つちのこふーど

みのぼん

#1 おそろいふーど


 最近、スナネコがよく家にやってくる。オレの家は遺跡迷路があるところから、バイパスを通ってすぐの所にある、元事務室だった場所だ。その一室を綺麗に片付けて、そこに住んでいる。

 バイパスを通ってすぐということは、なにぶんスナネコの家にも近い。そして、オレの家にはありとあらゆる”コレクション”が飾ってあるのだ。好奇心旺盛なスナネコがこれ目当てにやってくるのは想像に難くない。

 コレクションというのは、オレが遺跡を調査している間に見つけたもののことだ。家の壁には大きな棚が備え付けられていて、オレはそこにコレクションを大量に仕舞っている。

 コレクションの種類は実に多岐に渡る。オレが愛してやまないジャパリコインはもちろん、昔グッズショップで売られていたであろうキーホルダーやアクセサリー、地図やパンフレット、他には怪しげな飲み物など、実に様々な小物がある。オレの自慢のコレクション達だ。


 さて、そんなコレクション目当てにやってくるスナネコだが、少々困ったことがある。非常に飽きっぽいということだ。棚のコレクションを片っ端から取り上げては、「なんですかこれ」と、目を輝かせながら聞いてくる。

 オレはこうやって誰かと話したり、ましてや家に招き入れるということはこれまで一切無かった。だから、そうやって好奇心に溢れたつぶらな瞳で尋ねられると、オレとしても嬉しくなってしまって、つい興奮してあれやこれやと説明してしまう訳だ。

 だがどうだろうか、オレが話し終える頃にはぼーっとそっぽを向いて、「そうですか」なんて冷めた口調で言ってのけるのだ。まだコレクションをほっぽり出さないで元の位置に戻してくれるだけマシなのだろうか。

 確かに、オレは少々長く話しすぎてしまう傾向があるのはここのところ数日でよく分かった。途中でもういいや、と思われてしまっても仕方ないと思う。だがだ、だからといってあからさまに飽きました、と言わんばかりの態度はいかがなものかと思うのだ。

 それで、オレは自分一人だけ盛り上がっていたことに気づいて恥ずかしくなって、毎回こう言う。『なんだこのヤロー!』


 でも、オレはこんなスナネコとのやりとりを密かに楽しんでいた。今までは誰かと話すという経験すら無かった。だからこうやって気兼ねなく喋れて、そしてたまに笑いかけてくれる。そんな仲間が出来たのがとても嬉しかった。

 そして最近は、オレが遺跡探検から帰ってくると、家で待っていてくれるようになった。いつもなら疲れてすぐに眠ってしまっていたが、スナネコが居るとなぜか疲れも吹っ飛んで、ずっとお喋りに興じていた。といっても、いつも繰り返されるのは興奮して喋るオレと、『そうですか』なスナネコ、そして『なんだこのヤロー!』なオレな訳だが。


 変わったことはそれだけでない。これまでは、遺跡探検が楽しみのすべてのようなものだった。誰も話し相手も居ないのだから当たり前だ。だが、最近は家に帰ればスナネコが居るので、それが楽しみになった。そして、最近はもう遺跡探検を早めに切り上げて帰るまでになった。

 もちろん遺跡探検も楽しいし、それに調査は定期的に博士へ報告に行くほど本格的なものだ。だから手抜きはしない。でも、だらだらと歩き回ったりはしなくなった。今日はここ、これを調べる、とはっきり目的を決めて調査に行くようになった。こうしてから、遺跡に持って行く荷物を必要なものだけに絞れるようになったので、鞄が軽くなって疲れにくくなったし、達成感のようなものも大きくなって、良い事ずくめだった。


 スナネコには感謝でいっぱいだ。最初やってきたときは邪魔はするし、すぐ飽きるし、なんて奴だと思って相手にしなかった。それでもスナネコは怒りもせず、ずっとオレについてきた。そんなスナネコにとうとう根負けしたわけだが。

 でも、スナネコが居なかったら、今のような充実した生活は送れて居なかっただろう。



 今日も、その日の遺跡探検を終えて家に帰ると、いつものようにスナネコが出迎えてくれた。

「おかえりなさい、ツチノコ」

 オレのコレクションを片手に、にっこりと。それだけで、今日一日の疲れなんかどこかへ吹っ飛んでいって、オレもつられて笑う。

「ただいまスナネコ」


 遺跡探検のついでにラッキービーストから貰ってきたじゃぱりまんを、スナネコに手渡す。そしてふかふかのソファーに二人で腰掛けて、ゆっくりお話をしながら、一緒に食べる。

 ここのところ、スナネコとあまりコレクションの話はしなくなった。その代わり、オレがその日の遺跡探検の土産話をしてあげたり、逆にスナネコが外に出ることの無いオレのために、いろんなフレンズや地方、面白いものの話をしてくれたりする。

 自分から話しておいて、オレが詳しく聞こうとすると「もうこの話飽きました」なんていうもんだから、オレは何度も愕然とさせられたが、不思議なことにオレが遺跡探検の話をしている時は、滅多に飽きることはなかった。


 ふたりともじゃぱりまんを食べ終わって、いつもなら暫くお話をしてからスナネコは家に帰るのだが、今日はもう帰ると言い出した。オレはスナネコとのお喋りの時間を楽しみにしていたから少々がっかりしたが、スナネコにもスナネコのやりたいことがあるのだろう、と考えて、笑顔で見送った。

 スナネコが帰ってしまうと、部屋はなんだかがらんとして、酷く味気ないような気がした。いつもならスナネコが帰ってからすぐ寝てしまうが、今日はまだ時間が早いので眠くは無かった。仕方が無いので、オレは久しぶりにコイン磨きをすることにした。


 コインは磨くととても綺麗になる。拾ってきたものは土に汚れてくすみ、鈍く光るだけだが、綺麗に泥を落として磨き拭いてやると、まるで宝石のようにぴかぴかと光る。この綺麗に磨き上げたコインにスナネコがとっても興味津々だったことを思い出して、オレは一人頬を緩めた。


 久しぶりのコイン磨きに没頭していると、ぎぃとドアが開く音がして、オレはつられて首をあげた。すると、そこにはドアの隙間からこちらを覗くスナネコの姿があった。

「こんばんは」

「こんばんはって……どうしたんだ? 帰ったんじゃ無かったのか?」

「ちょっとツチノコに見せたいものがあって」

 スナネコは相変わらずドアの隙間からこちらを覗いているだけだ。

「なんだ…? とりあえず入れよ」

「はい」

 そう言って、スナネコは楽しそうににっこりと笑ってから、ドアを一気に開けてぴょんとオレの前に姿を現した。そして、そのスナネコの姿にオレは思わず目を疑った。

 なぜなら、スナネコがオレと全く同じパーカーを着ていたからだ。オレはびっくりして立ち上がろうとして、つるりと足を滑らせて尻餅をついた。

「ななな、なんだお前ェ!!」

 オレはお尻をさすりながら大声で叫んだ。

「見ての通り、ツチノコのパーカーですよ? これ、動きやすくていいですねぇー」

「そ、そういう事じゃねえだろォ!!」

 どうしてスナネコがこんなものを、と考えて、すぐに思い当たった。ツチノコ、つまりオレは蛇の仲間みたいなものだから、脱皮をするのだ。フレンズになってもこの性質は受け継がれていて、定期的に古くなった服を捨てる。そのいらなくなった服を、すべて棚の一番奥に仕舞い込んでいたのだが……。

「そこにいっぱいあったので、ひとつぐらい貰っても良いかなと思ったので」

 スナネコは満足そうに、着ている自分の、いや、オレの服を見回した。オレは棚の引き出しを開けて、確かにオレの服がひとつ減っているのを見て、がっくりと肩を落とした。

「これでツチノコとお揃いですねー。あ、こういうの、ぺあるっく、っていうらしいですよ」

 スナネコがその場でくるりと一回転する。オレの服に身を包んで嬉しそうにしているスナネコを見て、オレは急に頭に血が上るような感覚に襲われた。オレはスナネコに飛びつくと、オレの服を引っぺがそうとした。

「いいから! 脱げ! オレの服を勝手に着るな!」

「やです」

スナネコはオレの手をひらりひらりとかわしながら、平然と言ってのけた。

「やですじゃねぇよ!!」

「これ、気に入ったので。それに……」

 そして、腕を顔のあたりに押しつけて、すぅと大きく息を吸うと、うっとりと目を細めた。

「これ、すっごくツチノコの匂いがして……」

 スナネコのその言葉を聞いたとたん、オレはもう恥ずかしいなんて通り越してしまって、なんとしてもスナネコからオレの服を引き剥がそうと必死になった。オレのパーカーは前がチャックになっていて、それを下げてしまえばもう脱げる簡単な構造になっている。だが、スナネコがチャックのある部分を脱がされまいときつく握りしめているので、なかなか脱がせずにいた。

 このままでは埒が明かないと思ったオレは、作戦を変えることにした。いったんスナネコから手を離して、はぁとため息をついて諦めたふりをする。そしてガードが弱まったところでわきの下に手を入れて、こしょこしょとくすぐった。

「あひゃ、ひゃひゃ、ひひひ、ひぃひひ、や、やめて、ツチノコ、やめてくだしゃい、ひひひひ」

 効果はてきめんで、スナネコはチャックから手を離して、オレの手を押さえようとした。オレはその隙に、チャックを掴んで一気に下ろした。


 しかしオレはその瞬間、身動きがとれなくなってしまった。なぜなら、スナネコはオレの服のしたに何も着ていなかったからだ。突如として現れたスナネコの素肌、やわらかそうに存在を主張する双丘。そして、恥ずかしそうに頬を染めて、でも抵抗もせずに顔を背けるだけのスナネコ。その上に、オレが覆い被さっている形になった。

 その時間は数分にも、数時間にも感じられた。

「えっち」

 スナネコのその言葉が無ければ、いつまでもオレはこの状況を脱することはできなかっただろう。オレは我に返ると、一瞬にしてスナネコから離れて、二、三メートルほども一気に飛び退いた。

「な、な、な、なんだこのヤロォー-!!」

 オレはありったけの声で叫んだ。心臓はばくばくばくと大きな音を立てて、じっとりと変な汗が背中を伝った。

「な、なんでなにも着てないんだよ!! おかしいだろォ!!」

「でも、脱がせようとしたのはツチノコですよ」

 スナネコは不思議そうに首を傾げた。僅かに頬を染めて。

「なんだよぉ…なんなんだよぉ!!」

 オレはもうどうして良いかも分からなくなってしまった。気づけば頬を涙が伝っていて、でも自分でも何故泣いているのか全く分からなかった。スナネコのちょっと驚いたような表情も一瞬にしてゆがんでしまって、恥ずかしさやら、罪悪感やら、色んなものが一気に押し寄せた。すぐに立っていることも出来なくなって、その場でぺたんと座り込んだ。

「ひどいよぉ……なんでこんなことするんだよぉ……」

 袖で拭っても拭っても涙が溢れてきた。オレはもう堪えきれなくなってわあわあと声をあげて泣いた。

「ごめんなさい、ツチノコ」

 スナネコはオレの隣に一緒に座って、そっとオレの背中を撫でた。

「ツチノコがそんなに嫌がるとは思って無くて……」

「うぁ……ひっ……ぐずっ……」

「今度はもうしませんから、ツチノコ、泣かないでください……」

 この時のオレはもう頭の中がぐちゃぐちゃで、もはやまともに返事をすることも出来なかった。

「もうやだよぉ……スナネコなんて大嫌いだぁ……」

 そして、このオレの言葉を聞いたとたん、背中を撫でていたスナネコの手が止まった。

「ツ、ツチノコ、そんなこと言わないでください……」

 そして、だんだんとスナネコの声も泣き声に変わっていった。

「お願いです…許してください…じゃないとボク…ボクっ…ぐすっ…ふえっ……」

 とうとう、スナネコまでもわんわんと声をあげて泣き始めてしまった。そしてその声を聞いたとたん、また今度はスナネコを泣かせてしまった、という罪悪感に駆られて、もっと涙が溢れた。

 しまいにはもう何を考えているのかも分からなくなってしまって、ひたすら天井に向かって大声で泣き続けていた。ふたりの泣き声が小さな部屋にこだましていた。


 どれぐらい時間が経っただろうか。オレたちはなんだか気まずい雰囲気で、部屋の真ん中に背中合わせで座っていた。時折お互いが鼻をすする音以外は聞こえてこない、妙に静まりかえった部屋。

 でも、いつの間にかつないでいた両手だけが温かくて、離さないようにぎゅっと握りしめていた。

「ぁ……」

 声を出そうとして、かすれてうまく声にならなかった。オレはひとつ咳払いをして、もう一度声を出した。

「あの……さっきは、ごめん」

 思った以上に、鼻が詰まったみたいな変な声が出た。スナネコも同じようにひとつ咳払いをしてから、小さな声で言った。

「ボクも……ごめんなさい」

 そしてまた、部屋には静寂が舞い降りた。でも、今度はちょっとだけ、心も温かくなったような気がした。握った両手にぎゅっと力を入れると、スナネコもぎゅっと握り返してくれる。背中越しに伝わる暖かさも相まって、なんだかとても、大きな安心感があった。


 この日を境に、オレたちふたりの仲は一層深まったと思う。この時から、スナネコは自分の家に帰らなくなった。オレが遺跡探検から帰ってきたら、一緒にじゃぱりまんを食べて、一緒にお喋りをする。眠くなったら一緒に寝て、朝起きたら一緒にじゃぱりまんを食べる。そして一緒に支度をして、オレを見送ってくれる。

 そしてオレも自然にこれを受け入れた。これまでなんとなく二人の間にあった遠慮のようなものが取り払われたような気がした。


 そして飽きっぽいスナネコがすぐに飽きなくなったのも、ちょうどこの時からだった。



つづく

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