コーラフロート

小町紗良

コーラフロート

 特にかわいい顔をしているわけでもなく、何かふざけたことを言ってクラスのみんなを笑わせたりすることもできない。校則を違反したがる性格でもなければ、声がよく通る運動部のエースでもないし、数学が得意な学級委員長でもない。


 教師にバレずに煙草を吸える場所、あの子はもう処女じゃないという噂、エトセトラエトセトラ。そういった、中学生が求めているどことなくバイオレンスな輝きを、求めることができない。欲しいとも思わないわよ、このクソッタレが。どいつもこいつも小便臭くてゲロ吐きそう。


 パンツが見えそうなぐらいスカートを短くした子たちは、私みたいな子を「地味グループ」にカテゴライズする。派手でギラギラしているのが、彼女たちの青春のルールなのだ。


 私の名前は田中芭韮。芭韮と書いてバニラと読む。そう、いわゆるキラキラネームの被害者。ママはかつて、私が大嫌いなタイプの中学生だったに違いない。


 むかつく子の上履きを男子トイレに投げこんだとか、化粧品を万引きしたとか、根性焼きの跡がまだ残ってるとか、くだらない思い出話を聞かせてくる。私と比べてアンタの中学生活はなんなのよ、もっとハジケなさいよ、セイシュンをエンジョイしなさいよ、と説教を垂れる。何が不満なのか言ってみなさいよ、言わなきゃ分かんないわよと言って、頻繁に学校を休む私を睨む。


 絶対に言ってやらない。私の気持ちなんて分からないわよ。努力と友情と勝利が大好きな担任にも、おなやみホットラインのおばさんにも、ヤフー知恵袋のコインをたくさん持ってる人にも分からないわよ。


 自分でも可哀想になってくるぐらいみじめな私は、家からも学校からも遠いところを望んだ。物理的なキロメートルはもちろんのこと、こころの距離を遠ざけたかった。


 ブレザーを着て学生鞄を持ち、登校するフリをして、学校とは反対側の繁華街へ向かった。公衆電話からしおらしい声で教員室に電話をかけ、病欠扱いにさせる。いらない心配をした担任が電話をかけてくることを危惧し、家電のコードはきちんと抜いてきた。


 駅ビルのトイレに入り、ドドメ色のダッサイ制服を脱ぎ捨てて私服に着替える。パウダールームでメイクをした私は、西第八中学校二年二組の田中芭韮ではない。


 これでもかと言わんばかりに、レースとリボンにまみれた黒のジャンパースカート。胸元の編み上げリボンが弛まないよう、きつく結ぶ。丸襟の白いブラウスも、ハート柄刺繍のレースが裾という裾をふち取っていた。ハイソックスも、ヘッドドレスも、パニエやドロワーズさえも、カワイイを演出するためのレースやリボンやフリルに蹂躙されている。


 蹴られたら致命傷を負いそうな、厚底ヒールのおでこ靴を履けば、私のできあがり。アイラインもつけまつげもばっちり、今日も赤いリップグロスがよく映えるわ。

 錆びたコインロッカーに学生鞄をぶちこみ、ピアノの鍵盤柄のポシェットに持ち替える。それから駅へ向かい、ここから一時間ほど先の町を目指して電車に乗った。


 通勤通学ラッシュのこの時間、がらがらの下り電車の中から、すれ違う上り電車を見るのが好き。憂鬱な顔をした人たちが、すし詰めになって学校や会社に出荷されていく。それをぼんやり眺めていると、世の中の規範から外れて解放された気分になれる。


 目的の町は、周辺住民しか訪れないであろう寂れた土地。駅前の商店街はシャッター通りと化し、その近くにはデカいイオンが建っている。


 改札を抜け、人気のない商店街をまっすぐ進んだ。こつこつと響く小気味の良い靴音と、ふわふわ揺れるジャンパースカートの曲線にときめく。すすけたショーウィンドウの前でくるりと一回転、やっぱりこれが私に一番似合うお洋服なんだわ。誰ともすれ違わないから、珍しいものを見る目で無遠慮に観察してくるバカもいない。


 二十分ほど歩き続けて、いつもの喫茶店にたどり着く。スタバやドトールのようなカフェではなく、昔ながらの純喫茶。店先に看板が出ているけれど、古ぼけて店名が読み取れない。

 扉を開くと、来客を知らせるベルが響いた。


「お嬢さん、いらっしゃい」


 サカマタはカウンター席に腰かけ、壁際のやたらと高い位置に設置されたテレビを見ていた。私の顔を見るとニヤリと笑い、緩慢な動作で立ち上がってカウンターの奥に移動した。私はさっきまで彼が座っていた椅子に座る。


「たまには違う服を着ろよ」

「これが好きなの」


 パフェを盛るのと同じグラスに氷を入れ、コーラを注ぐサカマタを見ていると、ああ、逃げてきたんだわ、って安心できる。業務用のバニラアイスをぽこんと乗せ、仕上げに真っ赤なチェリーを添えたコーラフロートが差し出された。


 はじめて登校するフリをしてサボった日、当てずっぽうで降りた駅から適当に歩き、なんとなく訪れたのがこのお店。それ以来、学校に行きたくない時は必ずここに来ている。


 腰が曲がったおばあちゃんやおじいちゃんが切り盛りしているものだと思って入ったら、店員はウェイター服を着た二十代の青年だった。天パ気味で垂れ目で、別にカッコ良くはない。


「学校は?」

 サカマタは毎回、同じことを聞いてくる。だから私も頬杖をついて、いつもと同じようにしれっと答える。


「あんなクソガキ収容所になんか行きたくないわよ」

「いやあ、思春期だね。ブレないわ」

 ガタガタの歯並びを剥き出して、バカにしたように笑う。むかつくけれど、絶対に「学校に行け」って言わないから好き。


 だいだい色の光を灯したすずらん型のランプ、テーブルの上に置かれた星座占いの機械、アールデコっぽいデザインのソファ。何もかもが古めかしく、日に焼け、褪せていた。


 心地の良いにおいがする。制服と肌のあいだを汗で湿らせて、お互いを鋭くねめつける、毒にしかならない時間なんて欲しくない。持て余した自我を擦り付け合うことを、青春と呼ぶのでしょう?


 呼吸をとめて、完成された調度品になれたらいいのに。埃を被って蹲りたい。この喫茶店みたいに、すべて十分とでも言うように、時間をうち捨てて。

 ということをサカマタに言ったら、手を叩いて爆笑された。


「いやあ、お嬢さん最高だね。ロックだわ」

「バカにしてるでしょ。私の気を知りもしないで」

「わかるよ。そういう気難しいお年頃は俺にもあったよ。『誰にも理解されない孤独なワタシ……でもそんなところがカッコイイ』って思っちゃうんだよな。わかるかわる」

「ちっげーよバカ」


 恥ずかしくなって、ストローでバニラアイスをぐちゃぐちゃにかき混ぜる。サカマタがカウンターから身を乗り出して、私の頭をぽんぽんと撫でた。顔が熱くなって、全身がぴりぴりした。


「お嬢さんが思ってるほど、ここは神聖なところじゃないよ。こういうカビ臭い喫茶店はどこにでもあるだろ」


 サカマタは煙草をくわえて火をつけた。時折ちらつく彼の歯列はヤニで黄ばんでいる。


 薄茶色に泡立つコーラフロートをちょっとずつ飲みながら、ぴったり六時間目が終わるまでサカマタと過ごした。ときどき、近所のおばさんやおじさんがコーヒーを飲みにきた。ランチタイムのナポリタンを注文する人はいなかった。


 私がひねくれたことを言うたび、サカマタは楽しそうに笑った。おちょくられていることは分かっている。皮肉ばかり言ってもゆるしてくれるのは彼だけだった。彼は大人だった。


「駅まで送ってやるよ。用事があるんだ」


 この喫茶店は、夜にはサカマタのお祖母さんが営業するスナックに変身する。急に人に会う予定が入ったから、お祖母さんに引き継ぐ前に一旦お店を閉めるらしい。


 サカマタはエプロンを外し、テーラードジャケットを羽織った。よく似合っていた。


 彼は店の扉に鍵を掛けながら、誰かと電話をしていた。相槌を打つ声は、どことなく緊張したようなトーンだった。私は興味が無いふりをして、暗くなりはじめている空をぼんやりと見つめた。


「並んで歩くの、不思議なかんじがするね」

「そうだな」


 言ってから気恥ずかしくなった。特に交わすべき言葉も見当たらず、しばらく無言で歩いた。サカマタは私より少しだけ歩調が早く、時々こちらを振り返る。それが癪で、ジャケットの袖を掴んだ。今ならなにを言っても赦されそうな気がして、私は口をひらく。


「あのさあ、私の名前を教えてから、ずっとコーラフロートを出すじゃない」

「バニラアイスが減らないから、消費してもらおうと思って」

「私、この話してないよね」

「どの話?」

「ママが私を生んだのはね、十六歳の時なの。中学を卒業してすぐよ。クソみたいに頭の悪いママと当時の彼氏は『コーラで膣を洗えば子供ができない』っていう迷信を信じたの。それで、デキちゃったのが私なの。ママはね、酔っ払う度にそれを聞かせてくるの」


 サカマタは目をしばたたかせ、反応に困っていた。私はそれを見て笑った。サカマタがいつもそうするように、バカにしたように笑った。


「本当だよ」

「コーヒーのほうがいい?」

「私、コーラフロート好きだよ」


 スゴい話だと言って喜ぶと思っていたけど、サカマタはバツの悪そうな顔をした。フキンシンだとでも思ったのだろうか。だとしたら、どのぐらい気に病んでくれたのだろう。私はどのぐらい、サカマタの心に入り込むことができているのだろう。考えると胸が高鳴る。このぐらいの自尊心なら、誰でも持ち合わせていると思う。傷のひとつやふたつぐらい、ひけらかしたくなるでしょ。


「ねえ、私もあの喫茶店で働きたいわ。中学を卒業したら、いいよね」

「本気で言ってるのか」

「そうだよ」


 私を一瞥して曖昧に微笑んでから、サカマタは黙り込んだ。彼の白い頬にできた、赤黒いニキビ跡をじっと見つめても返答がない。喫茶店を出てから、なにか別のことを考えているのは分かっている。青になった信号機が流す簡素なメロディだけが、シャッター通りに響いている。明日も学校に行きたくないなと思った。


 私たちは改札前で適当な挨拶をして別れた。商店街とは反対方面の出口に向かうサカマタの背中を見つめ続けたけれど、彼は一度も振り返ってくれなかった。


 帰りの電車も人がまばらで、すみっこの席に座って仕切板に寄り掛かる。明日の時間割りや宿題のことを考え、憂鬱な気持ちになった。英語の時間は二人一組をつくって教科書の会話文を読まなきゃならないし、体育は二時間連続。ああ、嫌だな。学校の真上に突然台風が現れたり、校庭に埋められた不発弾が爆発したりしないかな。

 駅に到着し、コインロッカーから鞄を取り出してトイレに向かおうとした時だった。


「ほら、やっぱり田中さんじゃん」


 クラスの中でいちばん嫌いな女子グループが、私を取り囲んだ。一瞬にして全身から冷たい汗が噴き出した。これから起こる起承転結を、ひどく鮮明に想像することができる。


「風邪引いたんじゃなかったの?」

「田中さん、ゴスロリなんだね。いつも地味なのに」

「裏ではぶりっ子とか怖すぎるんだけど」

「ちょっとダメだよ、可哀想だよ」


 彼女たちは好き勝手なことを言いながら、携帯電話のカメラで断わりもなく私の写真を撮る。全員の携帯電話を叩き割って、顔面を蹴り上げたかった。けれど身体が硬直して、反論もできずカメラから顔をそむけることもできず、ただひたすら作り笑いを浮かべていた。情けなくて仕方なかった。


「田中さんの写真、かわいく撮れたから、みんなに回すね」


 気が済むと、彼女たちは下品な笑い声をあげながら去っていった。しばらくそこから動けなかった。スクールカースト最下位の私にとっては、死刑宣告に等しい。


 絶望に打ちひしがれながら制服に着替えなおし、とぼとぼと家へ帰る。すれ違うサラリーマンも、小学生も、カップルも、警察官も、みんな私の敵のように思えた。


「ただいま」


 何事も無かったかのように帰宅すると、ママが私を睨みつけた。


「アンタ、今日学校サボったんでしょ。担任の先生が家に来たのよ。何してたのよ」


 どうして、こういう面倒くさいことだけ、やたらと母親みたいなことを言うのだろう。どうして、こんなに頭の悪い女が、私のママなんだろう。イライラして、手近にあったテレビのリモコンを投げつける。


 自分の部屋に逃げようとすると、ママは舌打ちをして私を突き飛ばした。フローリングに倒れた私に馬乗りになり、引き千切られそうなほど強い力で髪の毛を引っ張る。


「どうしてアンタなんか生まれてきたのよ、アンタのせいであたしの人生めちゃくちゃだわ。十六で母親になったあたしの苦労を知りもしないくせに」


 ママは喚きながら、何度も私の頬を叩いた。抵抗しようと顔を覆った両腕も強く殴打され、鼻にぶつかって鼻血が出た。口の内側が切れて鉄の味がした。私はごめんなさいと繰り返し叫んだ。何に対してのごめんなさいなのか分からなかった。最後に私のお腹を蹴り付けて、ママは家から出て行った。


 自分の部屋に鍵をかけて、布団の中にうずくまる。ジャンパースカートを抱きしめると、煙草のにおいがした。布団の中はあたたかくて、やわらかくて、しずかで、私だけだ。このまま私が消えて無くなるか、世界が消えて無くなればいい。私は世界で一番不幸な女の子ではないし、悲劇のヒロインでもない。けれど、もういやだ。学校に行きたくない。ママなんてどうでもいい。サカマタに会いたい。


 いつのまにか眠ってしまい、いつもと同じ時間に目を覚ました。ママの寝室を覗くと、男とママが裸で寝息を立てていた。この男とは何度か顔を合わせたことがあるけれど、いけ好かない奴だ。私は二人の財布からお札を盗んだ。


 物音を立てないように出掛ける準備をした。ジャンパースカートはベッドの隅でしわしわになって丸まっている。サカマタに会う時は、ちゃんとした私に成りきっていたかったけれど、仕方なく適当なワンピースを選んだ。鏡を覗くと、目は腫れているし、ところどころに痣があるし、唇の端は切れていた。ひどく不貞腐れた表情をしている。


 いつものように切符を買って、一時間電車に乗って、あの駅で降りる。シャッター街を通って、喫茶店に着いた。なんてこともなかった。


 店の扉を開くと、いつもはサカマタが座っているカウンター席に、知らない女が座っていた。


 茶髪で、生成色のロングスカートを履いている。サカマタと同じぐらいの歳に見える。彼女はコーラフロートを飲んでいた。目が合った。


「あれ、お嬢さん、いらっしゃい。二日連続で来るなんて、ずいぶん不良少女だ」


 サカマタはやたらとにこやかで、機嫌が良さそうだった。


「今日は服が違うんだな。そっちのほうが可愛いよ」


 どこに居ればいいのか分からず立ち尽くしていると、女がにこりと笑って手招きをした。促されるまま彼女の隣の席に腰をおろしたけれど、ものすごく居心地が悪い。


「あなたがバニラちゃん? ヨシアキからお話を聞いてるの」

「……はい、そうです。あの、あなたは」

「俺の婚約者だよ」


 サカマタの言葉に、全身の細胞がさざなみ立つような、すべての神経が引き攣るような感覚が走った。脳みそを麻酔薬で浸されたように思考が鈍り、舌が干上がる。


「私たちね、赤ちゃんができたら、結婚しようって話になってたの。それで、昨日病院で検査したら陽性だったの。嬉しくなっちゃって、すぐにヨシアキを呼び出しちゃった」


 ファンデーションを塗りたくった粉っぽい肌にえくぼをつくり、夢を見ているようなとろりとした瞳で語りかけてくる。ねえ私とってもしあわせなの、妬ましいでしょ? とでも言ってくれればいいのに、人畜無害な女の子を気取っているのが腹立たしい。備え付けのテレビから、ワイドショーに出演している芸能人の笑い声が聞こえてくる。


「それでね、もうテンション上がっちゃって、そのまま婚約指輪を買いに行ったの。サイズがぴったりだったから、すぐに受け取っちゃった。なんだか、まだ信じられないな」


 そう言って、左手を差し出して私に婚約指輪を見せた。ピンクゴールドの指輪の中央で、ダイヤモンドがきらきらと光っている。サカマタの指にも、色違いのペアリングがはめられていた。


 いつもの調子で、何か皮肉か嫌味でも言いたかった。冗談などではなく、限りなく本音の暴言を浴びせたかった。なのに、私が選んだ言葉は、声帯を掠めるような情けない音になって、ほんの少しだけ空気を揺らした。


「おめでとうございます」


 そう口にした途端、私の中で守ってきたものがぱちんと弾けた。こころの深いところから感情がせぐり上げてくるのを、歯を食いしばり、唇を強く引き結んで抑えつけた。


「ありがとう」


 おだやかに微笑みかける二人の隣に、私は無理矢理コラージュされていた。私と世界をつなぎ止めていた細くて脆い糸は、呆気なく断ち切られた。その糸すらも、私の幻想だったのかもしれない。私には彼しかいないと思っていたけれど、彼は私なんかがいなくても不都合はないのだ。急にすべてがアホらしくなって、私の質量のすべてが霧散していく心地だった。


「お手洗いに行ってくるね」


 女は婚約指輪を外し、テーブルの上に置いて席を立った。サカマタが冷蔵庫を開けるために後ろを向いた隙に、私は婚約指輪を盗んで手のひらに堅く握りしめた。指輪からは、かすかに女の肌の温度を感じられる。私のなかに現実が浸透してきて、妙に頭が冴え渡る。心臓の鼓動が耳元で鳴っている。湧き上がる衝動に、身体が小刻みにふるえる。


 勢いを付けて立ち上がり、喫茶店を飛び出した。涙が溢れて歪む視界の中、コンクリートを蹴り上げてとにかく走った。汗で滑って落としてしまわないように、指輪を握った手をもう片方の手で強く握った。気持ちと身体の速度がかみ合わず、何度も足がもつれて転びそうになった。大きく口を開けても呼吸が苦しく、激しく咳き込んでは吐き気がこみ上げてくる。


 橋の上で足をとめた。錆びた欄干にもたれて、呼吸を整えながら川を見下ろす。汚水が流れているのか、悪臭がする。コーラフロートみたいな色をしている。


 来た道を振り返ると、サカマタとあの女がこちらに向かってくるのが見えた。二人の必死な形相を眺めているうちに、すがすがしい心持ちになってきた。風が吹き、私の汗を冷やしていく。指輪をつまみあげた手を高く掲げて、二人に手を振る。


 サカマタは私の名前を叫んだ。彼に呼ばれたのははじめてだった。


 その瞬間に、私は婚約指輪を弾き飛ばした。宙を舞った指輪は太陽の光を反射してきらめき、わずかな水音を立て、沈んだ。


 私の気持ちなんて、誰も分かってくれない。

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