沈殿した何かを吹き飛ばす音
時刻は午後三時。 唐突に会場のスピーカのスイッチが入った音が響いた。
僕はというと紅しょうがと青海苔でハート型に飾り立てられた焼きそばを食べていた。
ガガッ……ブーン! という機械的な反響音が温泉街に響きわたっていく。
普段ならば雑音と思って眉をしかめてしまうような音も、この会場の中ではそれもノスタルジックな思い出として心に染み渡る。
「今から○○小学校で○○のライブを始めます。観覧希望者は○○小学校校庭へお集まりください」
……へ~、行ってみようかな?
唇と前歯に青海苔をたっぷり貼り付けた中年に差し掛かったアラサーは立ち上がった。
会場の小学校がどこにあるのかはすぐにわかった。 というより慣れたすし詰め状態のバスで目の前を通りかかっていたからだ。
また仮にわからなかったとしても迷うことはなかったろう。 なぜなら会場へと向かう人々がまるで夜の山道を照らす灯りのように連なっていて、それに沿っていけばおのずと目的地へとつくことが出来る。
会場にはすでにギッシリと人々で埋め尽くされていた。
それでも遠くに見えるグッズ商品を買おうとする列が会場の外周を二週しているところを見るとほんの一部なんだろう。
あらためてこの祭りの参加者に目を丸くしてしまう。
校庭の隅にあるジャングルジムに昇り、そのときを待つ。 まるで小学生の頃に戻ったかのようにわけのわからない期待に胸が高まっている。
そういえば、ライブなんて見るの初めてだな~。
まだまだ夏の残骸を残していた関東の風と違い、北陸に吹く夕方の空気は実りに包まれた香りがしている。
その中でざわざわと嬉しそうに雑談を交わす人々とガタガタと楽しそうに準備をするスタッフ達との対比が楽しくさせる。
やがて準備を終えたのか、バンドメンバー達がステージに姿を表す。
嵐のような熱狂はなく、淡々とした空気が流れる。
それは必ずしもここにいる人間全員がこのバンドのファンというわけではなく、アニメのファンばかりだということを示してはいる。
とはいってもオープニングテーマを担当している以上はこの場にいる全員は知っているわけで……演奏するバンドにとってはどんな感じなんだろうね、この空気は……。
そこまで考えたところでふっと自分がこの状況に近いことを経験していることを思い出した。
ああ、新商品のプレゼン発表会だ。 まあ、自分達の好きなことをやっているのと生活のために仕方なくしていることでは意味合いが全く違うものだろうけどさ。
そのときに戻って胃をきゅっとさせてると……唐突にギターのリフが耳に飛びこんでくる。
いかん……演奏が始まってた!
無駄なネガティブ思考でライブのオープニングを聞き逃すなんて本当にびっくりするlくらい論外だ……。
瞬間、打ち抜かれるような衝撃に全身を打ち抜かれた。
始まりを告げるような低音ベースの一音の後に、流れるようなリフ、そして遅れてやってくるリズム隊の分厚い音圧に流されそうになる。
「すげえ……」
思わず漏れた一言が全てだった。 日頃から心にも無い追従を言いなれているからこそ、感動したときに口から出る言葉はシンプルだ。
もちろん僕には音楽の素養も知識も無い、ただ音を楽しむだけしか出来ない。
反響する物の無い屋外のステージでは音はどこまでも響き続け、ただただ内臓を心地よく透過していく。
自分の中の凝り固まった何かまで崩していくような気持ちのよいライブだった。
ライブが終わり、客の帰った校庭はガランとしている。 そして俺の心も……。
だがそれは悪い意味ではない。 良くも悪くも心に風穴を開けられたんだ。
どこか懐かしくも感じる小学校の校庭に吹く風が涼しく心地よい。
その心地よさは正に『心の地』に良い。
降り注ぐ世知辛い『何か』が心の底で澱のように沈殿していたことに気づかせてくれる。
身体以上に心が軽くなっている。
さてとこの軽やかな気分で次はどこへ行こうか?
そこまで考えたところで小さな歓声が聞こえた。
振り返ると幾十人もの声が体育館越しに響く。
ああ、そうか……トークショーが始まるのか。
行きの新幹線の中で知ったことだが、声優さんのトークショーがあるらしい。
あらかじめ応募されていたもので当日に急遽来ることを決意した自分では参加することは出来ないものだったが、一定の間隔であがる喜びの声に思わず胸に手を当てる。
仕方ないことではあるけれど……やはり観覧したかったな~。
少しずつそこから離れながら、もしも来年がまたあるのなら参加しよう。
こんどこそ……絶対に……。
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