第30話

「…花梨。」

 たまに酔っぱらいの奇声が聞こえるものの、シンと静まり返った深夜、あたしの枕元で囁くようなホランの声がした。

 

 あたしは一瞬にして目を覚ますと、一喝した。

「おすわり!」

 ホランが床にへばりつきながら、ジタバタと暴れている。

「違う、違う、勘違いだ!」

「夜這いじゃないの?」

「そんなことするかよ!俺も命は惜しい。」

 力を解いてあげる。

 

 ホランは、ハアッとため息をつき、床に座りながら首を回した。

「なんなのよ、こんな夜中に。」

「それがよ、ちょっとめんどくさいもの拾っちまって…。」

 ホランが顎で指すほうを見ると、なにかモコモコした大きな袋が窓の近くに置いてあった。

「なによ、あれ?」

 ホランは、袋の口を開け、中身を半分出した。

「女の子じゃない?!なに?どうしたの?」

 あたしはベッドから下りると、女の子のところへ走り寄り、急いで袋からだした。女の子は、こんな状況にも関わらず、どうやらスヤスヤ眠っているらしい。

「あんた、なんてこと…。」

「だーかーらー、違うっつうの。呑んで帰ろうとしたら、裏路地が騒がしくてよ、ちょこっと覗いたら、これを運んでいた奴らと鉢合わせしちまってよ。で、いきなり斬り付けられたもんだから、ちょいちょいって自衛したんだよな。したら、これ置いて逃げちまってよ。中見たら女の子だし、置いてもこれないからよ。」

 だから、そのまま連れてきたわけか。

「ほら、子供とはいえ、女の子だしな。俺らの部屋に連れてくのもよ。なあ?」

「わかったわ。とりあえず、ベッドに運んで。起きたら、話しを聞きましょう。」

 

 女の子は、ホランに運ばれても起きることはなく、ベッドに置くと、そのまま丸まって熟睡モードに入ってしまった。

「なんか、良い家の子供っぽいわね。」

 寝間着はシルクっぽいし、髪はフワフワ、肌はスベスベ、爪の先までピカピカで、明らかにその辺を走り回っている子供達とは違っていた。

「ま、後はよろしく。」

 ホランは、肩の荷が降りたとばかりに部屋を出て行ってしまった。

「猫耳、可愛い。」

 金髪、猫耳、なんか昔見た漫画の女の子みたい。

 あたしは、女の子の横に滑り込み、再度夢の世界へ入っていった。

 

 目が覚めたのは、なにやら視線を感じてだった。

 目を開けると、かなり近い距離で、昨日の女の子があたしの顔を覗き込んでいた。

「…おはよう。」

「おはよう、あなた、なぜわたくしと同じベッドにいるのです?」

 あたしは起き上がり、女の子とベッドの上で向かい合った。

「あたしは花梨、あなたは?」

わたくしを知らないのですか?」

 

 そんな有名人なんだろうか?


 あたしは首を振る。

「ごめん、知らないわ。」

「そう…ですか。わたくしはアリア。本当にご存知ない?」

「ごめん、この国の人間じゃないから。」

「そうですか。ならばしかたありませんわね。それで、なぜわたくしはここにいるのかしら?」

 あたしは、昨日ホランから聞いたことをアリアに説明する。

 

 アリアは、目を丸くして聞いていたが、手を胸の前で組み、目を潤ませて話し出した。

「そうですわ。昨晩寝ているところを拐われたんです。数人の男達が寝所に押し入り、袋に入れられたんです。わたくし、あまりに暗くて、狭くて、ついついそのまま寝てしまって…。」

 

 そこで寝る?

 ちょっと変わった子かもしれない。


わたくしを助けて下さった王子様はどこです?」

「王子様?!ホランが?」

 思わず声が裏返ってしまう。

「ホラン様とおっしゃるのね。素敵なお名前ね。」

「まあ、とりあえず朝ごはんにしようか。支度して食堂に行こう。あたしの洋服でいいかな?これに着替えてね。」

「わかりましたわ。」

 アリアはそう言いながらも、ニコニコして動かない。

「着替えないの?」

「着替えさせてくださる?」

 

 なるほど、かなりなお嬢様だ。

 

 あたしは、アリアの衣服を着替えさせ、顔を洗ってあげた。ついでに髪もとかしてあげる。なんか、大きな人形の世話をしているようだ。

 

 食堂に行くと、ホランとポーがすでに朝食を食べ終わっていた。

「おはよう。サラ、ごめんなさい、朝食一人分追加してもらえるかな?」

「おはよう、花梨。あら、可愛いお客様ね。アリア様にそっくりね。今、仕度するわ。」

 サラは、アリアの分も用意するため厨房へ入っていった。

「本当に有名人なのね、アリアって。」

 ポーは、ポカンとしてアリアを見て、あたしがアリアと言ったら慌てて椅子から立ち上がり、床に膝をついた。

「アリア様でしたか。失礼いたしました。私はポー。キンダーベルンの第五子でございます。」

「まあ、あなたが。この度は大変でしたわね。」

 アリアが手を出すと、ポーはアリアの手を取ってキスをした。

「あの…?」

 あたしは訳がわからず、アリアとポーを見る。

「花梨姉さん、ホラン兄さん、アリア様だよ。」

 アリア様だよと言われても、さっぱりわからない。ホランも知らないらしく、ただ頭をかいている。


「ホラン様!あなたがわたくしの王子様ですのね!」

 アリアはホランに飛び付くと、首にぶら下がった。

「王子様?!」

 ホランは目を白黒させている。

「占いで、言われていたんです。十二の年、わたくしの命を助けてくれる者がわたくしの運命の方だと。」

「はあ?」

わたくし、昨日十二才になりましたのよ。」

 

 だから、ホランが王子様ね。

 

 確かに助けたって言えるのかもしれない。たまたまだけど。

「凄いね、兄さん。アリア様はザイール国の第八皇女だよ。玉の輿だね。」

「玉の輿って…。」

 ホランはアリア皇女を首にぶら下げたまま、あたしに助けを求めるように顔を向ける。

「皇女様が誘拐って、かなりやばくない?」

「やばいやばい、早く帰そう。」

「嫌ですわ。わたくしは帰りません。ホラン様から離れません。」

 

 ホランは、なんとかしてくれとあたしに合図を送る。

 

 まあ、それはおいといて。


「でもさ、帰すのは簡単だけど、また同じことがあるかもしれない。」

「また誘拐される?」

「その可能性はあるよね。皇女様、誰がどんな理由で誘拐しようとしたのか、思い当たることはないでしょうか?」

 アリア皇女は、ホランの首から離れると、膝の上にちょこんと座って首をかしげた。

「さあ?わたくしは第八皇女ですし、わたくしを誘拐しても得する人は…。いますわね。一人だけ。一つ上の姉ですわ。」

「お姉さん?」

「ええ、なにかと張り合ってくるんですの。姉の母がアウタム伯爵家の出身で、わたくしの母がナイツ伯爵家の出身なので、家同士も昔から犬猿の仲ですし。」

「そういえば、今度、総務大臣が代わるんじゃなかったかな?」

「ええ、そのようですわね。母の兄のダルビッシュ叔父様と、アウタム伯爵家からイーブン様が推挙なさっているようですわ。」

 

 これは、大臣職を巡って権力争い決定みたいね。


「わかりました。兄さん、僕ちょっと出てきます。誘拐犯に心当たりあるので、ちょっと探ってきます。」

「あ、あたしも行く。ポーだけじゃ危ないわよ。ホラン、アリアの面倒よろしくね。」

 

 あたしがポーの後について行こうとすると、サラが朝食を持って食堂へやってきた。

「あら、もう出かけるの?朝ご飯は?」

 サラの持っていたパンにおかずを挟んで、即席のサンドイッチを作る。

「これ貰って行くね。じゃあねホラン。」

 ホランは、本当に情けない顔であたし達を見送った。

 サンドイッチを食べながら、ポーの後について歩く。

 

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