第41話 うざいヤツ

 ―――この声は薫子。


 なんでー? なんでこのタイミングなんだよー? しかもなんで苦手な薫子なんだー。


 不機嫌極まりない顔をつくって「そーですけど、何か?」と振り向いた。


「やーだー、怖い顔っ。何お話してるの? お二人で」


 そこに立っている薫子はいつもの薫子と違っていて、その地味な出で立ちに驚いた。黒縁のメガネにいつもの黒髪のロングヘアーはボサボサで、ニット帽をかぶって、制服のスカート丈は超普通で、膝上ハイソックスではなく、中途半端な長さのソックスを履いたダサい系の女子が立っていた。


「ふぇ?つか、おまえ薫子だよな?ダッセー!何?そのカッコ」


「こうでもしないと、取り巻きがうるさくて、独りになりたい時もあるのよねー。アイドルはつらいわ」


「ププっ、そのなりで言うな。なんかウケるんだけど」

 


「ちょっと、ヒロくん…」


「あ、五条寺さんよね。こんにちわ。わたし、桜田薫子でーす」


「あ、学祭の…。学祭選考会のあなたのパフォーマンス素敵だったわ。当選おめでとう」


「ありがとう。あの日のあなたたちのパンクファッション、とおってもかっこよかったわ。真似しちゃおかな今度。うふ。薫子、こっちが帰り道なんですう。みなさん、一緒に帰りませんこと?」


 薫子は下町商店街の方向、つまり俺の家の方向を指さした。


「おまえの家、美波と同じ方面の山の手じゃないのかよ」


「あ、今日は商店街の方にちょと用事があるのよ。ねえ、北村君こっちでしょ?一緒に帰ろっ」


「じゃ、私、こっちだから」

美波が反対の方向を指さした。

 

「美波、送っていくよ」


「ありがとう、でも大丈夫」


「送って行くって」


「ほんとにいいの」


「でも…」


「しつこいわよ、北村君。『いい』って言ってるじゃない、五条寺さんは。ねえ」

薫子は話に割り込んで、美波に同意を求めた。


「何だよ薫子、おまえに聞いてねえだんよ。美波、送るって」


「オファーをありがとう。でも、本当に大丈夫よ。ランニングを兼ねていつも走って帰ってるから。じゃ、明日。テニスコートでね。試合まであと少し、練習がんばりましょう。今日はありがとう」


 美波はとびきりの笑顔で言って、たたっと軽やかに走って行った。カモシカのように美しく走り去る美波の後ろ姿を呆然と眺める。美波は公園を出て右に曲がって見えなくなった。


 二人の、二人だけのいい感じの時間だったのに…。もうちょっとで告白できたのに、どうしてくれるんだ。怒りにも似た感情が湧き上がってきて、振り返って薫子を見た。


「おまえなーーー空気読めー!」


「んー?何? それよりさ、北村君、五条寺さんのこと好きなんでしょう?」


「なっ!?」

――だったらなおさらーーーーっ


「ビンゴッ! でもね、残念でしたー。あの人はね、花園恭太郎って人が好きなのよ。っていうか、もう両思いなのよ、あの二人付き合ってるんだよねー。インターナショナル棟では有名なお二人よ。でもさ、もうすぐ彼がイギリスに留学しちゃうのよ。だから余計に恋の炎はメラメラと燃え上がるのよね〜。実際のところ淋しいだろうなあ、美波さん。好きな人と離ればなれになるなんて、薫子、そんなの耐えられなーいっ」


 何を言っているんだ、このバカ女は。恭太郎は元彼だと美波本人は言っていたし、そんな関係ではないっていうオギーの証言もあるんだ。――ん、ちょっと待てよ、最近? 最近二人は付き合い始めたってことも考えられるじゃないか。恭太郎が留学? そうか、薫子の言うように離れ離れになる前にお互いの気持を確かめ合うみたいな? ノオノオノオノオーーーー。そうなると、俺の美波への思いは届かずに終わるのか。告白せずに撃沈か? 美波と恭太郎が仲良く腕を組んでいるビジョンが脳裏に浮かんだ。ふっと自分の腕が重いのに気が付いた。見ると薫子の腕がベッタリと俺の腕に絡まりついている。


「うざい。つか、なんで腕に絡まり着いてんだよ。はなせバカ」


「キャハッ、いいじゃん、減るもんじゃないしー」


「離せって言ってるだろー、バカ。こんなのおまえのオタクファンに見られたら俺、殺されるって」


「ダイジョーブ。その為にこうして地味ーなカッコしてるから。バレないって」 


「バレるとかバレないじゃなくて、離せ、バカ」


「テニスの試合、応援行くからねー。そうだ、薫子もテニス部入ろうかなー。なんか楽しそうっ」


「うるせーバカ。離せよバカ」


やっとの思いで薫子の腕を振り払った。


「バカバカって言わないでよね。バカって言う方がバカなんだからー」



 マジ、こいつウザい。なぜ俺の邪魔をする? 誤解してないよな。美波のやつ。俺はこいつとは一切カンケーねえんだから。


 俺と薫子は商店街の方向に歩いた。薫子は一方的に選考会の自分たちのダンス、歌についてベラベラと喋った。それと、俺の記憶から削除した思い出したくもない過去、オタクの三谷と俺が高一の初め頃、薫子の握手会に行ったときの事とか、どれもこれも興味の無いことばかりだ。俺は薫子は苦手だ。


「あのさ、最近バンドやってないの?」


 急にバンドのことを言われてびっくりした。


「ああ」


「ふーん、学祭の選考会で、薫子たちに負けたから?」


「俺は負けたとは思ってないし。あんなクソみたいな選考会」


「あら、そうなの? じゃ、何で?」


「だから、今はテニスで忙しんだよ」


「何でテニスなんかやってるの?パンクスなのに。なんかおかしー」


「悪いか?」


「だってえ、テニスはどちらかといえば、ポッシュなスポーツじゃない? 北村君たちパンクスでしょ? パンクスはテニスなんかしないんじゃないの? なんかイメージ違うくない?」


「うっせーな、俺が何をしようとおまえにカンケーねえじゃん」


「またライブしてよ」


「!?」


「薫子、北村君たちのバンド好きだよ。また観たいな」


「あ、そう…なの…?」


 薫子の真剣な眼差し。その直後に手でハートマークを作って「そ、ドッキューーン、ハートっ」とニッコリした。


「…そうゆーの、いらないから。マジうざい」


「えー、いいじゃんこれ。あ、薫子、こっちだから。じゃあねバーイ。テニスとバンド、ガンヴァってねーー。そのレトロなテニスウエア、ナーイス」


 薫子は俺のボルグのテニスウエアを褒めて、商店街を駆けていった。


 あいつ、商店街に用があるんじゃなかったのか。変なやつだな。と思ったけれど、率直に俺たちのバンドが好きだと言われて、嫌な気はしなかった。正直、嬉しかった。

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アナーキー・イン・ザ・テニスコート  佐賀瀬 智 @tomo-s

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