第40話 語りのベンチで二人、そして…

 うそっ、マジかっ。スローモーションで美波がこちらに駆けてくるように見える。妄想からの幻覚か?


「待ってよ。ヒロくん!ちゃんと話し合いましょうよ。逃げるなんて卑怯だわ」


 現実だっ!!おおお、神様っ、神様はいらっしゃる。さっきまで潰れそうだった心臓はドッキューンと膨らんで、シャキーンとフル稼働で体全身に血を巡らせ始めた。卑怯者でもなんとでも呼んでくれ。美波が追いかけて来て俺を呼び止めてくれるなら、俺は卑怯者でいいっ!! ……ん、いや、違う。俺は卑怯者ではない。卑怯者でいい訳がない。そうだよ、話し合わなくてはわかり合えない。


「逃げてなんかないよ」ニヤけた心と顔を真面目モードにした。


「逃げてるじゃない。言いたいことがあるならはっきり言えばいい。また部室から拡声器で叫ぶの?」


 ――ギクッ、痛いところをつかれてしまった。それは美波と初めて会ったときの出来事。俺たちはスタジオから拡声器で叫んでテニス部の練習を邪魔したのだ。


「あ、あれは、あれは卑怯だったかもしれない…な…ごめん…」

 って、ちょっと待って。あれはそもそもオギーがやり始めたことで、俺は俺の独自の目的があったんだ。俺に課せられたミッションを果たすべくあの三文字を…いやいや、今はそんなことはどうでもいいんだ。話し合わなければ。


 「じゃ、言わせてもらうけど、ミッチーが戻ってくるのに、新しいヤツ入れるとか、ミッチーをメンバーから外すとか納得がいかない。今の状況でミッチーはミッチーなりに考えてるんだよ。いつも自信満々の美波とか、金持ちには解らない悩みがあって…」

 

あ、言い過ぎたか?やべー。美波の顔が曇った。


「とにかく座りましょう」


 公園の大きな木のそばのベンチにとりあえず俺たちは座った。この前の夕暮れのベンチだ。前回は二人ともパンクファッションだったけれど、今日はテニスウエアだ。美波はジャージじゃなくてヒラヒラのミニのテニスウエアのままで来てくれたら良かったのに。と、こんな状況にもかかわらず不純な事を考える俺はクズだ。


「…それじゃ、私に悩みなど無いとでも?悩みなんて誰しも持っているわ。だからと言って理由を付けて私はテニスの練習を休んだりしない」


「みんながみんな美波みたいに強くないよ。

そうやって友達をばさばさ切っていくのって俺はその、ちょっと冷たくね?って思う」

 

「けれど、道端くんがテニスやめちゃったら大会に出られないのよ。みんなが練習してきたことも水の泡。だから他の人を入れて試合に出れるようにしたいの」


「結局は誰でもいいってことだよね。ミッチーが言ってたよ。ミッチーが正しいかもしれない」


「そうじゃなくて。…なぜ分ってってくれないの?」


「分ってるよ。俺も実際、イライラしてた。でもミッチーを信じることにしたんだ。あいつは試合に来るよ。それに、バンドにも戻ってくる。オギーとの仲も誤解が解けたみたいだし。確かに、今回のことはミッチーが悪いよ。何の連絡もなくテニス休んで練習にこない。無責任だよな。けれど、ミッチーは言ったんだ。試合にでるって。迷惑はかけないって」


「練習に来ないのに試合にはでるってこと?」

 

「練習は大事だよ。けど、俺が明日っからみっちり練習をしたら絶対勝てるって保証はある?ミッチーが練習に来なかったから絶対負けるっていいきれるか?そんなのわからないじゃないか。やってみなきゃ」


「練習を怠ると、試合で勝てない確率は増えるわ。まぐれじゃ無い限り。わたしは何の根拠も無いものに左右されるのは好きじゃないわ。それに自分の力ではどうしようも無いことをなぜ信じるの」


 大きな瞳をクリクリさせて真剣な眼差しで俺を見た。


「なぜって言われても…、まあ、友達だから」


「友達でも道端くんは大会に来ないかもしれないわ」


「来るよ。ミッチーは」


「なぜ言いきれるの?」


「それは…」


 なぜなぜ?って美波って案外子供っぽい質問をするんだなって思ったけれど、質問を突きつけられて、何でだろう?と考えた。そこまで突き詰めて考えたことはなかった。口ではうまく説明がつかないけれど、こういうことだと思う。


「…まあ、賭けみたいな感じかな。美波が三回続けてボールを缶に当てたときみたいな」



「――!?全然違うわっ!私は私の自分の力を信じたの。できるって自分を信じたからできたのよ」


「同じだよ。俺はミッチーを信じる。で、あいつは試合に出る。そう信じる自分に賭ける。違わないよ」


「違うわ」


「同じだよ」


「違うわよ、全然違う!!」

 いつも冷静な美波がムキになった。そのちょっと怒った顔が可愛かった。そう思ったのが顔に出てしまった。


「同じだって。ふふっ」


「笑ってるの?失礼ね」


「笑ってないよ」


「笑った」


「笑ってない」


「笑ったってば。…やだ、あは」


「あははは」


「ほら今、絶対笑ったわ」


 俺たちは同時に笑いだした。


「ヒロくんって頑固ね」


「美波だって。負けず嫌いだよな」


「だから私はテニスが好きなのよ」

美波は笑いながら照れたように言った。


「俺なんかさ、自分を信じても出来ないことだらけでさ、だから人を信じて出来ることがあったら超嬉しくて、で、もし出来なかったら、ああ、みんなもそうなんだって変に納得するんだよね。ガッカリすることは同じなんだ、みたいな。基本、俺は美波みたいじゃないから、自分を信じてもガッカリすることだらけだよ」


「私みたいじゃない…?」


「そ、俺からしてみれば美波はいつも自分に自信にがあって羨ましいよ。完璧に近いっていうか。でも、俺はヘタレだから、だから友達を信じたいって思うし、頼っちゃうんだよな」


「私なんか、全然完璧なんかじゃないわ。完璧な人は…」

 美波の視線はどこか遠くここではないところを見ている。


「―――!」


 そっか、そうだよな。美波にとって完璧なやつはあいつ。


「…恭太郎…だろ」


「そう、そうなの。恭ちゃんは完璧なの。いつもそうなの、憎たらしいくらいね。私、恭ちゃんに近づきたい。だから私は自分が納得の行くまで練習、プラクティスをするの。ゆるがない自信の裏付け」


 美波の視線の先にはいつも恭太郎。俺なんて眼中にないんだろうな。ただのテニスのパートナー。


「…あのさ、…完璧じゃないとだめなのかな。完璧じゃないと認めてくれないのかな。勝たなきゃだめなのか?全てにおいて」


 完璧なのは恭太郎で、完璧じゃない俺はダメなのか?美波にとって。と、心の中で付け足していた。


 その心の声が聞こえたかのように、美波はハッとして俺を見て、返事に困っているようで下を向いていた。


「ご、ごめん。なんだかよくわかんなくなった。俺、あったまおかしくなったかな。自分でも何言ってるか分からなくなったよ。ごめん。人に分ってもらうって、こんなにも大変なんだ。俺、バカだから説明うまくできなくて…」


「…さっき、マキも言ってたね」


「え?」


「『勝つことだけがテニスなの?』って。私はやるからには勝たなくちゃいけないと思うの。勝たないと意味がないと思う。ヒロくんはどう思う?」


「…わかんないよ、意味が有るとか無いとか、そんな小難しいこと考えても。とにかく、俺はミッチーを待つ。そんでミッチーは来る。俺たちは大会に出場。試合に勝つ。勝って勝って優勝する。今日は練習休んだけど、明日からみっちり本番まで練習してやるよ」


 「…そうね。…そうかもね。そっか、意味とかいらないよね」


「そうだよ。考えたってしょうがない」


「私、マキにもちゃんと謝っておく。正直言って、あのマキがみんなの前であんな発言するなんて、びっくりしちゃった。マキったら、本当に道端君のことを心配してるのね。私、試合のことばかり考えてあせって周りが見えなくなってた。今、ふっと力が抜けて気が楽になったわ。ヒロくんのおかげだわ。ヒロくんを追いかけてきて良かった」


「え、そんな、俺のおかげだなんて…。俺も美波が追いかけて来てくれるとは思ってもみなかったから、その、…サンキュー」


「Thank you, too!こちらこそありがとう。うふふ、なんだか、このベンチでよく語っているわね、私達。語りのベンチね」


「語りのベンチ…」


 俺は決めた。今、ここでコクる。俺たちがわかり合えたこの語りのベンチで、俺の気持ちを美波に打ち明ける。言うしかない。ベンチから立ち上がって美波を見た。


「み、美波っ」


「うん?何?急に…」


「俺は、その、恭太郎みたいに、あの、恭太郎じゃないけど…」


 美波が大きな瞳をパチクリとさせて首をかしげてキョトンとしている。


 何を言っているんだ、俺は。なんで恭太郎の名前を出す。ちゃんと言わなきゃ。


「あの、初めてテニスコートで会った時から、その、つまり、美波がす――」


「き・た・む・ら・君。今帰り?」


 ドキドキの甘いシュガーコーティングをバリっと壊すように、背後から声をかけられた。


―――この声はっ!!


 

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