閏8話 三暦物語
暦の話をもう少し。
先日NHKで放送された「ヘダ号の奇跡 日本とロシア 幕末交流秘話」(*1)は幕末の日露外交というだけで、暦が面倒くさそうだなぁと予感させる番組だったのだが、視聴したら思った以上に滅茶苦茶だった。
当時の日本は和暦の天保暦を使用していて、ロシアはユリウス暦を使用していたことは以前に書いたが(*2)、さらに英米仏はグレゴリオ暦を使っていて、大変複雑な状況だった。日付を書いた時に、それがどの暦なのか明確でないと大変困る。
で、番組開始3分で暦の指定もなしに「1855年3月22日」とナレーションするわけである。年号が西暦だしロシア関係だからユリウス暦だろうか?と思って確認してみれば、実はこれ、天保暦の安政二年三月二二日(ユリウス暦1855年4月26日)のことであった。初見でこれが天保暦の年号だけをキリスト教紀元に置き換えたものだと分かる人間がいたら、相当特殊な人間であろう。
例によって安政二年は1855年と完全に一致するわけではないため、後でさらなる間違いを呼んでいる。
6分に近づく頃には安政東海地震の発生日を「1854年(安政元年)11月14日」と大きく表示している。安政東海地震は〝安政〟とあるので安政年間に起こったように思えるが、実は安政改元は地震の後、この天災等を理由にして行われたため、地震が起きた当時は改元前であり、嘉永七年であった。
例によって日付は天保暦のもの。なので、嘉永七年一一月一四日であり、災いなるかな、ユリウス暦1854年12月21日でグレゴリオ暦1855年1月2日と西暦年をどうするかだけで一悶着生まれる。
戸田村で作られたヘダ号がロシアへ向けて出航した日が「1855年(安政2年)3月22日」とテロップされたのは、もう可愛いくらい。これは「安政二年(1855年)三月二二日」と書いておけば、幸いユリウス暦でもグレゴリオ暦でも1855年だ。
日露和親条約(*3)の締結日を「1854年(安政元年)12月21日」と表示するというのは、もう「12月」という時点で予想がつくと思われるが、「安政元年一二月二一日」のことであり、ユリウス暦1855年1月26日(グレゴリオ暦2月7日)なんである。果たして「1854年(安政元年)12月21日」とは何を示しているのだろうか。
もう何度も書いてきているので読む方も嫌になっているとは思うが、暦が違うと年初の位置も一年の長さも異なることが普通なので、複数の暦法をちゃんぽんにするのは余り良いことではない。もちろんある程度の便法として使用することを否定するわけではないのだが、あくまで正確な表記が主としてあった上で、従として使うのが適切だと思う次第。
この番組の場合、月日は基本的に和暦を採用しているので、年号も和暦を基本として、従属的に西暦(ロシア相手なのでユリウス暦だろうか?)を添記する方が良かったと思わずにはいられない。
ドキュメンタリーと銘打つのなら、日付くらいはなんとかして欲しい。いや、かなり切実に。
【追記】
番組への意見を送っておいたら、NHK内部で検討されて、再放送時には多少修正されていました。
もし本放送と再放送を両方録画した人がいたら、違いを見比べると面白いかも。
*1
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92625/2625236/index.html
*2 閏3話
https://kakuyomu.jp/works/1177354054886223897/episodes/1177354054887550339
*3 正式名称:日本國魯西亞國通好條約
https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/image_B13090771200
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