ヘアワールドへようこそ!

デバスズメ

リーゼント・ポンパドール・山田

「それじゃあ今日も閉店だ。お疲れ様」

「お疲れ様っす」

貸衣裳店『山田衣装レンタル』の営業が、今日も終わる。電気が消され、すべての従業員が店を出る。


「……よし、皆のもの、動いていいぞ」

真っ暗な衣装倉庫に、老齢な声が通る。その声に反応するように、倉庫の照明が灯され、世界が一気に賑やかになる!


「あー!やっと自由の時間だぜ!」

金髪ショートカットの若者が背伸びをする。


「今夜こそ火付けの野郎をお縄にしてやる」

時代劇から飛び出した岡っ引きのような男が、十手を構える。


「今日はお茶会でしたわね」

「はい、お嬢様」

金髪縦ロールの少女に、白髪オールバックの執事が仕える。


他にも、様々な髪型の人々がわいわいと賑やかに話している。彼らは、カツラに魂が宿った存在。その名もヘアピープル。

「それでは皆の衆、今日も存分に羽根を伸ばそうぞ」

一番の長老めいた白髪仙人ヘアスタイルの老人が言うと、不思議な扉が現れた。


「よっしゃ!今日も遊びまくるぜ!」

「お江戸の平和は我々が守る」

「じいや、行くわよ」

「はい、お嬢様」

ヘアピープルたちは、続々とその扉に入っていく。そして、扉を抜けると……。


「いよう!待ってたぜ、山田」

「山田の。今夜こそ火付けをとっちめてくれようぞ」

「お待ちしておりました、山田様」

『山田衣装レンタル』のヘアピープル達を迎える声だ。


扉の先はヘアワールド。そこは、カツラが体を持って自由に動ける世界。劇団の倉庫や貸衣装屋など、さまざまな場所から、さまざまなカツラがやってくる。ここには、原始時代からサイバーパンクまで、あらゆる世界が広がっている。


そんなヘアワールドの一角、少し昔の日本世界の片隅に、リーゼント・ポンパドール達の集まりがあった。

「よう、チョーシはどうよ。山田」

リーゼント・ポンパドール軍団のリーダー格のリーゼントが声を掛ける。

「相変わらずだぜ。ウチじゃ最近めっきり出番無しさ」

山田衣装レンタルのリーゼント・ポンパドール・山田が答える。


ヘアワールドでは、髪型と店名の組み合わせで名前を呼ばれることがほとんどだ。同じ髪型で集まる場合、店名で呼ばれることが多い。

「俺んとこもずっとお蔵入りだよ」

「ま、俺らの時代じゃねーってことかもしれねえな」

リーゼント・ポンパドール達はコンビニの前に座り込み、口々に不満を漏らしながらダベる。


「でもよ、同じヤンキー系でも、レディースの金髪ロングは最近も活躍してるって話だぜ」

「ただ、ヤンキー系じゃない使われ方らしいけどな」

「そうそう、なんでもオタク系のコスプレだとか。いよいよヤンキー魂を売っちまったか……」


「誰が魂を売っただって?」

いつの間にか、座り込んで話すリーゼント・ポンパドール達の背後に、特攻服を着た金髪ロングの女が立っていた!

「ゲッ!?金髪ロング!!」


「確かにアタイはヤンキー系はご無沙汰さ。だけどね、魂まで売っぱらったわけじゃないよ。変な噂は流さないでもらいたいね」

金髪ロングはリーゼント・ポンパドール達を睨む。

「わ、わかってるよ。悪かったな……」

「フン、わかりゃあ良いんだよ」

それだけ言うと、金髪ロングはその場を立ち去った。


「「「はぁー……」」」

残されたリーゼント・ポンパドール達は、一斉にため息をつく。だが、それは、安堵のため息ではない。

「やっぱりマブいぜ」

「ああ、キアイが違うな」

「男に媚びねえのが、また良いんだよな」

みんな、金髪ロングのことが好きだった。彼らにとってのアイドルのような存在でもあったのだ。……山田以外にとっては。


「俺、ちょっくら行く所あるからよ」

山田がやんわりと立ち上がる。

「ん?また例の約束か?」

「ああ、それじゃあまたな」


山田は一人で立ち上がり、ある場所に向かった。


――――――――――


「はあ……今日も可憐だ……」

山田が声を漏らしながらぼんやりと眺める先には、三つ編みおさげの少女が学校の図書室で本を読んでいた。山田は、その様子をこっそり茂みから覗いていたのだ。


(そもそも俺はヤンキーとか怖いんだよ!)

実は、山田は、その髪型とは裏腹に怖がりだった。初めてヘアワールドにやってきて同じ髪型の仲間を紹介された時、正直ビビって帰りたいと思ったほどだ。


もちろん、他のリーゼント・ポンパドール達が憧れる金髪ロングも、彼にとっては恐怖の対象の1つだ。

(さっきはマジで怖かったぜ。いきなり背後とか、叫びそうになっちまったからな。それに比べて三つ編みおさげさんのおしとやかな姿ときたら)


山田は、三つ編みおさげに惚れていた。初めてヘアワールドに来たとき、他のリーゼント・ポンパドール達を恐れ、トイレに行ってくると言ってごまかして逃げ出そうとした。そのとき、三つ編みおさげとぶつかった。

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

転んだ山田に対して、三つ編みおさげは手を差し伸べてくれた。


たった一言二言ではあるが、それだけで十分だった。だが、リーゼント・ポンパドールと三つ編みおさげでは、住む世界が違うということは、山田も理解していた。なので、このように、眺めるだけにとどめているのだ。

(俺は三つ編みおさげさんを影から見守れるだけで満足なんだ……ん?誰だあれ?)


三つ編みおさげの近くに、2人の角刈りが現れた。そして、少し話した後、角刈り達は三つ編みおさげを連れて、図書室を出ていった。

(おいおい、こりゃもしかして、なんか良くないことに巻きまれてるんじゃないか?助けに行かないと……いや、でもアイツらは怖いな……どう見ても腕っぷしに自身がありそうな奴らだし……)


山田が悩んでいると、背後から聞き慣れた声がした。

「おい、そこのリーゼント」

「うわお!」

山田が驚いて振り返ると、そこには先程の金髪ロングがいた。


「な、何の用だぁ?」

山田は他のリーゼントのように強がるが、声には恐怖が漏れている。

「ちょっとツラ貸しなよ」

「なんで俺が」

「あっそ。それなら、覗きのこと、ばらしても良いんだけど」

「すみませんツラ貸させてください!俺のツラで良ければいくらでも!!」


(三つ編みおさげさんのことも気になるけど、バラされるのはマジでやばいからな)

「おい!なにぼさっとしてんだい?さっさと行くよ」

「はい!今すぐ!」

山田は慌てて金髪ロングを追いかけた。


――――――――――


街を歩く改造学ランのリーゼント・ポンパドールと特攻服金髪ロングの二人組は、いやがおうにも目立つ。道行く七三分けサラリーマン達やゆるふわカールの森ガール達、ほかにも様々なヘアスタイルのヘアピープルが、二人を避けて道を作る。


「どーにも落ち着かないね。さっさと行くよ」

「俺たちが避けられるのはいつものことじゃないっすか」

「いや、そうじゃない。……つけられてる」


金髪ロングの言葉に山田が振り返ると、2人の角刈りが距離をとってついてきている。

「ゲッ!あいつら!」

「なんだ?アンタの知り合いかい?」

「いや、そういうわけじゃ……」


「だったら、……行くよ!」

金髪ロングは山田の手を取り、いきなり走り出した!

「うわっ!」

山田も引っ張られながら走り出す!


後ろから角刈り達が追いかけてくるが、金髪ロングは慌てない。

「こっち!」

表通りから裏通りへ、裏通りから更に別の裏通りへと、二人はどんどん逃げていく。山田が気がついたときには、すでに角刈り達は追って来なくなっていた。


「もういいだろ。……いつまで手握ってるつもり?」

「え?あ!ああ!すみません!」

山田は繋いだままの手を慌てて離す。

「さ、着いたよ」

金髪ロングが指差す先には、寂れた喫茶店があった。


「マスター、場所借りるよ」

金髪ロングが扉を開けて中に入る。山田もそれに続く。

(なんだここ、客が一人もいねえじゃねえか)


「まあ、客なんかめったにこないんだ。ごゆっくり」

店の奥から、店主のバンダナがひょっこり顔を出した。

「いつものでいいかい?」

「ああ」

「そちらのリーゼントさんは?」

「あ、俺はコーヒーで……」

「はいよ」


二人は店の奥のテーブル席に腰掛ける。

「それで、俺に何の用で?」

「実は、相談したいことがあってね」

「相談?」


金髪ロングはリラックスした様子で話し始めた。

「ほら、噂にもなってる通り、アタイは『コスチェン!』って店でオタクのコスプレで使われてるわけ。なんだけど、その、どうにも噛み合わないっつーか、うまいこと使ってくれる人をその気にさせてあげられてないみたいなんだよね……」


人はなぜ、カツラを被ると、いつもとは違った役になりきれるのか?それは、ヘアピープル達が、自分のキャラクターを装着者の脳に伝えているためである。金髪ロングは、もともとレディース(女ヤンキー)のカツラとして数年間活動していたのだが、最近はめっきりその需要も減り、代わりにアニメキャラのコスプレ衣装として使われることが多くなった。


だが、金髪ロングには、アニメキャラのような知識や経験はない。そうなると、どうしてもカツラ使用者は奇妙な違和感を感じ、ヤンキー色がにじみ出てしまうこともあった。


「……というわけなんだよ。どうすりゃいいか、アンタなんか分かんない?」

「いやあ、いきなりそんな事言われても、そもそも、なんで俺に相談を?そういう事なら、それこそサイバーエリアあたりのアイドルにでも聞けばいいんじゃないっすか?」

「いや、アンタじゃなきゃだめなんだよ」

金髪ロングは、山田をじっと見つめる。


「ど、どういうことなんです?」

あまりの真剣な眼差しに、山田は言葉に詰まる。

(そんなに見つめられると怖い……なんて言えねえよ)


「それは、アンタが……」

金髪ロングが理由を説明しようとしたそのとき、店主のバンダナが注文の品を運んできた。

「はい、リーゼントさんはコーヒー」

「あ、どうもっす」

あまりの緊張感に、山田の言葉が萎縮する。


「それから、こっちは金髪ロングさんの、いつものね」

「なっ……!」

店主のバンダナがテーブルに置いた品を見て、山田は驚いた。


「わー!」

金髪ロングの眼の前に置かれたのは、甘そうな生クリームの乗ったパンケーキと、くまさんのラテアートだ。

「んふふ♪」

金髪ロングはラテアートを見て微笑む。山田には、さっきまでの鋭いヤンキーの目つきが、どこかへ消え去ってしまったかのように見えた。


(金髪ロングさんって、こんな顔するんだ……)

「なんだ?どうした?」

ぼんやりと金髪ロングを見つめる山田に、金髪ロングの鋭い言葉が刺さる。

「え?ああ!なんでもねえっすよ!」


「そ。ならいいんだけど」

金髪ロングは、ナイフとフォークで器用にパンケーキを切り、ちょっと大きめの一口を頬張った。もぐもぐとパンケーキを食べるその表情は緩く柔らかく、再び山田はその姿に見入ってしまった。


一口めをじっくり味わって飲み込んだ金髪ロングは、話を戻した。

「それで、なんでアンタに相談したのかってことだったよね」

「……え!あ、ああ!そうだったな!」

見とれていた山田がハッと気づき、コーヒーを飲む。


「まあ、はっきり言っちゃうと、アンタもアタイと同じなんだろと思ったんだよ」

「同じって?」

「とぼけるんじゃないよ。アンタもヤンキー以外の衣装で使われてるんだろ?顔を見りゃわかるよ」


「え?」

「アンタ、ヤンキーのくせしておどおどしてるっつーか、怖がり?みたいなところあるじゃん。あれ、役作りなんだろ。そのコツ、アタイにも教えてくれよ」

「えぇ!?」


山田は困った。彼が怖がりなのは、役作りではなく、もとからそういう性格だったのだ。カツラを作ると同時に、ヘアピープルとしての人格も生まれる。基本的にはヘアスタイルからイメージされる人格が形成されるが、ある程度の個人差はある。山田は、その個人差が強く出ており、『ヤンキーが怖いヤンキー』という人格になっていたのだ。


だが、そんな事をばらしてしまえば、他のリーゼント・ポンパドール達からどんな事をされるかわからない。パシリにされるかもしれないし、もっとひどいことになるかもしれない。それが怖くて、普通のヤンキーのふりをしてきたのだ。もちろん、そのことは他の誰にも話していない。そのはずなのに、金髪ロングはそれを見抜いたというのか?


(これが素だなんて口が裂けても言えねえ。なんか上手いことごまかすしかねえけど……)

「役作りって言ってもなあ、そう簡単なものじゃねえし……」

「頼む!アンタが頼りなんだ!簡単じゃなくても良いから、その秘訣を教えてくれ!」

ゴン!金髪ロングがテーブルに頭を打ち付けた音が響く。


「わ、わかったよ!とにかく頭を上げてくれ!」

「本当か!?」

山田の声を聞いた金髪ロングは頭を上げ、目をキラキラさせて山田の手を握る。


「ほ、本当だ!だからまず、その……手を離してくれねえかな……?」

「あ!すまない……」

金髪ロングは手を離し、椅子に座り直した。二人とも顔が赤くなり、妙な空気になった。


「……それで、具体的にはどうすりゃいいんだ?」

しばらくの沈黙を破ったのは、金髪ロングだった。

「えっとっすね。金髪ロングさんの場合は、その、なんつーか、パンケーキ食べてるときみたいな感じを意識すれば良いんじゃないっすかね?」

「それはどういうことだ?」


「いや、その、あれなんすよ。金髪ロングさんは、いつもキリッとして、俺たち男のヤンキーに対しても堂々としてるじゃないっすか?でも、そのパンケーキ食べてるときは、そういうのを感じなかったっつーか、その、アイドルみたいな可愛さがあったっつーか……」


「あ、ああああアタイが!?か、かかかかか可愛いだって!!!!????」

金髪ロングの顔が真っ赤になり、ボフンと湯気が出る。

「ま、まあ、俺はそう思うっすよ。その、ラテアートっていうんですか?それ見たときの笑顔も、可愛かったと思いますよ」


「そそそそそそんなこと言われれれれれれあーーーーー!!!!もう!!!!」

金髪ロングはものすごい速さでパンケーキをきれいに食べ、ラテアートを一気飲みした。


「アタイは先に帰る!!」

金髪ロングは代金を置いて席を立つ。

「え?でも、俺まだ相談に乗れてないんじゃ……」

「もう!いいんだよ!もう!」

山田の制止も聞かず、金髪ロングはズカズカと店を出ていった。


「なんだったんだろうな……」

山田は、何が起こったのかという感じで、とりあえずコーヒーを飲んだ。

「それから!」

「うわあ!」

店を出た金髪ロングがいきなり戻ってきた。


「今日のことは絶対に秘密だからな!ヤンキーで通ってるアタイがパンケーキ食べてることととか、その……知られたら立場がねえだろ!わかったか!」

「は、はい!」


「あと、それと、また明日も来いよ」

「ええ!?」

「まだアンタに聞きたいことはいろいろあるんだよ」


「だったら今からでも……」

「い、今はなんかもう気分じゃねえんだよ……!か、帰る!!」

金髪ロングは再びズカズカと店を出ていった。


……金髪ロングが出ていって、店内が一気に静かになった。

「リーゼントくん、彼女の相談にのってあげてくれないか」

話しかけてきたのは店主のバンダナだ。

「彼女はここ最近、ずっとひとりで悩んでたんだ。どうやったら他の自分になれるのかってね」

「ずっとひとりでっすか?」


「そうさ。初めてコスプレ衣装として使われた時に、使ってくれた人にヤンキー感を出させちゃって、ひどくがっかりさせてしまったことがあってね」

「なんでマスターはそんなこと知ってるんです?」


「彼女はいつもこの店に来てくれるんだけど、その日は大好きなパンケーキを出しても手を付けなくてね。何かあったのか聞いたら、話してくれたよ」

「へえ……」

「いつもは絶対に悩みを人に話したりしない彼女が話してくれたんだ。相当に困っていたんだよ。……もちろん、今もね」


「俺に相談したってことは、つまり」

「そういうことさ。ああ見えて、彼女は頑張り屋さんなんだ。人は見かけによらないっていうしね」

「ふうん……」

(俺が思ってるよりも、怖い人じゃないのかもしれねえんだな……)

山田は残ったコーヒーを飲み干した。


――――――――――


それからというもの、山田と金髪ロングは何度か会い、話をする仲になった。話を繰り返すうち、次第にお互いのことを打ち明けるようにもなった。だが、山田の怖がりのことだけは、頑なに喋らなかった。


ある日のこと。

「おい、山田、最近は金髪ロングとずいぶん仲がいいみたいじゃねーか?どうしたんだ?」

リーゼント・ポンパドールの仲間たちが、ニヤニヤしながら山田に話しかけてきた。

「いやまあ、ちょっと相談に乗ってやってるだけよ」


「かあー!相談に乗ってやってるだあ!またまたあ!」

「もうデキてんじゃねえのか?ええおい!」

「そ、そんなじゃねえよ!ったく!」

山田は否定するが、リーゼント・ポンパドール達は囃し立てる。


「取られちまったのは悔しいけどよ、でも、それが金髪ロングの姉御の気持ちだってんなら、俺達も受け入れねえとな」

「そうだな。おい、山田!俺たちの分まで気持ちを伝えってくれよな!」

リーゼント・ポンパドール達は口々に山田を応援する声を掛ける。


「いや、まあ、その……」

山田は返答に困る。というのも、噂が独り歩きしているだけで、山田と金髪ロングは付き合っているわけではないのだ。


(そもそも俺には三つ編みおさげさんっていう心に決めた人が……ええい!)

「ちょっくら出かけてくるぜ!」

山田はひとりで立ち上がり、ある場所に向かった。


(こういうときには三つ編みおさげさんの笑顔を見るに限るぜ!)

山田は三つ編みおさげのいる学校に向かった。だが、その道中で足がピタリと止まる。

(ん?あれは三つ編みおさげさんと……あのときの角刈り2人!)


山田の目に止まったのは、三つ編みおさげが、2人の体格の良い角刈りに挟まれて裏路地へと入っていく様子だった。

(角刈り2人は怖いけど……それ以上に三つ編みおさげさんが怖い目に合うのは許せねえ!)

山田は3人を尾行した!


――――――――――


……山田が尾行した先、2人の角刈りと三つ編みおさげは、街外れの倉庫に入っていった。

「なんだあそこは……?」

3人が倉庫に入って少し間をおいて、山田は倉庫に近づき耳を傾けた。


「ったくよお!おめーらがぼんやりしてっから、尾行の一つもまともにできやしねえんじゃねーか!ええ!?」

「すんません!」

「申し訳ねえです!」

倉庫の中からは、女の怒声と、男たちの許しを請う声が聞こえる。


(ん?どういうことだ?)

山田の見立てでは、三つ編みおさげが角刈りの男どもに連れ去られている想定だった。だが、なにやら様子がおかしい。


「それにしても、金髪ロングのやつ、私に差し置いてコスチェン利用1位になりやがって、気に入らねえんだよ。ったくよお。お前らもそう思うだろ?」

「「はい!」」

角刈り2人が息の揃った返事をする。


(三つ編みおさげさんが、まさか?)

山田は動揺し、数歩後ろに下がった。そのとき、立てかけてあった鉄パイプの束を倒してしまった!


ガシャン!!

「なんだ!」

「誰かいるぞ!」


(しまった!)

山田も気がつくが、時すでに遅し。倉庫の扉が開き、2人の角刈りが現れた。

「お前、ちょいとツラ貸して貰おうか」


――――――――――


……山田は、二人の角刈りにそれぞれ両腕を抑えられ、膝をつかされる体勢になっていた。

「アンタが私を覗いてたネズミっていうわけね」

三つ編みおさげは、いつもは見せないような加虐的な目で山田を見る。


「三つ編みおさげさん、あんたもしかして……」

山田の言葉に、三つ編みおさげが吹っ切れる。

「アハハ!そうよ!いつものおしとやかな姿は演じているだけ。これが本当の私。人は見かけによらないってこと」


三つ編みおさげも、山田と同じく、見た目とは裏腹の性格を持っていた。その性格とは、『おしとやかな読書家の皮を被った意地悪』という姿だ。

「せっかくだから聞いてくれる?最近、ウチの店でいい気になってるやつがいるのよ。金髪ロングっていうんだけど」


「金髪ロング?」

「そうそう。あの娘、元ヤンだっていうのに、いまじゃ可愛いコスプレ衣装で売れっ子なのよ。……許せなくない?ずっと前からコスプレを支えてきた私達を差し置いてさあ!」


「ってことはこの角刈り達も……」

「そうよ。最近アイツの様子がおかしいから、コイツら使って弱みを握ってやろうと思ったわけ。それなのに尾行のひとつもまともにできやしない」

「すみません」

「面目ねえです」

角刈り達はしょんぼりする。


「ま、丁度いいわ。コイツに直接聞けば良いんだから」

三つ編みおさげはしゃがみ込み、山田に顔を近づける。

「アンタ、金髪ロングの秘密、知ってるんでしょ?」


「う!」

「その顔、やっぱりなにか知ってるね」

山田は隠そうとしたが、表情には出てしまう。


「知ってたって言うもんかよ!」

「ふーん。それじゃあ、体に聞いてみようか。オマエら、やっちまいな」

「「へい!」」

「……くっ!」

山田は歯を食いしばった。


――――――――――


……どれくらい時間が立っただろうか。山田は殴られてボロボロになっていた。

「そろそろ喋っちまったらどうなんだ?」

「だ、誰が、話すかよ……」


見かねた三つ編みおさげが山田に言葉をかける。

「ねえアンタ、そんなにアイツが大事だっての?もしかして、付き合ってるってわけ?」

「そんなんじゃねえよ」

「だったら、とっとと喋っちまいなよ。もう殴られたくないでしょ?」


「そりゃあ、殴られんのは痛えし怖えよ。……だけどな、金髪ロングさんは頑張ってるんだよ!いつもと違った自分になろうとして、いっぱい努力してるんだ!そんな努力を、俺がダメにしちゃいけねえだろが!!」


いつもと違った自分、その言葉を聞いた三つ編みおさげの拳が震える。

「ぐっ……。私だって、私だってなあ!」

三つ編みおさげが腕を振り上げた、その時だ。


「アンタだって、なんなんだい?」


倉庫の扉が開き、そこに立っていたのは。

「金髪ロングさん……」

「おう、探したぞ。リーゼント」


「金髪ロング……なんでここが!」

「あ?約束の時間になってもリーゼントが来ねえからよ。リーゼント達に探させたんだよ」

「山田を返せオラァ!」

金髪ロングの後ろから、何人かのリーゼント・ポンパドール達が倉庫に突入し、角刈り達をぶっ飛ばす!

「「ぐわぁ!」」


「おい!山田!大丈夫か?」

仲間のリーゼント・ポンパドール達に支えられ、山田はなんとか立ち上がった。

「ああ、どうにか……」


「山田をこんなボロボロになるまで殴りやがって。こいつらどうしてやろうか」

「女だからって容赦はしねえぞ……」

リーゼント・ポンパドール達が殺気立つ。角刈り達も立ち上がり、ケンカの構えだ。


「アンタ達!ここはアタイに任せてくれないか」

今にも殴り掛かりそうなリーゼント・ポンパドール達を、金髪ロングが声で抑える。

「し、しかし……」

「俺たちにもメンツってもんが」


「いや、ここは金髪ロングさんに任せるんだ」

今にも倒れそうな山田が、やっとのことで声を出す。本人がそういうのならば仕方がない。リーゼント・ポンパドール達は一歩引いた。


金髪ロングはゆっくりと歩き、三つ編みおさげの前に立ち、睨む。

「それで、どうしようっての?」

「アンタも、アタイと同じだね」


「は?」

「アタイはヤンキー女のカツラとして作られた。だけど今は、違う使われ方をしてる。今までのアタイじゃダメになっちまったから、どうにかして自分を作ろうとしてる」

「それがなに?」


「アンタも作ってるんだろ?カツラを使う人に合わせた自分を」

「う!!……確かにそうさ。三つ編みおさげといえば清楚で可憐で可愛いってのが使う人の期待だ。だけど、本当の私は全然そんなんじゃない。意地悪で根暗で腹黒で……」


「だからって、アタイはともかく、他の店のやつらに手を上げるような真似は褒められたもんじゃないね!」

パンッ!

「ヒッ!」

金髪ロングに平手打ちされ、三つ編みおさげは数歩後ろに下がり、へたり込む。


「自分を変えようとすんじゃなくて、自分の持ち味を活かして見るんだね。アンタはアタイと違って、そのままでも十分さ」

金髪ロングは振り返り、その場を立ち去ろうとする。


「待て!アンタなんかに私の何が分かるってんだ!」

三つ編みおさげが立ち上がり、金髪ロングに殴りかかろうとしたその時だ。

「あ……!」

三つ編みおさげがフラついて倒れ、背後に立てかけられていた鉄パイプの束にぶつかる。このままでは下敷きだ!


「キャアッ!!」

「危ない!」

ガシャアン!!


……三つ編みおさげがギュッと閉じていた目を開く。その目に写っていたのは、自分に覆いかぶさり、鉄パイプの束を背中で支える金髪ロングだった。

「なんで私を……?」

「決まってるだろ。同じ店のモン同士、助け合わなくちゃいけないだろううが。それに……」


「それに?」

「アタイは知ってるんだよ。アンタの持ち味。今だって、結構可愛いぞ」

「な!か、かわ……!!」

三つ編みおさげは突然の言葉に恥ずかしくなり、顔を覆い隠す。


「姉御!大丈夫ですか!?」

リーゼント・ポンパドール達と角刈り達が協力して、鉄パイプをどける。幸い、二人にほとんど怪我はなかった。


立ち上がった三つ編みおさげは、角刈り達を呼び寄せる。

「アンタ達、あのリーゼントと金髪ロングのこと、見てやってよね」

「へい!」

「お安い御用で!」


「もう二度とこんなことはしないから」

三つ編みおさげはリーゼントと金髪ロングに対して言うと、ひとり倉庫をあとにした。


――――――――――


数日後。

「この前は災難だったな、山田」

リーゼント・ポンパドール達の集まりに、元気になった山田が合流する。

「いやあ、あの角刈り達、なかなか腕のいいやつだったぜ」


ヘアピープルは、傷ついたとしても、髪を整えれば体は癒える。あの角刈り達は理髪店のカットモデルであり、髪を整える腕は抜群だった。

「ありがとうございます」

「あれだけで罪滅ぼしってわけにゃあいきませんから、アニキの舎弟にならせてもらってます」

「舎弟っていうなよ。もう仲間だろ?」


「仲間だなんてとんでもねえ!」

「兄貴みてえな仲間思いでガッツのある人は他にいませんぜ!」

あの後、角刈り達は、なんだなんだでリーゼント・ポンパドール達と一緒に過ごすことが多くなった。というよりも、2人が勝手に山田を兄貴としたってついてきているだけなのだが。


「金髪ロングの姉さんも、ますますキレイになってるしなあ」

「あれ?そういえば山田、今日は会わないのか?」

「ああ、そういやそろそろ時間なんだけど……お、来た来た」


山田が立ち上がると、リーゼント・ポンパドール達の方に向かって歩いてくる金髪ロングの姿が見えた。だが、横にもうひとり、誰かがいる。

「ゲーッ!あれは三つ編みおさげ!」

「あいつ何しに来やがった!」

リーゼント・ポンパドール達がざわつく。


「よう、山田。今日もちょいとツラ貸せ」

「お、おう。俺は別にいいけどよ。その、そいつは……?」

「ああ、三つ編みおさげか。この前の事があってから、アタイについてきて学ぶんだなんて言ってさ」


「ねーさんに一生ついていきますよ!えへへ」

三つ編みおさげが、金髪ロングの腕に抱きつく。

「まあ、こういうわけなんだよね。参ったよ全く、もう……」


「照れる金髪ロングさんも、可愛いっすね」

「アンタまで何言ってんだい!もう!」

「いや、別にそういうわけじゃなくって、ハハハ……」


笑ってごまかす山田を、三つ編みおさげが睨む。

「じー……」

「な、なんだよ?」


「ねーさんは渡さないんだからね!」

「だ、誰がそんな……」

「おいおい山田、ライバル登場だな」

「だからそんなんじゃねーっつーの!」

山田と金髪ロング、三つ編みおさげの3人を、リーゼント・ポンパドール達が囃し立てる。



ヘアワールドへようこそ!

『リーゼント・ポンパドール・山田』

おわり

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