エピローグ

「――ということを、そこに載っている資料から、見てくれればいいわけです」

 全校生徒が体育館の中で、先生の言葉通り静かに資料を見ている。

「ごめんなさい。昨日、休んだりして……」

 隣に座っている小島が小声で話しかけてきた。

「何もかも、押しつけたみたいになって……。これじゃあ、生徒会長のことを言えないわね」

「いえ。でも、最後は僕は何もしてないんです」

「え? どういうこ――」

「これで集会は終わりますが、何か先生方からありますか?」

 突然、小島の左側に座っていた宇都宮が立ち上がった。

「すいません、先生、いいですか?」

「ああ。生徒会長から何か、言うことがあるらしいです」

 先生からコードレスマイクを受け取り、彼はステージの中央ほどの所へと歩いた。そして、全校生徒を見渡しながら、口を開く。

「全校生徒の皆さん、一つだけ、言っておきたいことがあります。その皆さんの持っている資料は我々、生徒会が作った物です」

 宇都宮はいつものような間延びした口調ではなく、しっかりとした、張りのある喋り方をしている。久野はこんな彼を見るのは二度目である。最初に見たのは、四ヶ月前の新入生歓迎の時だ。

「特に、そこに座っている副会長の小島さん、書記長の久野君を代表として、本当によく頑張ってくれました」

 生徒の視線が宇都宮から離れ、小島・久野に注がれる。

「彼女らが頑張ってくれるからこそ、僕は生徒会長という仕事に安心して専念できるのです。そして、この学校の改善などに全力で取り組めるのです」

 久野はやっと宇都宮の事が少し理解できた。彼は他人に努力や苦労を見せるのを嫌っているのだろう。そして、その努力なども自分のためでなく、他人のためなのだろうと思った。

「皆さん、どうかその資料を作った生徒会役員に、拍手をお願いします」

 ほとんどの生徒から、大きな拍手が送られてきた。久野は初めて味わう充実感と満足感に、何故か照れ臭く思ってしまった。


 生徒会室に入ると、先ほその表情は何処へやら、弛みきった表情の宇都宮が椅子に座っていた。

「あの、生徒会長」

 呼ぶと、普段通りの様子で宇都宮は顔を向ける。今朝のことを切り出そうとすると、後ろから小島が入ってきた。

「生徒会長」

「はい」

 小島は一気に彼の側まで詰め寄ると、彼女もまた、聞き慣れた不機嫌な声で呼んだ。気の抜けそうな声で宇都宮も返事をする。

「あのようなことを仰るのでしたら――」

 更に不機嫌さが増した声になった。

「……ふふっ、ちゃんとここにいてください」

 小島は表情を崩し、笑顔でそう言った。

「はい」

 宇都宮はただ、いつものように答えるだけである。

「今、お茶煎れますね」

 冊子やなんかのことを問いただそうかと思ったが、きっとはぐらかされてしまうと思い、久野は自分の胸にしまい込んだ。

「あ、でも、お茶菓子はだめですよ……生徒会長っ!!」

 今日もまた、いつもの声が生徒会室に響いた……。

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ミッション・エスケープ! 葵 一 @aoihajime

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