第31話

いつもはいないはずの衛兵が、市場をうろついているのは、やはりアリア皇女が誘拐されたからなんだろうか?


「どこに行くの?」

「誘拐した人間を仲介する組織があるんだ。表向きは商家なんだけどね。」

「まさかと思うけど、船の設計図を持ち込んだ商家じゃないわよね?」

「あれは別口。まともな付き合いのほうさ。」

「ならいいけど。」

 ポーが向かったのは、都のど真ん中に立つ、大きな商家だった。

「ここ?」

「ここだよ。」

 ポーは、普通に正面玄関から入って行く。


 中は普通の商館で、努めている獸人達も見た目は普通だ。

「こんにちは、キンダーベルンのポーだけど、ハッシュさんはいるかな?」

「ハッシュですね。ちょっとお待ち下さい。」

 受付に座っていた、可愛い獸人の女性が中に入ると、支配人のような男性が出てきた。

「ハッシュですね。どうぞ、こちらにお越し下さい。」

 男性は、あたし達を商館の一番奥の部屋に通した。この部屋には窓がなく、まだ昼前だというのに薄暗い。

「ハッシュって?」

「暗語さ。そんな人物はいないよ。」


 しばらく待つと、ずんぐりむっくりした獸人がでてきた。

「やあ、ロバータ、元気そうだね。」

「ポー様、この度は大変なことになってしまい…。」

「そうだね。君のとこも大損害だったんじゃないのかい?」

「まあ、それはいたしかたないことで…。この商売をしてますと、いつなにがあるかわかりませんから。もし、また取り引きさせていただけるようなら、ぜひにお願いいたします。」

「そうだね、機会があれば。今日は、ちょっと違う用事なんだけど。」

「はい、どのようなことでも。ポー様は一番のお得意様でございますから。」

 いい大人が、ポーみたいな子供(こっちでは成人してるとはいえ)に揉み手でみっともない。

「君のところに、少女の誘拐依頼がこなかったかい?」

「はい?どういったことでしょう?」

 ロバータは笑みを絶やさず、すっとぼける。

「さる伯爵家から、高貴な御方を誘拐するように依頼され、失敗したよね。」

 ロバータはホウッと息を吐くと、今までの笑顔を引っ込め、下卑た笑みを浮かべた。

「人が悪いですぜ。ご存知なら、わざわざ聞くことないじゃないですか?」

「アウタム伯爵家からの依頼で間違いない?」

「それはちょっと、勘弁してくださいよ。」

「そう、じゃあ、これも他言無用でね。高貴な御方だけどね、実は僕の兄との縁談が決まりそうなんだよ。」

「キンダーベルンとですかい?しかし、お兄様って…。」

「三番目だよ。生きて戻ってきたんだ。高貴な御方が兄をとても気に入ってね。腐ってもキンダーベルンだ。キンダーベルンが後押しする。この意味わかるよね?」

「そりゃ、もちろん、子供だってわかりまさあ。」

ロバータは、頭の中でソロバンを弾いているのだろう。

 ナイツ家についたほうが得か、アウタム家についたほうが得か。どうやら、軍配は決したようだ。

 

ロバータは、鍵のかかった引き出しから書類を取り出し、無造作に机に置いた。

「私はこれから出かけますが、どうぞゆっくりしていって下さい。私はこの部屋には戻りませんので。後で、部下がお茶を出しに参ります。」

 ロバータは、書類はそのままに部屋から出て行った。

「キンダーベルンって、そんなに凄いの?」

 ポーは肩をすくめる。

「さあね、過去の栄光だよ。昔は、国王も輩出した家系ではあるね。今回、あんなことしたのに御家断絶にもならずに、領地も没収されずにすんだのは、まあ家名のせいだろうね。キンダーベルンの一員の僕が告発したから国も動いたけど、そうじゃなければ手も出せなかっただろうな。」

 ちょっとびっくりだ。

「じゃあさ、ホランが皇女様と結婚するってのも、ない話しじゃないの?」

「家系的にはありだろうね。兄さん的にはなしみたいだけどね。」

 ポーはクスリと笑って、机の上の書類に手を伸ばした。

「ちょっと、勝手にいいの?」

「彼の仕事は、信用第一だからね。顧客の情報は秘密厳守、自分からベラベラは喋れないさ。たまたましまい忘れた書類を、たまたまお茶しにきた僕が見てしまう。彼の信用は維持できるってことかな?」

 ポーは、書類にざっと目を通すと、その書類を洋服の中にしまった。

「さすがに、持って行ったらまずいでしょ。」

「これ、アウタム伯爵が、アリア様の誘拐を依頼した契約書だよ。大臣に決まったら、アリアを処分するようにとも書いてある。しかも、アウタム家の捺印付きだ。さすがに、これを提出すれば、アウタム家といえど、処分は確実だね。なにせ、皇女誘拐殺人の依頼だものね。うちみたいに、領民誘拐なんか可愛いものだ。」

「あんたね…、反省してないの?」

 

ポーは、天井を見て、床を見て、ゆっくり目をつぶって…。なにやら考えてから、一言一言捜しながら話した。

「反省は…してない。僕には、僕達には、力が必要だったから。そのための手段…だった。あのときは、領民はキンダーベルンの所有物としか考えていなかったし。でも、今は違う。彼らは物ではない。感情のある生き物だ。反省はしないが、彼らには悪かったと思う。」

「なんか、小難しいこと考えてるわね。もっと単純になりなさいよ。」

「努力はしてみるよ。」

 

ポーはお茶を待つことなく立ち上がると、書類を衣服の下に忍ばせたまま部屋を出た。

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