第4話 バベルの塔

 街の人気が上がるにつれ、住民や観光客だけではなく、ホームレスや不良達も増えた。


 年中を通して過ごしやすい気候で、雨が降らない。家と家の間隔が広いとくれば、帰る家のない連中が増えて当然だ。小さな派出所だけでは対処しきれず、巡邏の警官が増えた。


 さらに、大手警備会社と協同で、透明なルーフの上を自動走行する監視ロボットを開発していると聞く。筐体の底に高性能カメラを備えた、お掃除ロボット風の監視マシンが、人工知能で不審者を判別、警報音を鳴らす。実現したら面白い。



 住民、観光客、建設関係、自治体の視察、ホームレス、など街の人口は増えて、ピークの時間帯には一万人を越えるまでになった。


 だが、それにふさわしいだけの店がない。中心にあるポリカマーケットは小さなスーパー。それも現在建て直しで閉店中。飲食店は中心部にしかなく、到底名店とはいえない。もう少し贅沢したければ、他へ行くことになる。せっかくの機会を逃している。



 そこで、㈱ポリカーボネイト・タウンは、雨が降らず、家と家の間が広いメリットを活かし、そこにたくさんの屋台を出す方針を決め、募集をかけた。


 屋台の幅は3.5メートル以内。希望者には低料金で貸し出す。それで、アイスクリーム、クレープ、たこ焼き、おにぎり、焼きそば、アクセサリー、など様々な露天商が営業をすることになった。



 肝心のポリカマーケットも、街の規模にふさわしいものに進化する。ほんの一年少々営業しただけで、取り壊されたのだ。次に出来るものは相当凄いはずだ。


 そう。以前はどこにでもある四角い二階建てスーパーだったが、今度は七階建て円柱型ビルに生まれ変わる。



 商業施設の名前も、ポリカマーケットでは無機質でインパクトが弱いということで、ポリカ・ショッピングセンター<バベルの塔>に変わった。



 バベルの塔は、旧約聖書「創世記」に登場する巨大なタワーだ。聖書の最初のほうに出てきて、ブリューゲルの名画などで有名だ。ほんの短い記述しかないので、記憶力のいい人は暗記できるに違いない。



 全地は同じ発音、同じ言葉であった。時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。


 彼らは互に言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。


 彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」


 時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた、「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」


 こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。(口語訳創世記11章1-9)



 時に人々は宮崎の地に平野を得て、そこに住んだ。彼らは互に言った、「さあ、ポリカを造って、よく焼こう」。こうして彼らは、瓦の代りに、ポリカーボネートを得た。彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう」



 神は町と塔を見て、それまでひとつだった人類の言葉を互いに通じないようにしてしまう。これは、天まで届くばかりの高い塔を人間達が作ったことに神が怒ったと、一般的に解釈されている。


 神はポリカの街と塔を見て、どう思うのだろう。




 七階建てにした理由は、聖書のバベルの塔が古代メソポタミアのバビロンにあったジッグラトという階段状の建物を参照にしたという説が有力で、ジッグラトが七階建てと言われているからだ。その各階が曜日の始まりといわれる。1階が土星、2階が木星、3階が火星、4階が太陽、5階が金星、6階が水星、7階が月。



 どうも㈱ポリカーボネイト・タウンの社員の中に、かなりの好事家がいるらしく、バベルの塔の各フロアのコンセプトをその曜日に合わせろと主張しているらしい。具体的には、土曜日に一階でセール。二階は木曜日。これでは毎週セールをすることになり、集客の望める日曜日に四階でセールでは無駄だ。




 急ピッチでバベルの塔の建設が進み、その近くの空き地、具体的には管理棟前で私は日々の営業にいそしんだ。その一方、完成後の仕事について不安を抱えていた。



 六階のフロア長だが、これまで我が社で扱ったことのない輸入雑貨専門店となる。通常、スーパーの商品は商品部のバイヤーが決める。六階は専門店なので、そこの店員が仕入れも担当しなくてはいけない。高額な商品で、売れ残ったら大変だ。すでに何人かの輸入代理店関係者と名刺を交わしている。皆語学に強くダンディで、これまで私が関わってきた食品業者とは別世界の人間だ。



 妻は私のそんな気持ちも知らず、子供の公園デビューに夢中だ。


「雨が降らないからいつでも行けて、紫外線が当たらないから安心。だけど、ときどき変なおじさんとかいるから、あなたも一緒に来てよ」


 皮膚癌やしみの原因になる紫外線が100%カットされるのが、この街の売りだ。それはたしかに素晴らしいのだが、逆に私は少し心配になった。


「生まれたときから、紫外線に全く当たらない人間って、いざビーチとか行くと弱いんじゃないのか」


 私が言いたいのは、ここでは抵抗力がつかないということだ。


「自分でここ選んでおいて、よくそんなこと言えるわね」


「僕等はいいよ。他で育ったんだから、子供の養育には向いてないかもとふと思ったんだ」


「そんなこと今考えても仕方ないでしょ。私が言いたいのは、父親なんだから、自分の子供くらい公園に連れていってよ、ってこと」 


 おっしゃる通りです。




 バベルの塔の建物が完成した。住民のプライバシーのため、三階より上には窓がない。それで外観はどこか不気味だ。


 これから店舗の内装を行う。私は準備室に配属され、什器のレイアウト決めや商品の選別を行う。喜ばしいことに24時間営業の話は、いつのまにか立ち消えになった。



 業者の人と話をしているうちに、極力スーパー色を消したほうがいいというアドバイスを受けた。それで、スーパーサワダのワンフロアではなく、別の店として開業することにした。系列であることも隠す。


 店舗部に店名を相談してもろくな案が出ないと予想し、自分で決めることにした。そこでかねてからの私の念願だったが、事情によりあきらめることになった中庭、そのスペイン語である<パティオ>にした。



 店員は全員で四名。店長の私。副店長は、ついこの間まで秘書をしていた27歳の女性の杉谷さん。秘書が要るほど大きな会社じゃないのに、美人の彼女が入社したら総務課に秘書係ができた。それが、新店舗に人員をとられてついに廃止。


 他にはバイトの大学生小山君、フリーターの大谷君の全部で四人。小山君は地元の人間で、大谷君は噂を聞いて、広島からわざわざ来たという。家賃五万円のアパートで、エアコン代が要らないから得してると自慢している。



 皆、素人だ。店の人間だけでは不安なので、本部の店舗部に新業態課ができ、商品部の山田バイヤーがそこの課長になった。商品計画、予算など何かとサポートをしてくれるが、彼も素人なので期待できない。役職は課長だが、仕事の内容がマーチャンダイザーなので、山田MDと呼べとのこと。しかし、本部では相変わらず、山田バイヤーで通っている。



 杉谷さんは、お肌のことが気になるのか、


「ポリタウンから出なければ、紫外線全く受けないんですよね。実際、どうなんですか?店長の奥さん、何て言ってます?」と聞いてくる。


「それが原因で、街から出ようとしなくて、困っているんだ」


 と私は冗談を言った。


「いいことばかりじゃないんですね」


 彼女は本気にした。



 オープンが近づいた。業者の力とスタッフの努力で、それらしくなってきた。


 品揃えとしては、マガジンラック、サイドテーブル、スツールなど小型家具。他には、テーブルランプ。砂時計。ブロンズ風鳥の置物。花瓶。キーホルダーといったところか。



 様子を見に来た社長は、


「本格的だな」といって満足げな顔をした。「将来は骨董品の買い取りもするつもりだ」


 と無茶なことを言った。


 一代で十店舗のスーパーを起こしたんだから、どうしても強引なところがある。輸入雑貨を始めたのも無茶だが、買い取りとなると次元が違う。


「鑑定するんですか?」


 私は聞いた。


「いきなりは無理だな。そうだ。今のうちからできるだけアンティークを増やせ」


 本物のアンティークは高い。スーパー系列の雑貨屋で扱うには在庫リスクが大きい。


「ここが落ち着いてからにしてください」


「そうだな」


 どうにか切り抜けた。



 オープン用のチラシも考えなくてはいけない。


 特売品は、イタリア製シェードランプ。さらに、五千円以上お買い上げの方から先着10名様に限り、イタリア製マグカップをプレゼント。



 チラシはポリカタウンだけでなく、宮崎市周辺全体に配られる。同じ小売業といってもスーパーと専門店では、完全な別業種だ。


 スーパーの店員は客との関係が薄い。いらっしゃいませと挨拶するか、場所を聞かれて答えるくらいで、仕事の大半は荷受け、商品補充などモノ相手の流通業だ。


 専門店の多くは、「お客様、何をお探しでしょうか」などと自分から声がけし、饒舌なトークと豊富な知識で客の購買意欲を高める。得意客の顔と名前を覚え、自分の名刺を渡す、ヒト相手の接客業だ。



 これまでスーパーの経験しかない店員しかいない状況で、無事、オープンできるのだろうか。せめて他の雑貨店で研修させて欲しかった。


 チラシを見た大勢の人間が初日に殺到したら、どうすればいいのだろう。

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