#3 ねこみみふーど


「ねぇツチノコ、またですか……?」

 部屋の真ん中でぺたんと座り込んでいるスナネコを見下ろしながら、オレはにやりと口元を歪めた。

 オレの手には、細い棒の先にふわふわの穂がついた、一本のおもちゃ。『ねこじゃらし』というらしいこのおもちゃをゆらゆらと、スナネコの視界でゆっくりと動かす。

 スナネコは口をへの字に結んで、目を逸らす。だが、オレが揺らすその穂先の動きに合わせて、しっぽは否応なくゆらゆらと揺れる。そして時折堪えきれないようにちらちらと穂先を見つめては、それを目で追った。


 これは、オレが先日ひとりで遺跡探検をしていた時に見つけたものだ。地図にまだ印をつけていない、未探索の場所を探検していたところ、偶然新しく、溶岩に塞がれていないドアを見つけたのだ。

 恐る恐るそのドアを開けて中に入ってみれば、それはオレが住処にしている部屋と似たような構造で、棚には人が遺していったと思われる色々な物が所狭しと並べられていた。きっと倉庫というものだろう。

 それを見てオレが歓喜の叫びをあげたのは言うまでもない。先日の一件――何の事かは言わせないでほしい――も忘れて、すぐさまスナネコを呼びつけると、その大量の宝物達を『コレクション』にすべく、スナネコの手も借りながらそれらを運び出した。

 その時、偶然見つけたのがこの『ねこじゃらし』だった。

 

「ほら、いつもみたいに遊ばないのか?」

 オレはわざとらしく首を傾げながら、スナネコの前にそれを差し出す。

「うぅ……やめてくださいよ……」

 スナネコは弱々しく唸るような声をあげながら俯いた。オレはそんなスナネコの様子に、何やら淡い悦楽のような感覚を感じていた。

 普段は何かと余裕たっぷりで、さんざんオレの事を弄び、からかって遊んでいるスナネコ。そんなスナネコが、オレが振り回すたった一本のおもちゃで、羞恥に頬を染めているのだ。

「ふむ」

 オレは顎をさすって、ひょいとそのねこじゃらしをポケットに仕舞った。

「ならやめるか」

 するとスナネコは僅かに声をあげたかと思うと、残念そうな表情でオレを見つめた。オレはにやりと顔を歪めた。

 ポケットからねこじゃらしを取り出して、ぶんぶんと円を描くように大きく振り回した。するとスナネコは一気に満面の笑みを浮かべたかと思うと、穂先に飛びつくようにしてそのまま床に寝転がると、ぐーの手でなんども穂先をパンチした。

 オレが少し穂先を持ち上げるようにしてやると、スナネコもつられて手を伸ばす。にゃーにゃーと甘えた声をあげて、心の底から楽しそうに穂先にじゃれついていた。

「よぅし」

 一旦ねこじゃらしを高くあげて、反対の手で待てのポーズをする。スナネコはそれに従って、高く掲げられたねこじゃらしを見つめながら、今か今かと期待するようにオレの手を軽く叩いた。

 オレはまたニヤリと笑った。

「楽しそうだな」

 するとスナネコはハッとしたように目を見開いて、一瞬のうちに顔を真っ赤に染めた。そして変な声で唸りながら俯くと、ぽかぽかとオレを叩いた。

「ばか……ばか……」

「どうしたんだ? もう満足か?」

 オレがとぼけたようにそう尋ねると、スナネコは目に一杯涙を溜めて、上目遣いにオレを睨みつけた。

「ツチノコのいじわる……」


 そんなわけで、ここのところのオレは非常に上機嫌だ。スナネコの恥ずかしがっている顔を見るのが、なんと楽しい事か。今なら、普段からオレをからかって遊んでいたスナネコの気持ちがよく分かった。


 次の日、オレはまた例の倉庫を訪れていた。この倉庫を見つけてからもう数日も経ったが、大量の遺物を整理しつつ部屋まで運び、きれいに磨いて、ということを繰り返していると、時間はあっと言う間に過ぎる。まだ半分も運び終えてはいなかった。

 今日は、棚の一番下の段に備え付けられている小さな引き出しを調べていた。中からは筆記用具や何やら文字の書かれた紙切れ、地図や方位磁針など、様々なものが出てきた。

 そんな中で、特に目を引いた不思議なものが、小さなペンダントのようなものだった。それは細い金属製の鎖に、きらきらと七色に輝く液体のようなものが入ったガラス玉が付いたもので、引き出しの中にいくつか入っていた。

 オレはそれらを束ねて持つと、部屋の電灯にかざした。ガラス玉の中の液体は、七色の絵の具を混ぜたような不思議な色をしていて、光を反射してキラキラと眩く光っていた。

 しばらくそれを眺めてから、オレはそれをポケットに突っ込んだ。残りのものを鞄に入れてから、オレはそそくさとその倉庫を後にした。


 時折ポケットからそのペンダントを取り出す。何度見ても、不思議な輝きを放っている。オレはもっとじっくりと観察したくて、自然と足を速めた。

 部屋の前まで来て、ドアを開けようとしたところで、ふと部屋の中から変な声が聞こえることに気付いた。にゃーんにゃーん。まるでねこじゃらしで遊んでいるときのスナネコのような声。

 オレは少しの間それを聞いてから、ニヤリと口元を歪めると、勢いよくドアをあけた。

「ただいまッ!」

 オレが満面の笑みで部屋に突入すると、スナネコはねこじゃらしを手に持って、床に仰向けに寝っ転がった状態のまま、驚いた様子でオレを見つめていた。

「楽しそうじゃねぇか。オレも混ぜてくれよ」

 にゃーん。そう言いながらオレがネコのポーズをすると、スナネコは頭から湯気が上がりそうな程顔を真っ赤にして、手に持ったねこじゃらしをぽいとオレに投げつけた。そしてしばらくわなわなと震えたかと思うと、膝をついて、ぎゅっと両手で自分の肩を抱きながら、悔しそうに唇を噛んだ。

「なんで……なんでこんなことするんですかぁ……」

 大きな耳がだらんと垂れて、頬に一筋、涙を流しながらオレを恨めしそうに睨みつける。

 さすがに少しやりすぎたかなと思ったオレは、スナネコの隣に座って、背中をゆっくりと撫でた。スナネコは、ばか、ばか、とうわごとのように繰り返しながら、両手で目を擦っていた。

 どうしたものかと思ったオレは、ふとポケットの中のペンダントの存在を思い出した。ポケットの中からそれを取り出すと、一番きれいに輝いていそうなものをひとつ選んで、ちょいちょいとスナネコの肩をつついた。

「なんですか……」

 スナネコはかすれた声で返事をすると、むぅと怒ったような顔でオレを睨んだ。

「実はな、スナネコにプレゼントがあるんだ」

 オレはそう言いながら、選んだペンダントを手のひらに載せて、スナネコの前に差し出した。

「プレゼント……?」

 正確には、プレゼントにしようと決めたのはたった今だが、これをスナネコがつければきっと似合うと思った。貴重なコレクションだからと、無駄に箪笥の肥やしにしておく意義はない。

「そうだ」

 オレは残りのペンダントをポケットに仕舞って、そのペンダントのフックを外した。オレの手を目で追いかけるスナネコににこりと笑いかけてから、それをスナネコの首にかけて、フックを留めた。

 スナネコの胸元で、七色に光るガラス玉が煌めく。

「いいんですか……?」

 スナネコはすっかり泣き止んで、まじまじとその美しいガラス玉を見つめていた。

「あぁ」

 それを聞くなり、スナネコは嬉しそうにしっぽをゆらゆらと振って、にっこりと笑った。

「ありがとうございます」

 しばらくスナネコはそのガラス玉を見つめて、にへにへと笑みを浮かべたりしていた。オレはそんなスナネコの様子に満足すると、鞄の中から新たなコレクションを取り出して、それを磨く作業をはじめた。


「ねぇツチノコ」

 少したってから、スナネコがおもむろに口を開いた。

「これ、まだ幾つかあるんですか?」

 スナネコは首元のガラス玉をつまみながら、オレに尋ねた。

「あぁ、あるぞ」

 オレはコレクションを磨く手を一旦止めて袖で額を拭ってから、ポケットから残りのペンダントを取り出した。

「おぉ~」

 スナネコは食い入るようにしばらくそれを見つめてから、その中の一つをひょいと手に取った。

「ツチノコ、こっち来てください」

「ん?」

 オレが不思議がりながらもスナネコに近づくと、スナネコは不器用にフックを外してから、オレの首にそのペンダントを掛けた。そしてしばらくもぞもぞと格闘してからようやくフックを留めると、満足げににっこりと笑った。

「これでお揃いです」

 なるほどと、オレは思った。オレのフードを勝手に着るほど、お揃いに憧れていたスナネコだ。

「ほぅ」

 ふたりでお揃いのものを身に着けるのも、これぐらいなら悪くないなと思った。



 翌朝目を覚ますと、なんだか不思議な感覚がした。普段は聞こえないような部屋の外の音や、スナネコの微かな寝息が妙にはっきりと聞こえて、心なしか部屋が暑いような気がした。

「うーん……」

 ぐいと伸びをすると、自然と大きな欠伸がでた。風邪でもひきかけているのだろうかと思って、オレはペットボトルに汲んでおいた水をぐびぐびと飲むと、もう一度横になった。

「スナネコー」

 放っておくといつまでも際限なく寝続けるスナネコの肩をゆさゆさと揺すると、スナネコは少し顔をしかめてから、ぱっちりと目を開けた。

「おはよう」

「おはようございま……」

 しかし、スナネコはオレを見るなり驚いたような顔をしてから、ぽかんと口を開けたまま動かなくなってしまった。

「どうしたんだ……?」

 オレが不思議に思って尋ねると、スナネコは口をぱくぱくとさせてから、ようやく小さな声で呟いた。

「おみみ……」

「耳?」

 オレは自分の両耳を触る。が、特に何かがついているといった様子もない。だがそこでふと、フードが脱げていることに気が付いた。慌ててフードを被ろうと引っ張ると、なにやら引っかかったようにフードが被れない。オレはもう一度強く引っ張ったが、やはり頭のてっぺんで何かに引っかかっているようだった。

 不審に思って頭頂部に手を伸ばすと、何やら不思議なふわふわとした感触があった。それを掴むと、まるでスナネコの大きな耳のように、温かくて、ぴょこぴょこと動いた。

「な、なんだ……!?」

 オレはようやく違和感の正体に気付いた。だが、自分の頭に耳が生えているなんてにわかに信じられなくて、オレはコレクションの棚を大慌てで漁った。

 その中から鏡を取り出すと、恐る恐る、その中に写る自分の姿を覗き込む。きっとスナネコが何か悪戯をしたに違いない、そう思いたかった。

 だが、鏡の中には、頭のてっぺんに、まるでスナネコのもののような大きな耳が生えた自分の姿。オレは奇声をあげながらそれを引っ張ったりもしてみるが、作り物でもなんでもなく、ちゃんと感覚もある自分の耳そのものだった。

「どうなってんだァァァァ!?」

 鏡に向かって何回も叫ぶオレの様子を、スナネコはただ茫然と見つめていた。


 オレは大慌てで支度をすると、スナネコを連れて図書館へ向かった。自分の身に何が起きているかを知りたかった。何か致命的な病気なんじゃなかろうか、もう死んでしまうのではなかろうかと、不安に押しつぶされそうだった。きっとスナネコを連れてきたのは、そんな不安を和らげるためだろう。

 図書館への道中、スナネコはずっとオレの手を握ってくれていた。そして時折涙を流すオレの背中を優しくなでて、時には水の入ったペットボトルを差し出して、時には優しい言葉で慰めて。挫けそうになるオレを何度も助けてくれた。


 図書館に着いたのは、その日の深夜だった。博士と助手は早寝早起きだから、もう寝ているというのは分かっていた。だが、オレは大声でふたりの名前を呼んだ。

 何事かと、博士と助手は慌てたように、木の上の寝床からばさばさと舞い降りた。不安と焦りで喋れないオレに代わって、スナネコが事の顛末を二人に話す。二人はオレの様子を少しの間観察してから、てきぱきとお互いに役割を分担して、本棚を飛び回った。

「なぁスナネコ、オレ、死にたくないよ……」

「大丈夫です、ツチノコは死にませんよ。ボクがついてますから」

「嫌だ……。まだスナネコと一緒に居たいんだぁ……」

「ボクはここに居ますよ。ほら、元気出してください」

 図書館の椅子に座って、めそめそと泣くオレの声が静まり返った図書館にこだまする。スナネコはそんなオレをそっと撫で、手を握って励まし続けてくれた。


 早朝、だんだんと空が白み始めた頃に、博士がオレとスナネコを呼んだ。博士は珍しくオレに同情したように一言、落ち着くのです、と優しく言葉をかけた。

 結論から言うと、どうやらオレの症状は病気でもなんでもないらしい。高い濃度のサンドスターを浴びた時にまれに起こる現象のようで、自分の元となる動物とは無関係の特徴が表れてしまう事があるようだ。

 そして、その原因として、博士はオレの胸元にかかっているペンダントを指さした。曰く、このペンダントのガラス玉の中に入っている七色の液体は、サンドスターを高濃度に濃縮したもので、昔ヒトがパークに居た頃に、ひどくけがをしたフレンズなどに付けることで治療に利用していたようだ。

 だから、安心するのです、と博士は念を押すようにオレの顔を覗き込みながら言った。そしてひとつ欠伸をすると、助手と一瞬目配せをしてから、木の上の寝床に戻っていった。

 ありがとう、とオレが小さな声で呟くと、博士は何も言わず、振り返りもせずに、でも小さく手を振った。


「あの、スナネコも、ありがとう……」

 図書館からの帰り道、オレは隣を歩くスナネコに小さな声で礼を言った。スナネコはにっこりと笑うと、オレの手をぎゅっと握った。

「なんともなくて、よかったですね」

 スナネコの優しさが身に染みて、オレはその手を強く握り返した。

 落ち着いてみれば、どうしてあんなに取り乱したのだろうと少し不思議だった。そして少したってから、それはフードが脱げていたからだと思い至った。

 でも……。それだけが理由ではないだろう。オレは隣を歩くスナネコをちらりと盗み見た。大好きになったスナネコ。自分を大好きでいてくれるスナネコ。そんなスナネコと離れたくない、ずっと一緒に居たい。そんな気持ちが強かったからに違いない。

「なんですか?」

 いつの間にかスナネコをじっと見つめていたことに気付いて、オレは慌てて目を逸らした。スナネコは少し、悪戯っぽく笑った。


 鬱蒼としたジャングルの道を、スナネコと歩く。至る所から聞こえてくる生き物たちの声。この大きな耳のせいか、普段なら聞こえないような生物たちの営みが肌で感じられた。

 スナネコは何か聞き慣れない音がするたびにそちらを振り返って、オレに何の音かと尋ねる。なるほど、これだけ色んな音が聞こえているから、ああやって色んな事に興味を持つんだろうかなんて思いながら、昼下がりのジャングルをゆっくりと歩いていた。


 ふとある時、スナネコは立ち止まると、その場にしゃがみ込んだ。何事かとオレもつられてしゃがみ込むと、そこにはたくさんのエノコログサが生えていた。俗に、ねこじゃらしと呼ばれている植物だ。

「これは……」

 スナネコはぐーの手でそれにちょいちょいと触ると、嬉しそうに笑った。そして、その中から大きめのものを一本引き抜くと、オレの前に差し出した。

「なんだ……?」

 オレが不審に思って眉間にしわを寄せると、スナネコは楽しそうにそれを小さく振り回した。

 その途端、なんだかぞわりとするような感覚が体中を襲った。さっきまであんなに聞こえていた色んな音が遠ざかるように聞こえなくなって、しっぽがひとりでにぴょこぴょこと動く。

 馬鹿な。こんなモノに弄ばれてたまるか。そう思っても、視界は狭くなって、そのゆらゆらと揺れるエノコログサの穂先しか見えなくなる。

「にゃ……」

 自分の口から漏れた声に驚いて、オレは慌てて両手で口を塞ぐ。スナネコはそんなオレの様子を見て意地悪く笑うと、もう何本かエノコログサを引き抜いて、束ねてそれを揺らした。

「やめて……」

 弱々しく呟いても、スナネコは許してくれなかった。あぁ、スナネコはいつもこんな気持ちだったのか。今更ながらスナネコの気持ちを理解した。そして、今目の前で満面の笑みを浮かべているスナネコの気持ちもまた、過去の自分であり、よく理解できた。

「ほうら~」

 スナネコはついに、それを誘うようにくるくると振り回した。するとさっきまでの恥ずかしい気持ちは一瞬のうちにどこかに行ってしまって、オレは本能のままに、その穂先に飛びついた。

 とても幸せな気分だった。何もかも忘れて、ただスナネコに甘えて、思うがままに甘い声を出して。スナネコに頭を撫でられて、可愛いですね、と何度も言われて、よくできました、と褒められて。


 気づけば、ジャングルの暖かな木漏れ日の下で、スナネコの膝の上に寝転んでいた。今まで感じたことの無いような大きな幸せに、オレは恍惚としていた。スナネコが優しく、オレの頭を撫でる。時折大きな耳の付け根を撫でられて、オレはぐるぐると声を出した。

 スナネコのお腹に抱きついて、ぎゅうと顔を押しつけて、首筋を擦りつけて、にゃーと鳴く。不思議ともう、恥ずかしいという感情は無かった。

「どうですか、幸せでしょう」

 オレは応えるように、スナネコのお腹をぺろりと舐めた。

「えへへ、くすぐったいです」

 スナネコはオレの頭をぽんぽんと叩く。オレが顔を上げると、スナネコは両手でオレを抱き寄せた。

「ねぇツチノコ、ボクのこと、好きですか?」

 オレの大きなネコの耳が、ぴょこぴょこと動く。流石にすこし恥ずかしくなって、でも目を逸らさずに、オレは言った。

「すなねこ、だいすき……」

 きっと、普段のオレじゃあ考えられないほど、緩みきった顔をしていただろう。スナネコの大きな耳が、ぴょこぴょこと動く。

「嬉しいです」

 スナネコはオレの頭をぐるぐると撫で回した。

「でも……」

 スナネコはオレの首についた小さなガラス玉に触れた

「ボクは、ツチノコが好きなんです」

 スナネコはオレの首に手を回すと、そっと首の後ろのフックを外した。ぱちりと、フックが外れる音が妙に大きく聞こえた。

「ねぇツチノコ、元に戻っても、変わらずボクのこと、好きでいてくれますか?」

 これを外せば、きっと今の幸せな時間は終わってしまうだろう。でも、これからもきっと、今日のことは記憶に深く残り続けるだろう。そして、これからも、オレはスナネコが大好きだ。

「当たり前だろ」

 オレはツチノコっぽく、強がった。

 するりと、ペンダントが首元から滑り落ちた。

「約束だ」

 オレは目を瞑って、そっと優しく、キスをした。


 すぐに、あんなに聞こえていた色んな音が遠ざかるように聞こえなくなった。目を開けて、ぽんぽんと頭の上を触ると、もうあの大きな耳は無くなっていた。まるで魔法が解けてしまったようだった。

「こんにちは、ツチノコ」

「あ、あぁ、スナネコ」

 スナネコは、ネコの耳が無くなったオレの頭をさらさらと撫でた。オレはなんだかドキドキしてしまって、スナネコの顔をまともに見ることが出来なかった。

「えへへ、やっぱり恥ずかしがり屋さんのツチノコが好きなんです」

「うぅ……」

 オレは恥ずかしさのあまり、唇を噛んで情けない声を漏らした。スナネコはそんなオレを、そっと抱き寄せた。

「ねぇツチノコ、ボクのこと、好きですか」

 一気に顔が熱くなった。オレは一瞬唸ってから、正直に応えた。

「大好きだ……ぞ……」

 すると、スナネコは嬉しそうに笑って、オレをぎゅっと抱きしめた。

「これからもよろしくお願いしますね」

 スナネコはオレの頬に、そっとキスをした。


つづく

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