最終話

 花火大会当日の夕方。僕たち三人は駅前に集まった。

年に一度のお祭りに、駅前商店街はたくさんの人で賑わっている。涼しげな浴衣を着ている人も多く、普段着で歩いている僕が暑苦しい格好をしているように見える。

「なんで普通に普段着なんだよ、お前ら。祭りだぞ?普通は浴衣着るだろ」

僕たちの中で唯一浴衣を着ている和臣がすねたように口をとがらせる。

「逆に僕は、和臣が浴衣着てくるなんて思ってなかったからびっくりだよ」

「うん。それに丘にのぼるって言ってたから、浴衣だとのぼりづらいかなって思って」

「あー、考えてなかったわ。つうか、記憶ないのによくそこまで考えまわったな」

 冬華は、何でだろうね、と曖昧に笑った。その笑顔はとてもぎこちないように見えた。

 商店街を、あの時はあそこの屋台のおばさんに百円おまけしてもらったよね、とか、縁石に座ってたこ焼きを食べたよね、とか、思い出話をしながら目的地に向かって歩く。目的地に着いたら食べるものも途中の屋台で買った。僕も一応焼きそばとペットボトルの炭酸飲料を買った。

「よし。各自欲しいものは買ったな。じゃあ行くぞ、俺たちの特等席」

 本当は、この楽しいお祭りの雰囲気に飲み込まれていたい。だけど僕は今日、遊びに来たわけじゃない。冬華に、真実を伝えるために来たんだ。緊張しているのがなるべくばれないように、口角をあげた。

「そうだね。取られないうちに行こうか」



 特等席には誰もいなくて、誰かに取られているかも、という心配は杞憂に終わった。第一関門はクリアだ。仕掛け花火も見やすい高い位置に持ってきたレジャーシートを敷いて、三人並んで腰かける。

「あー、やっぱお前ら浴衣で来なくて正解だったな。傾斜とてつもなく歩きにくいぞ」

「転がり落ちないようにね」

「わかってら」

他愛のない話をしながら、買ってきた焼きそばを口に入れる。口の中は緊張でカラカラ。焼きそばを飲み込むには向いていない。だからといって炭酸飲料を口に含んだけど、こっちはこっちで息が苦しくなった。買ってきたもののミスチョイスにがっかりしながら、それでも平静を装う。

和臣の提案で、打ち明けるのは花火の前にした。万が一玉砕したときに、少しはきれいな花火が癒してくれるだろう、ということらしい。ぼくも、どうしても冬華を傷つけてしまうなら、少しでも傷は浅い方がいい、とその考えに乗った。人の心配かよ、と和臣には笑われたけど。花火の開始まで、あと十分。どくどくと心臓がうるさい。

「なあ、ちょっと俺トイレ行ってくるわ」

「え、ちょっと」

「もうあんまり時間無いよ?」

「大丈夫、大丈夫。始まる前までには戻ってくるよ」

 いやいや、そういうことじゃなくて。一緒に謝ってくれるんじゃなかったのか。嘘だろ、という目線を和臣に送ると、それに気づいた和臣はこちらを見てニヤリと笑った。そして、『うまくやれよ』と口の形だけで伝えて、さっさといなくなってしまった。浴衣は歩きにくい、などと言っていたくせに、逃げ足はとてつもなく早かった。

「まじかよ」

「間に合うかな」

「あ、ああ。何とか間に合わせるんじゃない?和臣だし」

「そうだね」

 会話が続かなくなる。和臣は多分、花火が始まったころ帰ってくるだろう。花火まであんまり時間もない。でも、これ以上本当のことを隠し続けるのは難しい状況で、和臣を待っている余裕はない。冬華がいつ本当のことを思い出すかわからないのだから。だから、和臣がいなくても言わなきゃ。仕方なく、大きく息を吸って。

「あのさ」

「うん?」

「僕、冬華に謝らなきゃいけないことがあるんだ」

 今ならまだ引き返せる。僕の中の悪魔がそうささやく。だけど、それでも。

「ごめん。嘘、ついてたんだ。高校生の時、僕らは恋人同士じゃなかった。君は和臣の言葉で勘違いしてたんだ。誤解か生まれていると気づいたあの時、僕が本当のことを言うべきだった。もし本当のことを言ってたら、君の記憶の戻るスピードだって速かったかもしれない。今頃、記憶が全部戻っていたかもしれない。でも、僕にはそれはできなかった。だって…」

「理人くんは悪くないよ」

 僕の言葉を遮るように、冬華は言った。彼女は笑っていた。とても穏やかな顔で。

「私も、ごめんなさい」

「なんで冬華が謝るの?嘘をついてたのは僕なのに」

「私も嘘ついてたから」

「…え?」

「私、ほんとは全部思い出してるの。病院にかず君が来てくれた後、全部記憶は戻ったの。でも、かず君が紛らわしい言い方したから、それに乗っかって高校生の時に出来なかったことをしちゃえって思ったの。それが、あなたとのお付き合い。こんなことに巻き込んじゃってごめんなさい」

 彼女はそう言うと顔を下に向けた。

 全部思い出してたのだとしたら、何で僕なんかと付き合おうと思ったのだろう。和臣だって、他にいる彼女の想い人だって良かったはずだ。自分に都合のいいように考えてもいいだろうか?

「なんだ、よかった。本当のこと言ったら嫌われちゃうんじゃないかってドキドキしたよ」

「そんなわけない、だって」

「好きです」

「え?」

「冬華のこと、ずっと前から好きだった。だから、短い間だったけど、恋人のフリができて嬉しかったよ。たとえ、それが嘘から始まる関係だったとしても。君が同じ気持ちでいてくれるんだったら、もう一度僕と」

 そこまで言ったところでドンという爆音が辺りに鳴り響いた。せっかく想いを伝えられたのに、最後の言葉は花火の音にかき消されてしまった。まったく、空気の読めない花火だ。

 冬華に向かって苦笑いをすると、彼女はとびっきりの笑顔を向けてくれた。そして、僕の手をすっと握ってくれた。かき消された言葉の続きを、冬華は受け入れてくれたようだった。

 花火はものすごい音をたてる。でもきっと、お互いの嘘のない気持ちを知ることができた僕らの心臓は、どんな花火よりもうるさくなっていただろう。



「はいはい、おめでとさん」

あの花火から二週間。僕と冬華は順調にお付き合いを続けていた。

結局、和臣が帰ってきたのは花火が終わったころだった。和臣が、あの時何が起こって付き合うことになったのか、真相を知りたがったので、二人でご飯を食べに来た。

「なんだよ、その投げやりなコメント」

「だってさ、三人で仲良くしてたのに一人だけ残されるとかさ、寂しいじゃん?まあ、お前らがずっと両片思いだったの知ってたけどさ」

「うそ、何で早く言わなかったのさ」

「おもしろかったから?」

「うわ、ひどいな。僕は結構本気で悩んでたんですけど」

「黙ってたってことが嘘に入るなら、俺も嘘つきだな」

けらけらと和臣が笑った。

遠回りでうそばっかりの僕たちだけど、良い形で終われたのでハッピーエンドってことで。

 まあ、こんな嘘なら悪くないかな。


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僕を知らない君と 氷月 @hiduhiyo47_w

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