に襲われます。

 それはツチノコも同じようで、息を荒くして、何かに耐えるようにボクの身体に、強く抱き付きます。

 すると、ボクもどんどんとその衝動が強まって、飛ばされてしまいそうになって、ぎゅうと強く、ツチノコの身体にしがみつきます。

「ツチノコ……ツチノコっ……!」

「スナ……ネコッ……!」

 ボクたちはお互いに、ぎゅうと強く抱きしめあいました。壊れてしまいそうなほど、強く強く。

 その瞬間に、何かが体の中で弾けて、目の前が真っ白になりました。今まで感じたことのないような、幸せで、切なくて、恐ろしいような心地よさに、ボクはぎゅっと目を閉じて、声にならない声をあげて、必死にツチノコにしがみついていました。


 気づけばボクたちは汗だくになって、部屋の真ん中で抱き合いながら寝転がっていました。未だはぁはぁと息は荒く、お互いに少し動いただけで、ぴくぴくと体が震えました。

 一体何が起こったのか、分かりませんでした。でも、頭がふわふわとして、とっても幸せで、心臓がどきどきしていました。

「ツチノコ……」

 ボクが声をかけると、ツチノコは汗に前髪を額にぴったりと貼りつかせて、肩で息をしていました。

「大丈夫ですか……?」

 ツチノコはこくこくと頷くと、小さな声で呟きました。

「もうすこし……このまま……」

 ボクはうん、と頷きました。



「酷い目にあった……」

 ツチノコはがっくりと肩を落としながら、部屋の隅っこでじゃぱりまんを食べていました。

「なんだったんでしょうか」

 ボクは腕を組みながら、うーんと首を傾げました。

「でも、とっても幸せでしたね」

「……し、知らんッ!」

 ツチノコは慌ててそっぽを向きました。ボクはそんなツチノコの様子に、少しだけ笑いました。


「あ、そうだ」

 ボクは後ろ手に棚の下を探って、隠していた例の本に手を伸ばしました。そしてそれを手に取ると、そっと最初のページを開きました。

 ツチノコは後ろを向いているので、それには気づいていないようです。ボクはそこに書いてある内容に目を走らせました。ボクは元々文字が読めないはずでしたが、不思議なことに、今日はその内容を読むことが出来ました。きっとこれも、このフードの影響でしょう。

 ボクはそれを読み進めて、思わず顔をほころばせました。そしてそれを高く掲げると、大きな声で読み始めました。


『きょうは、すなねこと、ねこじゃらしであそんだ。とてもかわいかった。またあそびたいと――』

 それを聞くなり、ツチノコは振り返るなり、ボクに飛びつきました。

「返せェェェーー!!」

「やです~」

 ボクは部屋の中をぴょんぴょんと飛んで、逃げ回りました。ツチノコは大声をあげながらボクを追いかけつつも、なんだかちょっぴり楽しそうでした。

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