第34話
花の広場には、すぐについた。
辺りを見回し、ユウを探す。
「ユウ…ユウ…。」
あたしの視線が、吸い込まれるように一点を見つめた。
足が崩れ落ちそうになるのを必死で堪え、その一点に向かってダッシュする。
ぶつかりそうになるすんでのところで急停止し、ユウの目の前に立った。
触った瞬間にユウが消えてしまったら?
目の前にユウがいるのに、抱きつくこともできず、ただ涙がどっと溢れだす。我慢できず、号泣になってしまう。
「花梨…。」
ユウが、ギュッと抱きしめてくれた。
その感触、体温、匂い、全部がユウだった。
あたしもユウを抱き締める。
ユウだ!ユウだ!ユウだ!
お互いに泣きながら強く抱き合い、その存在を確認する。
「あのよ、邪魔するようで悪いんだが、そろそろ離れてみねえか?見物人が集まってるんだがよ。」
そんなあたし達の後ろから、言いにくそうに、ホランが頭をボリボリかきながら声をかけてきた。
「ホラン、ホントに邪魔!誰が見てたって構わないわ!あたしのユウに、やっと会えたのよ。」
「まあ、確かに場所を代えたほうがいいかもな。ユウ、もう歩けるか?」
ユウの知り合いだろうか?長身で端正な顔の獸人の青年が、ユウに話しかける。
「怪我したの?」
あたしは、しゃがみこんでユウの足を確認する。
「違うんだ。その…、花梨がいるなんて思わなかったものだから、あんまりにびっくりして、腰抜けちゃって。」
ユウが、照れたように笑う。
「ユウらしい。なんか安心するわ。」
あたしはホッとして立ち上がり、ユウの手を握った。
すると、ユウの後ろにいた獸人の女の子が、ニコニコ笑いながら手を差し出してきた。
「あたしはライカ、ユウの友達だよ。こっちのはウルホフ。同じ村の出身よ。他にもいっぱいいるんだ。」
あたしは、ライカと名乗った女の子と握手を交わし、自己紹介をした。ついでにホラン達のも。
「あたしは花梨。このばかでかいのはホラン、その横の小さいのはポー。二人は兄弟なの。あたしの…、旅の連れね。勝手についてきたの。」
「勝手についてきたはねえだろ。ほんと、場所代えようぜ。見せ物になった気分だ。」
ホランは、うんざりしたふうに周りを顎で指した。
確かに、人だかりができており、市場の人々が口々にユウに再開できたことを祝福してくれている。
とりあえず、あたし達はユウの宿屋に場所を代えた。
宿屋の食堂には、ライカとウルホフ以外に沢山のユウの知り合いの獸人がいて、お互いに自己紹介した。
ライオネル国親衛隊のドギー、ソロ、クロー、ボア、キャシイ。それから、ユウが流れついた村出身のライカ、ウルホフ、プーシャ、ラビー。そしてユウの総勢十人で、ライオネル国から隣国のザイールまで旅をしてきたということだ。
驚いたことに、妖魔を倒した親衛隊というのは彼らで、ユウ達は他にも妖魔と戦ったりしたようだ。
そして、彼らは悪しき黒き者?とかいう妖魔を生み出す元凶を倒すため、誰かを探してこの国まできたらしい。
そんなような話しを、親衛隊の人達やポーが話していたが、あたしはほとんど聞いていなかった。
だって、目の前にはユウがいるんだもん。
妖魔なんて見たことなかったし、よくわからない悪者なんか知らない。怪我もなく、病気でもなく、元気なユウが目の前にいて、触れることができる。
幸せ過ぎて、頭の中にピンクの靄がかかっているようだ。
ユウだけを見て、手を握って、そんな幸せをかみしめているとき、ホランとポーがあたしの名前を呼んだ。そして、その場の全ての人の視線があたしに集まる。
「えっ?なに?」
あたしは初めて、みんなが会話していたことに気づく。
「花梨、こっちの世界にきてから、不思議な力を使えるようになった?魔法みたいな。」
ユウが、少し困ったように、あたしの顔を覗き込みながら聞いた。
「ええ、目の前が赤くなって、そうすると物を重くしたり軽くしたりできるみたいね。重力を操る感じかしら?ユウもなにかできるようになったの?」
「ボクは全然…。」
「ユウは精霊使いの能力があるじゃない。」
ライカが口を挟む。
「そんな…。ただ、友達になっただけだよ。彼らがボクを助けてくれてるんだ。ボクの力なんかじゃないさ。 」
ユウは、謙遜しているわけではなく、本当にそう思っているようだ。
ユウらしい。
「精霊使い?凄いじゃない!」
その力で、あたしとユウが水瓶で繋がったってわけね。素敵な力じゃない!
「花梨さん、もし本当にその力があなたにあるなら…。」
ドギーが言うと、ムッとしたようにホランが返した。
「疑ってるのか?!花梨、いっちょやってやれよ!」
やってやれよって、見せ物じゃないんだけど!
あたしは少しイラッとしたけど、今はすこぶる気分がいいから、笑顔で応じる。
ユウ以外、あんた達もね。
あたしは目が赤くなるのを感じた。
「おい!俺らはいいんだよ!」
「花梨姉さん、勘弁してよ!」
ホランとポー、それにユウの知り合い全員が、床や机にへばりつく。
「わかった!わかりました。」
ドギーがジタバタしながら、でも起き上がることもできずに悲鳴を上げる。
「すっご!動けないじゃん。」
ライカはなぜか楽しそうだ。
あたしが力を解くと、みな腕をまわしたり、首をまわしたりしながら、身体が動くことを確認する。
「凄いね!あんた、強いじゃん。」
ライカは、小さな子供が興味のある物を見つけた時のように、目を開きキラキラさせて、あたしの腕をバンバン叩いた。
「花梨は、剣術や体術も強いぜ。俺は盗賊の頭領をやってたんだが、花梨の強さに心酔して、舎弟にしてもらったんだ。」
ホランの奴、余計なことを…。
あたしは、ギロッとホランをにらむ。
「花梨は、剣道や合気道をやっていたからね。」
ユウが、自分のことのように誇らしそうに言う。
「おまえも強いのか?」
「まさか!ボクは全然。」
ホランに聞かれ、ユウはとんでもないと手を振る。
「ユウはいいのよ。なにかあれば、あたしが守ってあげるから。」
「花梨さん、あなたの力はわかりました。ぜひ、僕達に力を貸していただきたい。」
ドギーが頭を下げると、親衛隊の人達も揃って頭を下げる。
「やだ!やめてよ。あたしは、ユウの行くところならどこだって行くし、逆にユウの行かないとこは行かない。それだけよ。」
「花梨、ボクからも頼むよ。ボクが、この世界に来て、今までやってこれたのは、ライオネルのみんながいたからなんだ。ボクは、彼らにいとぱいよくしてもらったんだよ。」
ユウまで頭を下げようとするのを見て、せつなくなってユウの首に抱きつく。
この子ったら、あたしがユウを助けてくれた人達の頼みを断ると、本気で思っているのかしら?
「わかるわ。あんたが一人で生き残れるほど、この世界は甘くないってこと。生きて、ここまで辿り着けたのは、きっとここにいる人達のおかげね。凄く感謝するわ。本当にありがとう。だから、あたしにできることなら、何だってするわよ。ただ一つ、さっきも言ったけど、ユウと離れない。それだけは譲れない。」
相手が誰であったって、あたしがユウを守ってみせる。悪しき黒き者?だから何?ユウと再開できたあたしは最強よ!
実際に、ユウのそばにいると、触れていると、力が流れ込んでくるような、不思議な感じがする。
「そりゃ、ボクもだよ。ありがとう、花梨。」
ユウの手が、そっとあたしの腰に回される。
もう、幸せ!!!!!
幸せ過ぎて、なんでも許せそう。マリア様にだってなれるかも。
「あーッ…、ウウン。とにかく、僕達はちょっと出かける用事があるから。ユウ、ごゆっくり。」
「こんなとこじゃなく、寝室に行ったほうがいい…。」
「このバカ!黙りなさい。」
親衛隊の人達が、押したり引っ張ったりしながら食堂から出ていく。ライカも最後まであたしと喋ろうと食堂に残っていたが、仲間に引っ張られて出ていった。
「ホラン!」
ユウの仲間達がいなくなった食堂に、気のきかないホランとポーが残っていたので、ギロッとにらみながら、でてけ!と眼力にこめる。
「あー、はいはい。邪魔しねえって。そんじゃ、宿に戻ってるぜ。」
ホランとポーもいなくなり、やっとユウと二人っきりになれる。
二人っきりになると、逆に恥ずかしくなり、二人とも赤くなりながら、椅子に座り直した。
なんか興奮し過ぎて、抱きついたり、ベタベタ触ったりし過ぎたかも…。
姉と弟のような家族チックな関係になっちゃうと、異性の雰囲気を出すのが難しくなるから、今まで気を付けてきたのに!
あたしは、仕切り直しとばかりに、咳払いをした。
「花梨は、どうして…、どうやってこの世界に?」
ユウも気恥ずかしいのか、赤い顔のまま話しを振ってくる。
「あんたを追いかけてに決まっているじゃない。」
「追いかけてって、簡単にこれる場所じゃ…。」
ユウは呆れたように言う。
「バカッ!簡単なわけないでしょ!あんたが消えて、みんなあんたのこと忘れちゃって、写真からも消えて…。」
あたしは、ユウの写真を取り出した。
「ボクのことは、みな忘れてるわけ?」
あたしはうなずく。
「まるで、元からいなかったみたいに。」
「花梨は忘れなかったの?」
「ほんと、バカ!」
あたしは思わず声が大きくなった。
どれだけ、あたしがユウのことだけ考えてきたか?!あたしの生活、ユウ一色なんだから。ユウを忘れたら、あたしの存在まで消えちゃうわよ。
「誰に言ってるのよ。あたしがあんたを忘れるわけないでしょ。」
「ごめん…。」
「わかればいいわよ。で、あんたが消えた場所を調べたり、神隠しについて調べたり。でもわからなくて、行き詰まって。ユウと同じことをすればいいんじゃないかって思ったの。」
「同じことって…。」
ユウが恐る恐る聞く。あたしは胸を張って答えた。
「車の前にダイブしてみたのよ。」
「危ないじゃないか?!」
ユウは、珍しく怒ったように言った。
あたしは、ちょっとドギマギしながらも、開き直ったように胸を張る。
「でも正解だったわ。この世界に来た途端、ユウが消えてしまった写真に、ユウの姿が現れたんだから。で、色々あって、今はユウの前にいる。」
ユウはため息をつき、頭を抱えながらボソッとつぶやいた。
「そんな花梨が好きだったんだよな…。」
余りに小さなつぶやきに、あたしは思わず聞き逃しそうになる。
でも、聞き逃してなんかあげない!
「エッ?!」
ユウは顔を上げ、あたしの顔を不思議そうに見る。
「もう一回言ってみ?」
「ボク、なんか言った?」
ユウは、口に出したつもりはないみたいだ。
でも、ここは掘り下げるとこでしょ!曖昧になんかしてあげない。
「言った!」
あたしは、ユウの衣服をつかんで引き寄せた。
端から見たら、恋の告白ではなくて喧嘩だわね…。
「好きだったって、過去形?!過去なの?!」
「ううん、過去形じゃない、じゃないけど…、ええッ?」
ユウは明らかにパニクっている。
「あたしは、あんたを追っかけてこんな世界にくるくらい、あんたが好き!初めて会ったときから、ずっとずっと…。大好き!」
ほら!
言うのよ!
言いなさい!
ユウの衣服をつかんでいる手に、かなりな力が入る。
「ボクも…。」
「ボクも?」
ユウは、覚悟を決めたように、あたしの手をそって握った。衣服にシワを残し、あたしの手から力が抜ける。
「ボクは…、ずっと前から…、花梨のことが…、大好きだよ。」
ユウの顔が真っ赤で、女の子みたいにはにかんだ表情がたまらなく可愛くて、あたしはユウに抱きつかずにはいられなかった。
飛び付いた勢いで、椅子ごと倒れてしまう。
あたし達は見つめ合い、お互いの距離が近くなり、そして…。
諦めないで良かったーッ!!
ユウとあたしの物語はまだまだ続くけど、それはまた別のお話し…。
幼馴染を追いかけたら、獸人だらけの世界にきちゃいました! 由友ひろ @hta228
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