そして~モデルの地へ僕は降り立つ
駅に降り立つと、北陸特有の空気に全身が包まれる。
「やっぱり……無謀だったかな~」
水の街として昔から栄えたこの地方を誇るような駅前で肩を落とす。
「人気を舐めてたな~、さすがに隣の市まで宿が埋まっているとは……」
出発の時にかいていた冷や汗はいまや別の理由へとスライドしていた。
携帯の画面には満室の文字が溢れかえっている。
出発の二時間前まで悩み、勢いのまま飛び出したので宿の予約を取るのを忘れていた事に気づいたのは新幹線が富山に入った時のことだった。
「まあ仕方ない……今日は漫画喫茶に泊まることになるのか~」
言葉とは裏腹に顔はにやけていた。
噴水広場のバス乗り場にはすでに長蛇の列ができている。
同じ目的を持った人間が多いということはどうしてこう嬉しくなってしまうのだろう。
ベルトコンベアに運ばれるかのように人々はバスに運ばれていく。 その嬉しさをかみ締めて僕は立ち上がり、その列へと並……ぼうとして立ち止まる。
はて、切符? チケット? はどこで買うんだろうか?
首都圏ギリギリに住んでいるので電車は比較的利用するが、バスに乗ることはほとんどない。
というかここ二十年くらい乗った気がしない。
仕方なく駅員に聞いてみると乗務員がチケットを売っているというので並ぶ。
その間にも僕の後ろには人が並び続けていく。
まるで旧ソ連のスーパーのようだ。
小学生の頃の社会科の資料集に載っていた写真を思い出した。
バスは途中で乗り込む人はいても降りる人間はほとんどいない。
最初から最後まで脅威の乗車率百二十パーセントを超えていて、満員電車で慣れた僕にとってはむしろ心地よい。
まるで訓練された兵士のようにバスの中で『仲間達』は無言だった。 むしろ今回のことを知らない地元の人達の方が驚いてあちこちで話をしている。
ふと疑問に思った地元の方が『仲間』の一人に声をかける。
それから始まる交流……。 無邪気な情熱と人のつながり……。
微笑ましい気持ちと共に、これから始まる祭りへの期待が嫌でもあがってしまう。
そう、一年前から始まった古式の祭りのことを……。
バスから降りると懐かしい気持ちになった。
この場所に来たのは初めてだというのに……。 それでもそんな気持ちになってしまう。
アニメでデフォルメされていたとはいえ、何度も見た景色が目の前に存在しているのだからそれもしょうがない。
素朴な街並と世界……そう、そこは作品の中だったんだ。
すでに仲間達はそれぞれの目的地へと複数の列を作り動いている。
それは関連商品売り場だったり、オープニングテーマを担当しているバンドのライブ会場とか、はたまたこの温泉街をリアルに体験して自身を作品と同一視しようとしたりとか。
僕はというと、とりあえず適当にその列の中に入りこんで、流れに身を任せている。
さすがに限定グッズを買うほどには資金は潤沢ではないのだ。 この場に立てたことだけで今回は由としよう。 そしてもし、来年があるというのならもう少しへそくりをためておかないといけないだろう。
とりあえずはゆっくりとこの村を散策するとしよう。
アニメで出てきた橋を、宿を、建物を、見ながら頭の中で反芻してもいいし、普段は静かなこの温泉街に集まった仲間達と祭りの雰囲気を分かち合ってもいい。
なんだったら温泉に入って、文字通り『裸の付き合い』も悪くないかも。
ああ神社に奉納する絵馬を買って願いを書き込むのも悪くないかもしれない。
いずれにしても参加することに意義があるのだから、劇中の登場人物のようにぼんぼってみるとしようかな?
まあとりあえずは思うままに動くとしようか。
次話 『沈殿した何かを吹き飛ばす音』
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