閏7話 JD2461443.16396

 暦の話をもう少し。


 現代の日本では新年はグレゴリオ暦の1月1日に祝うのが通常だが、中国やその影響が強い文化圏では、現在も農暦、日本でいうところの旧暦の正月を祝うところが少なくない。日本では旧正月と言うが、春節と呼ぶ方が一般的だろうか。

 太陽と地球の位置関係(黄道の太陽の位置)の差があまり大きくならない太陽暦と異なり、古代中国に紀元を持つ太陰太陽暦では、元旦の位置は前後一ヶ月分程のズレが生じる。とはいえ、大体は決まったところに定まる。というのも、太陰太陽暦では十一月に冬至を含むようにし、月の初日は新月になるのであるから、閏月が入らなければ、冬至の次の次の新月が春節である。(置閏法的には、一月の中気である雨水を含む朔望月が一月でもある)


 このように太陰太陽暦の月初めとして重要な「新月」とはなんぞやという話になると、「夜空に月が浮かばない夜」とかいう話になるわけだが、もう少し厳密な話をすると、月齢が0になる時点のことである。月の朔望は、地球から見て太陽に対する月の位置関係で決まる。別の視点からすると、関係する三つの星が太陽‐月‐地球の順番で一直線に並んだ瞬間が新月である。

 そしてその新月の瞬間が含まれる日が、暦月の一日ついたちになる。


 さて、現在私達が一般的に「いちにち」と言う時、それはしょうから次の正子までを指し、区切りは正子である。また、太陰太陽暦の暦法上も、一日の区切りは正子であり、これは一致している。実に結構なことである。

 ところで、その「正子」はどこの「正子」であろうか?


「何を言ってるんだ?」


 そういう感想を抱かれた方は、恐らく正常である。

 大凡日本に暮らす人々は日本標準時に従って生活しており、時間帯(タイムゾーン)を意識することはない。海外との取引や通信をされる方であれば、時差を意識していることだろうが、だからといって世界の基準時刻となっている協定世界時(UTC)を常日頃から意識している人間がいたら、それは航空関係者くらいではなかろうか。

 ともあれ、時間というものは地球上の地域地域によって違っていることは知識としては存在するだろう。

 そこで質問に戻る。

 太陰太陽暦の月初めを決める新月の含まれる日、その当日を決める時間は、どこの時間だろうか?


 古代中国が源流なのであるから、もちろん当時の王朝の首都である……が、それは中国の話。日本で作られた暦は京都が基準点になっていた。現代では中国は中国標準時で、日本は日本標準時で観測結果を利用している。中国標準時はUTC+8、日本標準時はUTC+9。時差は一時間あり、日本の方が一時間早く翌日になる。

 ではその一時間の間に新月の瞬間が入ってしまったらどうなるんだ? 日本は翌日になっているが、中国はまだ前日である。


 もちろん、日本のほうが一日遅く翌月になるのである。


 23時30分に新月であっても、一日ついたちはその日の0時始まりであり、0時30分であっても一日ついたちはその日の0時始まりである。従って、日本の方が先に日付が変わってしまう関係で、日本の方が一日が遅れることが暦法上あり得るわけである。

 当然日本と中国だけではなく、UTC+7を使うベトナム標準時との間でも差は生じる。

 もちろんこれはずっとずれていくという話ではなく、翌月には新月の日付が一致してしまうわけであり、飽くまで暦月の始まりの日が一日ずれるだけの話。大した問題ではない。

 しかしそのズレがたまたま新年正月一日に当たった場合、年初の日が一日ずれる、という現象が太陰太陽暦では起こり得るわけである。

 実際それが起こる日は、グレゴリオ暦で2027年。日本の新月は2月7日0時56分。中国では2月6日23時56分。日本の旧正月は2027年2月7日になり、中国の春節は2月6日となるわけである。


 このように、太陰太陽暦とは観測地点によっても日付が変わってしまう、大変愉快な暦である。

 最近では国外に住む中国系移民も春節を祝うようであるが、果たして彼らはどの時間帯で春節を定めているのであろうか。大変興味深いことである。

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