第39話 崩壊寸前のテニス部

「試合には出る。みんなに迷惑は絶対かけへんから。自分で気持ちを片付けやなあかんことがあんねん。そやから、もうちょっとほっといてくれ」


 帰り際にミッチーはそう言った。俺は素直に安心した。ミッチーがいてこそのテニスだし、バンドなんだ。


 俺には解らないミッチーの家庭の事情をふまえた悩みは思いのほか深かいようだけれど、ただ一つハッキリと解ったことは、マキがミッチーの家にケーキやご馳走を作って持って行っているって事。つまり二人は付き合ってるって事だ。


 なんなんだ、ミッチー。悩むことなんて1ミリもねーじゃないか。心配してやって、のろけ話し聞かされて俺はピエロか。もし、美波が俺の家にケーキやらを作って毎日持ってきたなら、俺の頭の中にはお花畑が広がるだろう。テニスの試合だろうがどんな試合にだって出てやるさ。なのにミッチー、何を悩んでいるんだ。


「あーーー、俺も悩みてーーーっ」


 ゴロリとベッドに寝っ転がって、そして超普通のサラリーマンの家に生まれてきたことを呪った。



 *****



「道端くん大丈夫?今日も来ないのね」


 次の日、部室兼スタジオでテニス部ミーティングが開かれた。


「大会まであと2週間しかないわ。主力選手の道端くんが練習に来ないのは問題。道端くんが大会当日も来ないかもしれないことを想定しておかないと、私達棄権扱いになるわ。実際問題として、棄権だけはしたくないの。だから、道端くんの代わりに誰か他の人を入れることも考えておかないとダメだと思うの。みんなには言ってなかったけど、実際今、テニスができる男子を探しているのよ」


 美波がテキパキと説明をする内容に、俺は目が点になった。納得がいかなかった。


「ほ、他の人?ちょ、ちょっと待って、ミッチーは帰ってくるから。みんなに迷惑はかけないって言ったんだ」


「厳しいことを言うけど、練習に来ない時点で、迷惑をかけているのよ。洋子、あなたは道端くんのパートナーだわ。あなたの意見は?」


「道端くんが主力選手なのは間違いないけど、練習に来ないし、おじいさんのことは大変だったと思うけど、ちょっと責任感なさすぎだわ。私はペアが誰だろうと、自分の実力をだすだけだから、新しい人とペアになってもなんら困ることはないけど」


 ―――ミッチー、おまえの言う通りだぜ。誰でもいいってことか。


「じゃ、かりに誰かテニス部に入ったとして、これからみっちり2週間練習してもらって、もしミッチーが帰ってきたらバイバイってわけ?都合が良すぎじゃね?」


「ちがうわ、ヒロくん。道端くんは補欠です」


 ―――! 俺は耳を疑った。


「それって、ミッチーさんをメンバーからはずすってことですか?」

 おとなしいオギーが声を発した。


「大会に出場するにはそれもしかたがないわ」


 少しの間沈黙が続いた。


 ミッチーがいないテニス部なんて、ミッチーのいないバンドと同じ。俺は急に心細くなって北風がビュウっと吹き抜けたように感じた。


「...くんは...」


 俺の後ろでか細い声がしたと思うと、


「道端くんは絶対戻ってきますっ!!」


 突然マキが声を大にしていった。大にしすぎてその声は裏返っていた。


「私、道端くんのこと信じてる。道端くん言ってたもの、テニス大嫌いだったけど、好きになったって。テニスが楽しいって言ってたもの。それは私達のおかげだって。美波っ、大会、大会って、大会も大事だけど、大会に出ることだけがテニスなの?勝つことだけがテニスなの?そんなのって、そんなのって、私、私は…違うと思うっ!!」


 マキはラケットを抱えて、片手でカバンを取るとダっと走ってスタジオから飛び出て行った。


「マキッ」

「マキっ、待って」

 優ちゃんが眉毛をハの字にして美波や俺たちの顔を見て、そしてすぐにマキの後を追って駆けていった。


「なんか、ヤバイっすよ。ヤバい。崩壊寸前っすよ」


「カンちゃんと僕のパートナー、帰っちゃいましたよ。どうしよう。ヒロさん、どうなっちゃうんですかあ。テニス部…」

カンちゃんとオギーがオロオロしている。


「俺、マキの意見に百パー賛成。わかるよ。ハッキリしないミッチーが悪いのはわかってる。でもミッチーは帰ってくる。大会に出るって俺の前で言ったんだ。今はじいさんの入院とか家のこととか…、その、あいつはあいつで今いろいろ悩んでて…。美波、なんでそんなにバサバサ友達を見捨てることができるんだよ」


「見捨てる?見捨てるわけじゃないけど、友達とテニスは関係ないわ。練習に来ない者に場所はないの」


「――えっ?!」



 美波、なんだよそれ、おまえの考えるポジテイブシンキングってそれなのか。キャプテンとしてしなければいけないことってそういうことなのか?


「俺も今日、帰る」


「えーー、マジッすか?ヒロちゃん帰るって。どうするっすか?ヒロちゃんもミッチーもいなくなって、マキちゃんも優ちゃんもいないし、半分っすよ。部員半分。崩壊っす。崩壊〜〜〜〜っっ」


「落ち着けよ、カンちゃん。おまえが崩壊してどうするよ。悪いけど今日はテニスする気になれない。今日は帰るよ」


 そのままの格好、テニスウエアのままで、俺は学校を出た。


 美波が言った言葉が信じられなかった。こんなにわかり合えないことってあるんだ。その相手が美波だけに俺のショックは大きい。心臓が潰されそうだ。こんなんじゃテニスなんかできないよ。それに、ミッチー、おまえは正しかった。結局は誰でもいいんだ。頭数揃えりゃ誰でも。




「ヒロくん、待って」


 後ろを振り向くと、ジャージ姿の美波がこちらに走ってきていた。







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