#2 ふーどのひみつ


 ボクは最近、とっても面白いことを知りました。


 ある日の朝の事です。ボクが目を覚ますと、ツチノコはまだぼくの隣ですうすうと気持ちよさそうに息を立てて寝ていました。いつもならボクより先に起きて、寝覚めの悪いボクをたたき起こすぐらいなのですが、今日は全く起きる気配がありません。もしかしたらボクが早く目が覚めてしまっただけなのかもしれませんが、もう眠気もなかったので寝なおそうという気にもなりませんでした。ぱちりと電気をつけても、ツチノコは眩しがるそぶりもありません。

 ツチノコを起こしてもよかったのですが、毎日遺跡探検で疲れているでしょうし、無理に起こすのは気が引けました。でもかといって、なにもせずおとなしく待ってるということは、ボクには出来そうにありません。ここでボクは良い事を思いつきました。先日ツチノコが見つけてきたものの中に、「ぺん」というものがありました。ツチノコ曰く、これは「ひっきようぐ」というもので、ふたを外して先っぽをものにこすりつけることで、絵が描けるというものだそうです。

 ボクは棚からペンを取り出して、キャップを外しました。目の前にはすやすやと眠るツチノコの顔があります。となると、やることはひとつです。ボクはまずツチノコの顔をつんつんと指でつつきました。いつもは滅多に隙を見せないツチノコですから、こうやって頬をつんつんしたのは初めてかもしれません。とても柔らかくて、楽しかったです。起きる気配がないことを確認してから、ボクはペンを手に持ちました。そして、先っぽを頬にぎゅうと押し当てて、ぐるぐるぐる。あっという間にほっぺに渦巻きが出来ました。「お~」と、思わず声が出ました。ツチノコは横になって寝ていたので、首をぐいと反対を向かせてから、反対側のほっぺにも、ぐるぐるぐる。これで両方のほっぺに渦巻きが出来ました。ペンというものは素晴らしいものだと思いました。

 でも困ったことに、ツチノコが目を覚ましてしまいました。さすがに反対側を向かせたのがまずかったでしょうか。ツチノコはぱちりと目を開けたかと思うと、ボクのにへにへと笑った顔と、ボクが手に持ったペンを見比べて、眉間にしわをよせて、はぁとため息をつきました。ボクはまたツチノコにこっぴどく怒られるな、と思いました。

 しかし、実際にはそうではありませんでした。ツチノコはなんだかちょっぴりと嬉しそうに困った顔をして、こう言いました。

「も~、仕方ねえなぁスナネコはぁ~」

 そして、ボクの頭をぐるぐると撫でたのです。ボクはなんだか拍子抜けしてしまいましたが、なんだかツチノコと仲良くなれたような気がして、その手を甘んじて受け入れました。頭を撫でられるのって、気持ちいいんですね。

 でも、次のツチノコの一言には、ボクも少し変だなと思いました。

「スナネコは可愛いなぁ~」

 ボクはうっとりと瞑っていた目を開けました。するとツチノコは幸せそうに満面の笑みで、相変わらず、ボクのあたまをくしゃくしゃと撫でまわしたり、ボクのほっぺに手をすりすりしたりしていました。

「どうしたんですか、ツチノコ」

 ボクは不思議になって尋ねました。すると、ツチノコははっとしたように手を止めました。そしてみるみるうちに驚いたような顔になったかと思うと、震える手で自分の首の後ろあたりを探りました。そしてフードを掴んで、深く被りなおしました。

 フードを被ったとたん、ツチノコは一気に顔を真っ赤にして、叫びました。

「な、な、な、なんだァァ!!! なんだこのヤロォォォォーーー!!!」

 いつもに増して、あまりにも大きなツチノコの叫ぶような声に、ボクは思わず「わあ」と耳を塞ぎました。ツチノコはわなわなと震えるように、ボクから後ずさって、壁に背中をぶつけました。

「ヴォレェェ!!! キッキックシャーー!!」

 ツチノコはすごい剣幕です。ボクは何が起きているかよくわからなくて、そんなツチノコをぽかーんと眺めていました。


 しばらくツチノコをなだめ続けて、ようやく落ち着いても、ツチノコはさっきのがなんだったのか、教えてくれませんでした。寝起きで寝ぼけていたのかなとも思いましたが、どうやらそういう訳でもなさそうです。そして、しばらくたってから、ボクはひとつ、いつもとの違いに気付きました。その日は珍しく、ツチノコはフードを脱いで寝ていたのです。よく考えれば、ツチノコがフードを外しているのを見たのは初めてでした。ボクはきっとこのことが関係あるに違いないと思いました。

「ねぇツチノコ、フードを脱いでもらえませんか?」

 ボクが試しに聞いてみると、ツチノコは肩をびくりとふるわせて、「何故だ」と問いました。

「なんとなくです。そういえば今朝は珍しく脱いでたので」

「嫌だ」

 ツチノコははっきりと答えました。ボクはますます怪しいと思いました。恥ずかしがり屋のツチノコだからといっても、フードぐらい、ボクの前だったら脱いでくれてもいいはずです。それに、変に強がって、ボクの方を見ずに「嫌だ」なんて、最近の優しいツチノコらしくありません。

「なんでですか?」

「嫌なもんは嫌なんだ」

「なにか理由があるんですか?」

 そう聞くと、ツチノコは黙り込んでしまいました。ボクは続けて尋ねます。

「理由がないなら、なんで嫌がるんです?」

 ツチノコは悔しそうに唇を噛みました。ボクはツチノコの横に肩をぴったり寄せてくっつきました。

「いいじゃないですか。それとも、ボクのこと、嫌いですか?」

 意地悪な質問だと、ボク自身も思いました。ツチノコはボクの方をちらっと見て、悔しそうに口元をへの字に曲げて、とうとう降参しました。

「ちょ、ちょっとだけだからな…!」

 ツチノコはゆっくりとフードを脱ぎました。青いきれいな髪があらわになります。ボクが大好きなきれいな髪の毛です。ボクはツチノコの頭を、さっきツチノコにやられたようにわしゃわしゃと撫でまわしました。ツチノコはぎゅっと目を閉じています。

 ここで、ボクはツチノコにひとつ、質問をすることにしました。

「ねぇツチノコ」

 ボクはツチノコの顔を覗き込みます。

「ツチノコは、ぼくのこと好きですか?」

 するとツチノコは目を開けて、にっこりと笑いました。

「あぁ。大好きだぞ。可愛いし、ちょっと飽きっぽいけど、オレが好きなものに興味を持ってくれるし、話し相手になってくれるし、こんなオレの事を好きでいてくれるし、優しいし、それに――」


 どれぐらいたったでしょうか。ボクはなんだか放心してしまって、しばらく何も言えずにその場に座り込んでいました。なにやらツチノコが大声で叫んで、部屋から飛び出していきましたが、そんなことも気にならないぐらい、ボクはぼーっと惚けていました。

 ツチノコの言葉がぐるぐると頭を駆け巡ります。大好き、可愛い、優しい……。ツチノコが、ボクの事、大好き?

 ボクは柄にもなく、とっても恥ずかしくなりました。きっと顔も真っ赤なのでしょう。でも、同時にとってもうれしくなりました。ボクもツチノコが大好き、そしてツチノコもボクが大好き。両想いで、つまりはコイビトだということです。


 そして、ツチノコのフードの謎も解けました。どうやら、ツチノコはフードを脱ぐと、とっても素直な子になってしまうようです。



 その日から、さらにちょっとだけ仲良くなったボクたちは、遺跡探検にも一緒に行くようになりました。ボクはツチノコが何をしているのかよくわからないので、本当についていくだけですが、ときどき珍しいものが見つかって、楽しそうにツチノコが説明してくれるのが面白くて、毎日毎日ついていっていました。

 しかしある日、事件は起こりました。


 いつものようにツチノコの後ろをついて歩いていた時。ボクはふと、ツチノコがたまに地面に置いている石のようなものがなんなのか気になって、ひとつを取り上げました。ツチノコにこれがなんなのか尋ねようとしましたが、ちょうどその時、ツチノコは何か珍しいものを発見したようだったので、後で訊くことにしました。

 そしてさらにしばらく進んだ頃、ボクはふと先ほどの石のことを思い出して、ツチノコに尋ねました。

「ねぇツチノコ、そういえばこれってなんなんですか?」

 ボクは先ほど拾った石をツチノコに見せました。

「んあ? それはマーカーって言ってな。帰り道に迷わないように……」

 と、ツチノコは言いかけたところで、ボクからその石を勢いよくひったくりました。

「お、お前ッ! これ、どっから取ったァ!?」

 ツチノコは焦ったように言いました。ボクはしばし思案してから、今来た方向を指さして答えました。

「あっちです」

 そうボクが言うと、ツチノコは頭を抱えました。

「お前……。これはなァ、帰り道が分かるように置いてるんだぞ……。取っちまったらどこから来たか分かんなくなっちまうだろうが……」

「そうなんですか? ……ごめんなさい、ツチノコ」

「いや良いよ、ちゃんと説明してなかったオレが悪いし」

 しゅんとするボクに、ツチノコは優しくそう言ってくれました。昔だったら大声で怒鳴りつけられていたところでしょうが、最近のツチノコはとても優しくなりました。

 でも、ボクが反対の手からさらに幾つかの石を取り出すと、さすがに優しいツチノコ、とはいきませんでした。

「アァァァァァーー!!! 何やってんだこのヤロォォォォーー!!!」


 ツチノコはその場で座り込むと、背負っている鞄から一枚の地図を取り出しました。地面にそれを広げると、ペンを持ってひとつ丸をつけました。

「今来た道は多分これなんだ、だからきっと、この道をこう行けば……」

 うんうん、とボクは頷きました。正直なんのことだか分りませんでしたが。

 暫く色々と地図に書き込んで、ツチノコは「よし」と言うと、おもむろに立ち上がりました。そして、地面に座り込んだまま見上げるボクにこう言いました。

「あんま心配するな、ちゃんと帰れるはずだ。それに、オレにはピット器官があるからな!」

 ツチノコはフードを自慢げに指さしました。今日のツチノコはやけにかっこよく見えました。


 しかし、暫く歩いていると、だんだんとツチノコの表情が曇ってきました。ボクはだんだん心配になってきました。

「ツチノコ、大丈夫ですか?」

「お前は心配すんな、どんだけオレがここで長いと思ってんだ」

「そうですか……?」

 口では強がっていましたが、時折「おかしいな」とか呟いていて、ほぼ迷っているのは明らかでした。ツチノコは歩きながら、先程のとは違う色の石を地面に置いていきます。

「ごめんなさい、ツチノコ」

「だから! 説明してなかったオレが悪いんだから! お前は悪くねぇって!」

「……ツチノコは優しいですね」

「だぁー! うるせぇー! 黙ってろォ!」

 そんな問答を繰り広げながら、ボク達はさらに歩いていきます。


 ところが、少し歩いたところで、変なことに気付きました。

「ツチノコ、これ」

 ボクがひとつ石を取り上げると、ツチノコもうんと頷いて、大きなため息をつきました。

「迷った」

 ボクが取り上げた石は、さっきからツチノコが置いている、あの違う色の石だったのです。

「ぐるぐる回ってるんだな。そりゃそうだ、右に二回、左に六回曲がったからなァ。あーなにやってんだか」

 ツチノコはどさりとその場に倒れこみました。大の字で仰向けに寝っ転がって、目を閉じました。

「あの……ツチノコ」

「うるせー。大丈夫だ」

 ツチノコは強がって、そしてボクのことを気にかけてそう言ってくれますが、迷ってどうにもならなくなってしまったのは明らかでした。ボクはツチノコに申し訳なくなってしまって、もう一回謝りました。

「ごめんなさい」

「あーーー!!! 何回も何回も! うじうじすんなッ!」


 このまま無駄に歩き続けても仕方がないので、とりあえずボクたちは一旦ここで休憩することにしました。ツチノコは鞄から「ぺっとぼとる」とじゃぱりまんを取り出すと、ボクにひとつずつ手渡しました。

 ふたりでもぐもぐと食べていると、ツチノコが「あッ」と言いました。

「なんですか?」

 ボクが尋ねると、ツチノコは地図にペンでぐるりと変な形の四角を描きました。

「さっき一周したのはここだな。途中で地図の向きを間違えたんだ。ほら、こことここ、形が似てるだろ」

 ボクはやっぱり分かりませんでしたが、うんと頷きました。

「ということは……」

 ツチノコはそこからぐねぐねとボクたちの家まで線を伸ばしました。

「これで帰れるという訳だ」

 ツチノコは自信ありげにぽんとペンを置きました。

「お~」

 ツチノコは最後のじゃぱりまん一口を口に押し込むと、ぐびぐびとペットボトルの水を飲んでから立ち上がると、周囲を見渡しました。

「よし、こっちだ。行くぞ」

 またボクたちは元気よく歩き出しました。


 しばらく歩いて、ツチノコは「よし」と地図を見ながら頷きました。

「合ってる」

「……」

 ですが、なんだかツチノコに元気がないことにボクは気づきました。ただ様子を見る限り、道は合っているみたいなので、どこか怪我でもしたのかと心配になりました。

「ねぇツチノコ」

「……あ?」

「なんだか元気ないですよ」

「……ちょっと疲れたんだ」

 ボクはふぅんと曖昧に返事をしました。


 しかし、もうしばらく歩いていると、なんだかツチノコは歩き方もおかしくなってきて、とても辛そうでした。

「ツチノコ、本当に大丈夫ですか? 一旦休んだ方が――」

「うるせぇ! お、お前は黙ってろ……」

 何故かツチノコは怒ってそう言いますが、その声もなんだか尻すぼみで元気がありません。

「ねぇ、ほんとに、ツチノコ。休みましょうよ」

「ッ……」

 ボクがツチノコの肩に両手を置くと、ツチノコはぶるりと体を震わせました。そして、へなへなとその場に座り込んでしまいました。

「ツチノコ、ツチノコ」

 ボクは自分のせいでツチノコがとんでもない病気になってしまったんじゃないかとか、このまま死んでしまうんじゃないかとか、もう心配になってしまって、ゆさゆさとツチノコの肩を揺さぶりました。

「……や、やめて……お願い……」

 するとびっくりするようなか細い声で、ツチノコがそう言いました。ボクはびっくりしてツチノコの肩から手を放しました。

「ごめんなさい……、えっと、ツチノコ、何かボクに出来ることって――」

「……あっち、行け……」

 ツチノコは顔を上げて、目にいっぱい涙をためて、ボクを睨みつけてそう言いました。ボクはなぜそんなことを言うのかわかりませんでした。ボクもなんだか泣きそうになってしまって、ぎゅうとツチノコに抱き付きました。

「嫌です……ツチノコと離れたくないんです……いやだ……死なないで……」

「うぐあっ……」

「絶対離れませんからね……ツチノコ……」


 するとツチノコは、声にならない声をあげて、強く股の間を押えました。そして足をぎゅっと閉じて、肩を震わせました。

 それと同時に、静かにあたたかい水たまりが、ツチノコを中心に広がりました。


「お……?」

 ボクはうまく状況を飲み込めませんでした。ツチノコはボクの腕の中で、声もなくしくしくと泣いています。そして、ツチノコの周囲には小さな水たまりが出来ていて、ツチノコの服をぐっしょりと濡らして、ボクのスカートにも少ししみこんでいました。

「あ……」

 ようやく状況を理解したボクは、恐る恐るツチノコの顔を覗き込みました。

「嫌いだ……スナネコなんて……大嫌いだ……」

 そう小さな声で呟きながら、悔しそうに唇を噛んで、大粒の涙を零していました。

「あの……ごめんなさいツチノコ、その、気づかなくって……」

 ツチノコはぎりりとボクを睨みつけました。そしてまた俯いて、しくしくと泣きました。

「あ、あの、気にしないで……ツチノコ……?」

 しかしツチノコは黙って俯いたまま、動けずにいました。仕方がないので、ボクはツチノコのフードをそっと脱がせました。すると、ツチノコはぼくにぎゅうと抱き付きました。

「いやだ……嫌いにならないで……スナネコを失いたくないんだ……お願い……」

 そんなツチノコをボクは優しく抱き返しました。

「ボクはツチノコが大好きですよ。あの……気づかなかったボクが悪いですし……ボクはこんなことで嫌いになったりしませんよ。ごめんなさい、ツチノコ」

「うぅ……スナネコぉ……ごめんよォ……」

 ボクはツチノコの背中を優しく撫でてあげました。

「なんだか、ボクたち、今日は謝ってばかりですね」

 ふふっとボクが笑うと、ツチノコも泣き顔でちょっとだけ笑いました。


 帰り道、ツチノコはぽつぽつと色んなお話を話してくれました。いつもボクにつらく当たっているが、実は内心嫌われないかと心配になっていて、でも変に意地を張ってしまって素直になれていなかったこと。そして、実は素直になりたいと思っていること。ボクのことが大好きなこと。

 ボクはとっても幸せでした。


 でも一つ、問題がありました。

「ねぇツチノコ」

 家まではもう少し、距離がありそうです。

「ボクもおしっこしたくなっちゃいました」


 この時のツチノコの顔は、今でも忘れられません。

「ねぇツチノコ、ずっと一緒にいてくれるんですよね」

 ボクはにっこりと笑いました。



つづく

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