『そして願いは燃え上がり、夜空へ飛び立った』

 奥座敷と言われる山間の地はすっかりと暗くなっている。


 僕の住む関東と違い、すっかりと秋へと進んでいるこの場所では夜の香りにはもう『冬』が混じりはじめていた。


 主人公達の働く場所のモデルとなった旅館。 残念ながらすでに廃業し、そしてその建物もすでに存在せず跡地は綺麗に整地された公園となっていた。


 心の沈殿物を払拭してもらった後、高台に位置するその場。 そこに作られた東屋に座りながら沈む夕日を見送る。


「思えば遠くへ来たものだな~」

  

 どこかで聞いたようなフレーズを口ずさんでしまう。 

 

 それを言ってしまったあとで急に恥ずかしくなって辺りを見渡すが、一人で来ているしがないオッサンの呟きなど誰も気づかなかったようで数人の男女が来て良かったねと言い合っている。

 

 そして彼らと違う意味で良かったのは薄暗いこの場所ではやや赤面しているオジサンの顔色に気づかれることはないことだ。


 メインストリート(とはいっても実質一本しかないが)に灯る店の明かりや雪洞が優しく『灯線』を形作っている。


 これを見れただけでもこの地に来て良かったかもしれない。


 都会に住んでいると忘れてしまうが、夜は暗い。


 別段暗闇が好きというわけではないけれど、光に溢れたあの場所から離れてみると夜の闇さえ愛おしい。


 それは高揚してるからだろうか? それとも忘れていた夜の静謐に気づいたからだろうか?


 時刻は19時45分。 そろそろ本番だ。


 やや急な坂を慎重に降りていく。 沿道には驚くほどに人が溢れている。


 着いた時でさえ店や旅館の数に対して多いなと言う印象を受けたが、今はそれすら比較にならない。


 街灯。 軒先。 出窓。 いくつもの淡い光が人々を照らす。


 それらを見ながらアニメのイベントとしてではなく祭りとしての成功を予感させる。


 なぜなら沿道を歩く人々は様々な年代で溢れていたからだ。


 自分と同じ匂いのする若い男、おっさん。 それだけではない。 カップル に若夫婦、子供づれ、老夫婦、意外なところではチェケラ!風な格好をした若者さえいる。


 さすがにこの場にいる人間全員がアニメを見たわけではないだろう。 もしかしたらとりあえず来てみたという人もいるだろう。 

 

 それでもいい。 


 大事なことは知ってて来るのではなく、知らなくても来ることが大事だ。


 人間は本当に良いと思ったものにしか金を出さない。


 そしてこの中の一部はそう思ったのであり、また一部はそう思うだろう。


 その比率が高ければこの最新の古式ゆかりの祭りは続いてくだろう。


 そして僕もそれを見守っていこうと思う。


 人々の願いを込めた木札が溜め込まれた樽とそれを引き連れる神の使いに模した少女達を見送りながら恥ずかしながらそう思えた。

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