第32話
そのまま宿屋に帰ると思いきや、次は都の裏路地へ入って行く。市場や表通りとはガラリと雰囲気が変わり、なにやら不穏な空気が流れていた。昼前から呑んだくれて泥酔している者、働きもせずに道端にうずくまっている者、道行く人をなめるように品定めしている者など、とにかく柄が悪い。
「ポー、ここで何するの?」
「怖い?」
「別に。」
ポーは、あたしの横顔をチラッと見て、あたしが本当に怖がっていないことを確認する。
「それなら良かった。ここでは、花梨姉さんに活躍してもらわないとだからね。」
「活躍?」
「ここはね、この街のゴロツキが集まる場所さ。金の鬣が事実上解散になって、その後釜を狙う盗賊団達の根城だ。金の鬣に比べたら雑魚ばかりだけど、とりあえずはここを制圧できれば、アウタム家がロバータ以外の仲介人に頼んだとしても、実行できる奴はいないだろう。」
なるほど、さすがポー!穴がないわ。
「で、いくつくらいあるの?」
「とりあえず、大きいとこは三つ。派手にやってよ。噂が抑制力にもなるから。」
「了解!」
まずは、一番大きい盗賊団黒の鉤爪のアジトに向かった。
全く、金の鬣やら黒の鉤爪やら、恥ずかしくないのかしらね?
ダサすぎるでしょ。
裏路地の一角が全て、その盗賊団の縄張りになっていて、そこに足を踏み入れた途端、数人の獸人に囲まれた。
「おまえら、ここがどこだかわかって入ってきてるんだろうな?」
「兄貴、こっちの女、かなりの上玉だぜ!」
「おまえ、フードを外してみろ!」
あたしは言われるまま、深くかぶっていたフードを外す。
「妖精族か?!極上品じゃねえか!」
あたしは、そのまま無防備に獸人に近づく。
兄貴と呼ばれた獸人が、あたしに手を伸ばし引き寄せようとした力を利用し、素早く近寄り足をはらった。
獸人は、何があったか理解できず、唖然として仰向けに倒れる。 その鳩尾に、体重をかけて拳を叩き込んだ。
獸人は、低くうめき声を上げると、気絶してしまう。
「な…なにしやがる!」
剣を抜いて、気絶した獸人の首にあてる。
「あんたらの仲間をみんな連れてきてもらえる?もちろん、頭領もね。」
「なんだと!」
「急いでくれないかな?この人の頭が身体にくっついているうちにね。」
獸人が一人、走って路地に入って行く。
しばらくすると、でっぷり太った大柄の獸人を先頭に、三十人くらいの獸人達がやってきた。
「頭領はあなた?」
「そうだ!俺らが黒の鉤爪だと知っててやってんのか!」
獸人は吠えるように叫ぶ。
「当たり前じゃない。あなた、あたしと勝負なさいよ。あたしが勝ったら、あたしの言う通りにしてもらうわ。」
「はあ?おまえ、馬鹿か?」
盗賊達がゲラゲラ笑う。
盗賊の頭領に剣先を向け、ゆっくり間を詰める。
「頭、この女の首をへし折ってやってくだせい。」
「いや、殺しちまったらもったいねえ。捕まえて、ひんむいちまえ。」
盗賊達は、口々に汚い言葉で煽り始めた。
「しゃあねえな。相手してやんよ。俺は黒の鉤爪の頭領チータ、気の強い女は嫌いじゃねえ。俺の女にしてやるぜ。」
チータは、その太った身体からは予想できないくらい俊敏に突進してくる。けれど、あまりに直線的過ぎる動きで、かわすことは容易だった。
かわしつつ、チータの腹に剣の峰を叩き込む。
チータは、軽く眉をしかめたものの、すぐに向きをかえて突進してくる。
なるほど、腹は贅肉が厚すぎてきかないようだ。
肉が少なくて急所、一番鍛えられそうにない場所。
あたしは迷うことなく、股関を剣の峰ではらいあげた。
剣がめり込み、チータは悶絶して倒れ込む。
「頭!」
手下がいっせいに飛びかかってこようとしたので、あたしは力を使って盗賊達を押さえ込んだ。
「お・す・わ・り!」
目の前が赤く染まり、盗賊達は全員床にへばりつく。
「く…苦しい!」
あたしは、チータの前にしゃがんだ。
「どう?降参する?」
「誰が…。」
あたしは、更に力を込める。
盗賊達は土の地面にわずかにめり込み、悲鳴が上がる。
「た…助け…。」
力を緩め、拘束するだけにする。
「もし、アリアの誘拐をもちかけられても、受けないでちょうだい。それと、もしそんな話しがあったら、すぐに教えて。」
チータは、ウンウンとうなずく。
「もし約束を破ったら…。」
あたしは、再度目に力を入れる。
「破らない!」
地面にめり込む寸前に力を解いた。
「あたしは花梨。サラの宿屋にいるから。」
チータは起き上がると、股関を押さえて座り、何度も首を縦に振った。
これと同じようなことを、残りの盗賊団二つにも行った。
白昼堂々、しかも屋外の目立つ場所で殴り込みをかけたので、噂はすぐに裏路地中広まり、アリア皇女に手を出すな!と合言葉のように囁かれた。
予想通りの効果というか、市場での犯罪まで激減し、あたしの姿を見かけるだけで、盗賊達はこそこそ逃げ出す始末。
市場の人達にも喜ばれ、さらに貰い物が増えた。
「そろそろ、お姫さん城に帰ろうや。」
ホランが、うんざりした顔で膝の上のアリア皇女に言う。
アリア皇女はずっとホランにべったりで、トイレと寝るとき以外ホランから離れなかった。護衛の意味もあるから、可哀想だったけど、そのまま放置していた。
「なぜですの?」
「いや、なぜって…。みんな心配してるだろう?」
アリア皇女は首を傾けて考える。
「確かに、侍女達は心配しているかもしれませんわね。ホラン様も一緒に帰りましょう。」
「あのな、俺なんか皇宮に合わねんだよ。息が詰まって、病気になっちまう。」
「じゃあ
「おいおい…。」
ホランは、心底助けてくれと懇願する視線をあたしやポーに向ける。
「…しょうがないな。アリア様、もしこのままアリア様が帰らずにここにいたら、僕達…兄は犯罪者になってしまうでしょう。」
「犯罪者?」
「そうです。誰も、アリア様が自らここにいるとは信じませんし、兄は誘拐犯扱いされることでしょう。それに、アリア様はまだ成人しておりませんので、その監督責任は王にあります。王の許しを得ずに、アリア様をここに留めるということは、反逆罪にも値するでしょう。」
「反逆罪!」
アリア皇女の顔色が青ざめる。
「反逆罪は死刑ですよね。」
アリア皇女は、立ち上がると、ホランの手を強く握った。
「わかりました。帰りましょう。けれど、
「いや…それは…。」
「約束して下さい!」
アリア皇女がポロポロと涙をこぼすと、ホランは天を仰いだ。
「あんたが、まだ俺がいいとそのとき思っていて、かつ、王の許しが得られればな。」
アリア皇女は、ホランに抱きついた。
「わかりましたわ!父は
ホラン的には、絶対あり得ない条件を出したつもりなんだろう。でも、本当にそうかしら?甘い考えのようにも思えるけど…。
それから、アリア皇女のサインつきの状況説明書と、アウタム伯爵の書いたアリア皇女誘拐殺人依頼契約書を封筒に入れ、キンダーベルンの封蝋で閉じた物を、王宮に急いで届けさせた。
すると、数時間も待つことなく、王宮から親衛隊の護衛つきの馬車が、サラの宿屋の前に横付けされた。
みな、何事かと遠巻きから見ている。
立派なな髭をたくわえた、偉そうな獸人が入ってきて、アリア皇女の前に膝をついた。
「アリア様、心配致しました!本当に、ご無事でなによりでございます。」
「ナイツの叔父様、お久しぶりでございます。」
アリア皇女は、可愛らしく会釈をする。
ナイツ伯爵は、そんなアリア皇女の姿を見て心底安心したのか、大きく息を吐き、あたし達のほうへ向きをかえた。
「キンダーベルン伯爵家のホラン様、ポー様、並びに花梨様、アリア様を保護し、匿っていただき、感謝のしようがございません。また、アウタム家の陰謀まで暴いていただきありがとうございました。」
「いいから、連れて帰ってくれ。」
ホランが、猫の子をはらうように手を振った。
「このことは王に報告し、ホラン様のキンダーベルンの復帰、ポー様の恩赦について、進言したいと思います。」
「俺はいい。今のままで、なんの支障もないからな。ポーのことは頼む。何せ、今のキンダーベルン伯はちょっとばかり頼りなくてよ。こいつくらい頭の回る奴が補佐しないと、領地が荒れそうだ。」
「私が大臣になりましたら、必ずや恩赦となりますよう、尽力させていただきます。では、これにて失礼いたします。」
アリア皇女は、ホランの頬にキスをすると、ナイツ伯爵を引き連れて皇宮に帰っていった。
ホランは、心底疲れたように机に突っ伏し、あたし達はそんなホランの肩を叩く。
後日、アウタム伯爵はその地位から退き、ナイツ伯爵が総務大臣に任命された。そして、ポーの恩赦を伝える書面も届いたのだった。
但し書きとし、キンダーベルンの後継者からは外れるとあったが。それでも、故郷の地に、大切な人達の元には戻れることになった。
ホランは戸籍が復活し、キンダーベルンの後継者に戻ったらしいが、後継者になることは辞退したらしい。
こうして、皇女様誘拐騒動も落ち着き、ポーの恩赦まで手にすることとなった。
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