『繁華街の中心で宿と叫ぶ』

  

 心温まる触れ合いと始まったばかりの『神事』を天は守ってくれたようだが、どうやら僕のことまでは範疇外だったらしい。


 ホッコリと心を暖め、来年もここに来ることを誓った僕は反比例するかのような冷たい雨の中で身体を冷やしながら街を彷徨っていた。


 宿の空きがない。 そしてそれに順ずる施設もない。 


 今日は漫画喫茶で我慢しようという僕の思い上がりは、駅周辺を一時間放浪した時点で愚かだったと思い知らされた。


 まったくの計算外だ。


 そして生来の物事をよく考えない性格もあり、状況は好転の兆しも見せない。


 活動限界を向かえて沈黙した携帯電話をむなしく握り締める。


 自力での探索を諦め、コンビニで漫画喫茶の場所を問いかけると帰ってきた答えはここから三十分程かかると言われた。


 仕方ない……道を教えてくれたお礼と必要に請われて半透明のビニール傘をその店で購入したあとに僕はトボトボと言われた道を歩く。


 駅の西側から内部をとおり、東側へと出る。


 そして同じ場所を目指した『仲間達』が新しい交わりを楽しんでいるのを背中に僕は薄暗い道を進んでいく。


 おかしいと思い始めた時には雨が止んでいた。


 ズボンの裾はすでに絞れるほどに濡れている。 


 出発してからすでに一時間……目的地であるマンガ喫茶どころか通行人にすら出会わない。 


まだ時刻は明日にもなっていない時間帯というのに街は眠りこんでいるように見える。


 件の店は確か繁華街にあるはずなのだけれど……。


 これだけ歩いても見つからないというのならどこかで道を間違えたということを認めざるをえないようだ。


 やはりさっきの商店街のところで道を間違えたんだろう。


 日本海に面するこの県の海産物を取り扱う通りの中を無理して通ることはなかっただろうか?


 せっかく北陸に来たというのに何も名産を食べないで帰るというのも寂しいな……なんて考えなければよかった。


 もうおっさんと言われてもいいような年齢だというのにノリで行動する癖は本当に直さなければないと一人反省したところで、休憩をかねてバス停のベンチに腰掛ける。


 繁華街というのだからメジャーの観光名所の近くに位置しているはずだ。 


 根拠のない予想を希望に、僕はかつてこの地を支配していた大名の城跡を目指して歩くことにしていた。 


 雨は止み、涼しい風がすでに一時間半は歩いて火照った身体を冷やしてくれる。 冷えすぎて風邪をひきそうなくらいだ。


 疲労でうなだれた自分を鼓舞するようにビニール傘の先をコンクリートの地面で叩く。 


 カツンという心地よく響く音が妙に心地よい。


 薄暗い街中で一人で彷徨っているというこの状況に少しだけ涙が出そうになるのをなんとか堪えることができた。


 ふと目の前を酔っ払いがフラフラと通り過ぎていく。


 会社帰りなのだろうか、仲間達と楽しそうに談笑しながら大声ではしゃいでいて全くうらやましい。


 どうやら酒を飲んでいない一人が仲間達を車で送るようだ。 


 ……まてよ? 酔客が居るという事は飲み屋があるということだ。


 また城近くの駐車場に徒歩で向かっていることは酒を飲む場所が徒歩圏内に存在することも表している。


 ……どうやら予測は当たったようだね。 


 帰りのバス以来の笑みを浮かべて棒になった足をもう一度奮い立たせ立ち上がった。

 



 僕は正しかった。 関東のそこそこの都市に住んでいる僕にとっては駅近く以外に繁華街があるということには思い至ることがなかったのだ。


 だが正しかったのはそこまでだ。 行き交う人々を掻き分けて、足を引きずりながらたどり着いたマンガ喫茶には僕の座る席などなかった。


 つまり満員だ。 冷たく突き放すような店員の視線に射抜かれて絶望して外に出る。


 雨は止んでいたが、心の中はどしゃ降り。 疲れと涙と絶望がとめどなく降り注いで溺れてしまいそう。


 もう終わりだ。 時刻はやっと昨日から今日になった時間、いまさら他のマンガ喫茶を探す気力もない。 だからといって身体を休ませるところだってない。


 呆然とした顔で通りを彷徨う。 風に吹き飛ばされるかのようにフラフラと……。


 やはりこれは天罰だったんだろうか?


 妻子を騙し、家庭サービスを怠ったことは間違いだった?


 夫は愛する妻と子供のためにだけ生き続けなければならない?


 それが正しいのか? 俺はただのエゴイストなのか?


 全身を乳酸に蝕まれ、それらが脳髄にまで侵食していくのを感じる。


 街角に立つ風俗や中国人のうざったい呼び込みも何度も同じ道を往復し続けるのを見てもう声をかけることすらしない。 


 誰にともなくつぶやく。


『教えてくれ……俺は朝までこのまま彷徨い続けることしかできないのか?』


 もはや我ながら頭が壊れ始めている。


 ここまで壊れたのは二日間、薄暗い倉庫でダンボールの箱を一人で積み上げた時以来だ。


 足を引きずりながら、何往復しただろうか?


 ふと店の中から出た集団とぶつかりそうになり身体をひねったところであるものに気づく。


 その店はカラオケボックスで、カウンターの店員達が忙しそうに動き回っている。


 だが大事なことはそこじゃない。


 カウンターの数メートル前、そこに鎮座している一瞬、コイン式の電話に見えたそれには充電という文字が見えた。


 携帯電話充電器。


 青色の外観にパスワード用のナンバーボタンが施されたボックスに惹かれるように僕はその前に立つ。


 奇跡を見たかのように涙が滲んでくる。


 状況は相変わらずひどい状態だけれど、少しは希望が見えてきたのだからしょうがない。


 そうなると現金なもので、硬貨を投入し、プラスチックの扉を閉めたときには晴れ晴れとした気分で屋外へと踊りでた。


 充電終了まであと一時間……さて? 何をしようか?


 濡れたズボンも服も乾いた。 雨が振らないことも確信した。


 そして僕はいま未知の街に降りたっているのだ。


 それじゃ歩きだそう。


 後ろ向きに悔いる心はもうすでに……無くなっていた。



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