閏6話 林檎の見る過去

 マイナビニュースに「iPhoneは元号の全データを持ってるってホント? - いまさら聞けないiPhoneのなぜ」という記事があり(*1)、へえ、Appleは旧暦にも対応しているのか……と思って記事を読んでみた。

 この駄文を延々と読んできて下さっている方々であれば、過去の日付や暦法というやつがどれほど厄介な代物であるか、よくよくご存知であろう。世界は空間的にも時間的にも多様であり、過去の日付が如何に同定しづらいものであるか。そしてそれらを解明するために、色々な努力がなされているということを。

 元号の全データ、と言われただけでも、以前書いた(*2)慶応四年と明治元年のオーバーラップをどう処理するのかとか、南北朝で別々の元号を定めていた時期をどう処理するかとか、始期がはっきりしない元号はどう対処しようかとか、ぱっと思いつくだけでも幾つもの問題が頭を過る。私だったら「そんな面倒なの、やめとこう」と言い出すこと請け合いである。


 Appleはよくもこんな益体のない問題にリソースを注ぎ込もうなどと思ったものだ。


 と、思ったら、記事を読んだら超手拔き実装だった。手拔きというか、、という感想しか出てこない。

 明治6年より前の日本では、現在使っているグレゴリオ暦とは異なる暦を使っているので、そもそも月日が一致しないというのに、挙げられているカレンダー画像は「天正11年」と銘打たれながら、その実グレゴリオ暦1583年のものである。ちなみにユリウス暦の1583年1月1日は火曜日であるので、1月1日が土曜日になっていることからグレゴリオ暦であろうと推測した。過去にも書いたが(*3)、この時期は欧州でもユリウス暦とグレゴリオ暦が併用されていた時代なので、何の説明もなくグレゴリオ暦が表示されているのも不親切である。(というか1583年以前が表示できないという挙動の時点でグレゴリオ暦にしか対応していないのであろう)


 さて、日本のこの時期天正年間に使われていた暦は宣明暦であり、中国から伝わってきた太陰太陽暦である。中国式太陰太陽暦とキリスト教式太陽暦では一年の始点も違えば一年の長さも違うので、天正十一年=1583年といった図式が成り立たないことは何度も書いてきた(*4)。

 史実の天正十一年は一月の後に閏一月があり、一年が13箇月で384日あった年だった。大小月の並びは大小小大小小大小大大小大大。グレゴリオ暦と対照すると、1583年1月24日に元旦となり、1584年2月1日が大晦日となる。

 ここまでやってこそ初めて価値のある対応と言えるだろう。


 「元号に対応している」というのが、単に西暦に相当する元号を表示するだけの機能であれば、暦法的に間違っているだけではなく、一般利用者に誤解を植え付けかねないので、このような中途半端な機能は実装すべきではなかったと強く思う。


*1

https://news.mynavi.jp/article/20190120-iphone_why/


*2

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886223897/episodes/1177354054887336327


*3

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886223897/episodes/1177354054886240306


*4

というか初っ端がそれだった。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886223897/episodes/1177354054886223913

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