逆歴社会50年後がすべてのおわり

ちびまるフォイ

勉強で学べる勉強いがいのこと

「遊びたい若いうちに勉強をさせられて、

 遊べなくなった年をとったら自由になるなんておかしい!!」


と、今話題のロックシンガーが歌った唄が若者の支持を集めてミリオンヒット。

あれよあれよと国会審議を通過して、日本は「逆歴社会」へと変貌した。


「……おじいちゃん」



「……おじいちゃん!!」



「あーー?」


「おじいちゃん、なに縁側でぼーっとしているの。

 これから学校でしょう? 早く準備しないと」


「準備って……メシか?」


「学校だってば!!」


「軍学校ならずいぶん前に卒業したぞ」


「もうニュース見てないんだから……。

 今日から逆歴社会がはじまるんだから、おじいちゃんは学校に行って

 子供たちは遊べるっていう風になったの。ほらバス来たわよ」


「今からこの頭に何を入れろっていうんじゃ……」


おじいちゃんはスクールバスで高齢学校へと向かった。

なぜか学校には鉄条網と頑丈な扉に電流柵まで施されてある。要塞か。


「ええーーみなさんの担任になりました、単忍野(たんにんの)です。

 みなさんより年下ですが、どうぞよろしくお願いします」


「なんじゃ若造が」


「先生に向かってその口の利き方はおかしいですよ。

 ここではあなたは生徒なんですから、ちゃんとしてください」


「ふんっ、人生の半分も生きてない小僧が何をいう。

 こちとら戦地を生き抜いた歴戦の勇士じゃぞ」


「あなたが誰であろうと関係ありません。では授業をはじめます」


授業の内容は一般的な学校で教える内容だった。

国語に数学、理科社会に英語、保健体育はなぜか熱狂。


のべ6時間のゆとりナシ教育で高齢生徒たちは逃避スリープに入るか、意識を失っていた。

帰りのスクールバスでは遠足帰りの子供以上にくたくたに疲れて眠った。


「おじいちゃん、学校はどうだった?」


「マジやべぇ……」


口調が変わるほどのショックだった。


縁側でお茶をすすりながら昼のワイドショーを見ていた平穏からいっぺん、

毎日6時間×5日、週30時間ものガリ勉地獄がはじまった。


逆歴学校がはじまって2週目になるとついに脱走者が出た。


「いやじゃあぁぁぁ!! もうグリーン先生の日常会話を和訳しとうないんじゃぁぁぁ!!」


おじいちゃんは学校の校庭に飛び出したが、固く閉められた門には鉄条網。

遅れてやってきた担任のさすまたで捕獲されて教室へと戻された。


ひきずられながらもおじいちゃんは門の向こうでキャッキャと

楽しそうな声を出しながら遊んでいる子供たちをうらめしく見つめていた。


「なんでワシらがこんな目に合わなくちゃいけないんじゃぁぁ~~!」


勉強と書いて「じごく」に読めるほどおじいちゃんは嫌気がさしていた。

担任がいなくなった放課後にクラスメートに声をかけた。


「みんな、もう勉強はやめにしようや。ワシらはもっと自由になるべきじゃ」


「そうだそうだ!」

「子供こそ勉強すべきだ!」

「私たちがこんな目に合うなんて理不尽だ!」

「老人虐待よ!」


「さぁ、これを持つのじゃ。みんなデモ行進をはじめるぞ!」


高齢者たちはプラカードを持って、学校をボイコットしデモ活動を行った。

国会議事堂周辺を徘徊老人を保護しつつデモを行い、行列は長く続いた。


「逆歴社会、はんたーい!」 \はんたーい/

「老人に自由をーー!」   \はんたーい/


しかし、議事堂はなにも反応しない。

シニア軍団はさらに行列を長くしていると、遊んでいる子供たちと出くわした。


「あれ? おじいちゃんたち何しているの? 今って、べんきょーの時間でしょ?」


「だーめなんだーだめなんだー。おとなは勉強するのがしごとだよ」


「ママが言ってた。こどもは遊ぶのが仕事で、大人は勉強するのが仕事だって」



「いいかい、クソガk……ぼうやたち。

 ワシらはこれまでにたくさんの人生の勉強をしてきたんじゃよ。

 君たちよりずーっとたくさんの知恵があるんじゃ」


「ちえ? それって、べんきょーのせいせきのこと?」


「それとはちがうのじゃ。もっと生活にかかわるものじゃよ」


「ふーーん。そうなんだぁ。でも、べんきょーしないと大人になれないんでしょ?」


「いや……ワシらは勉強する意味が……」


「いい大人になるにはせいせきが必要だっていってたもん。

 ちえじゃないもん。おじいちゃんたち、わるいおとなだーー」


「べんきょーしてないわるいおとなだーー」


子供たちは悪気なく指をさしていた。

孫世代からの追及に高齢者たちは何も言い返せなくなってしまった。


「な、なんじゃと……ワシらが……悪い大人……!?」


「もういいわ。はやく学校に戻りましょう」

「子供にこんなに下に見られるなんて辛すぎますよ」


デモ集団は子供たちにより空中分解させられ、強制収容所という名の学校に戻された。

それからも逆歴社会で勉強が続けられた。


* * *


「ダメダメ! そんな計算じゃ答えあうわけないでしょ!」


「なんじゃと!? このっ……」

「なにか?」


「……いえ、どう違うのか教えてくださいですじゃ」


* * *


「みんな、今度のシニア学園祭ではぴちぴちぎゃるが来るそうじゃ」


「大人気の模擬店にしてたくさん呼び込むぞーー!」


「「 おおーー! 」」



「でも、みそ田楽でぎゃるは来るのかの……?」


「ワシらが好きなものは万国共通じゃ! ぎゃるも好きに決まっとる!」


* * *




「おじいちゃん、学校はどうだった?」



病院で呼吸器につながれたおじいちゃんは、娘の問いかけにうなづいた。


「ああ……とても……とても楽しかったよ……。

 学校に行っていなければ、自分の間違いを認められることも

 誰かと協力することも思い出せずに……終わっていたよ……」


「そう、それはよかったね」


「心残りなのは…………ぎゃるが……来なかったこ……と……」



ピー―。


「おじいちゃーーん!!」


おじいちゃんはルーズソックスでガングロの天使に連れられて天国へ旅立った。

逆歴社会になってから、高齢者による近隣トラブルも大きく減っていった。




それから、長い時が過ぎて、かつての子供が大人になるころ。


「いやだーーー!! なんで勉強なんてしなきゃいけないんだーー!!

 これまで普通に生きてこられたんだから、勉強なんていらないだろーー!!!」



子供のようにだだをこねる大人が量産された。

そんな逆歴世代をたしなめる大人はもういなかった。

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