第33話

 都にきてはや数ヶ月、ユウの情報が入ることなく、そろそろこの国を旅立ち、アインジャ国にでも行こうかと思っていた。

 

 ライオネル国とアインジャ国では、アインジャ国のほうが人間が流れてくる確率が高いみたいだし、次に向かうとしたらアインジャ国だろうと、前から決めてはいた。

 

 それでも、なかなか旅立つことに踏ん切れない。

 もしかしたら、明日、明日になればユウに関する情報が入るかもしれない…、そんな気がしてならなかったから。

 それに最近、妙な気配を身近に感じることがあった。人の視線とも違う、表現しにくかったが、空気に静電気がたまっているような、そんな感じだ。

 ホランやポーに言っても、首を傾げるだけで、理解してもらえなかったが…。

 そんな訳のわからない状態で、なかなか旅立とう!とも思えずにいた。


「ユウ、どこにいるのよ…。」

 あたしは、ユウの写真を取り出して、ベッドの上に寝転びながら見る。

 大切にはしてきたつもりだが、写真は端がボロボロになり、薄汚れていた。

「あたしはここにいるよ…。早く会いたいよ…。」

 

 涙がジンワリ溢れてくる。

 

 ただ、ユウに会いたかった。ユウの声を聞きたかった。ユウに触れたかった。

 こっちの世界にきてから、立て続けに色んなことがあったから、ユウに会えない寂しさを、まぎらわすことができていたけど、最近は単調な生活になりつつあるからか、寂しさが半端ない。特に、一人でいるときは。

 

 そろそろ起きる時間だし、きっとポーはすでに起きてるはず。軽口でも叩いていたほうが、気分も晴れるかもしれない。

 写真をしまうと、重い身体をベッドから起こし、とりあえず涙を洗い流そうと、水瓶のほうへ向かった。

 

 水瓶を覗き込むと、ボンヤリとあたしの顔がうつる。顔を洗おうと、目を閉じて手を水瓶の中に入れようとしたその時…。

 

 あたしの手がピタリと止まる。

 

 頭がおかしくなったのか、あまりにユウのことを想い過ぎて、幻聴まで聞こえるようになってしまったのか!

 ユウの声が聞こえた気がした。

 目を開くと、水瓶の中にあたしの顔ではなく、ユウの顔が映っていた。

「嘘…。」


 幻覚まで?


 あたしは、なにがどうなっているのかわからず、まじまじと水瓶を見つめた。

「花梨、ユウだよ!」

 水の中のユウが喋る。

 

 本物だ! 幻聴でも幻覚でもない!


 あたしは、水瓶を食い入るように見て叫ぶ。

「ユウ!ユウ!なんなの、これ??あなた、どこにいるのよ!」

 思わず水の中のユウに手を伸ばし、ユウの姿が歪んでしまう。

「花梨、水には触らないで。見えなくなっちゃうから。」

「なんで水の中にいるのよ?」

「水の中にいるわけじゃないんだ。これはウィンディが、水の精霊が、ボクと花梨を繋げてくれているんだよ。」

 水の精霊?見たことないけど、よくあたしが間違われる妖精族のことかしら?

「なによそれ!」

 なんのことか、どんな作用で繋がっているのかわからず、つい口について出てしまったが、それはどうでもいいことだと気がつく。

「何だっていいわ。ユウ、あなた無事ね?怪我はしてない?」

「元気だよ。」

 確かに、水の中のユウはやつれてもいなかったし、表情も穏やかそうだった。

「良かった…。無事で、本当に良かった。ユウ、あなたどこにいるの?あたし、そこに行くから。絶対行くから。」


 ここからどれだけ遠くても、居場所さえわかれば、絶対に辿り着いてみせる。


 気合いを入れて、ユウの言葉を聞き逃さないように、耳を澄ませる。

「ボクはザイールって国のマヤって都にいるんだ。」

 

 マヤ?

 マヤって聞こえたけど…。


「なんですって?!あたしもマヤにいるわよ。花の広場わかる?」

 ユウは何か振り向いて喋っている。

「友達がわかるみたいだ。」

「今からそこにきて。あたしも行くから!」

「わかった。すぐ行くから。」

 あたしは着替えもせず、慌てて部屋を飛び出る。食堂をつっきるとき、慌てすぎてホランに激突しそうになり、ホランに抱き止められた。

「どうした?」

 あたしの必死な表情に、ホランは眉を寄せる。ポーも、何事かとあたし達を見ていた。

「いいから、離して!!ユウがいるのよ!花の広場にユウがいるの!」

 ホランを突き飛ばし、宿屋から飛び出た。

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