コップの中の漣

涼月

***

 琥珀色の甘さが忘れられなくて、淡い期待を抱いたまま、私は公園を訪れている。

 けれどあれ以来、べっこう飴売りの青年には会えていない。


 都合のいい夢だったのかもしれない。そう思うたび、綺麗にラップして冷蔵庫へしまい込んだ、琥珀色の傘を取り出しては眺めた。


 明日は晴れますように。

 見知らぬ存在わたしにそんな優しい言葉を掛けられる青年に、少なからずの興味があった。


 連日の猛暑が続いた夕暮れ。

 諦め気分でいた私は、公園に青年の姿を見つけ小走りに近寄った。


「こんばんは」

 息を弾ませたまま声を掛けた私に、青年はあの日と同じ人懐こい笑顔を浮かべる。


「毎日、暑いですね」

 そう笑いながら青年は、手にした紙コップを私へ差し出す。


 薄茶色の液体。見慣れない飲物だなと受け取ろうとした私は、青年の指先に触れた感覚にハッと息を飲んだ。


「大丈夫? 落とさないでね」

 引きかけた私の手ごと、青年が慌てて紙コップを両手で包み込む。

 振動に漣立つ水面が、まるで揺れる想いのように見えた。


「ごめんなさい」

 小さく呟きながら私は改めて液体を眺める。

「……これは?」

 尋ねると青年は苦笑いを浮かべた。


「これね、冷やし飴っていうの。関西では夏の定番なんだよ。こっちではウケないみたいだけど」


 飲んでみて、と勧められて口にすると、ほんのりと甘く生姜の爽やかさが広がる。

 風が体の中を抜けていくような、そんな感覚を覚えた。


「どう?」

「おいしい。私は、好きかな」

 青年は嬉しそうに笑うと、中身が減ったコップに冷やし飴を追加してくれる。


「いつかの雨は、止んだみたいですね」

「うん。傘のお陰かな」

「良かった。……俺、関西に戻ることになって───」


 ドキッとした私に、青年は淡い笑みを浮かべた。

「いろいろあっても、いつか晴れるって、信じたいですよね」


 その囁きが、苦悩していた日々を物語っているようで、言葉を探しあぐねてしまう。

 あの日、私に差し伸べた優しさは、本当は青年が求めていた優しさなのかもしれない。

 一期一会で終わる出逢いを重ねながら、そっと触れ合う一瞬に、何を見つけていけるのだろう。


 私は冷やし飴を一気に飲み干して、青年に笑顔を向けた。


「ご馳走さま。私もへこたれないから、あなたも負けないで!」

 精一杯の強がりに青年は頷くと手を差し出した。

「有り難う。お元気で」


 飲み干した冷やし飴の爽やかさを胸に、私は青年の手をしっかりと握って別れの握手を交わす。


 雨が降っても───

 明日は、晴れますように。

 

 繋がる空の下で、優しさを忘れないきみの、幸運を祈っているから。



 


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コップの中の漣 涼月 @ryougethu-yoruno

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