第29話
ザイールの首都マヤに滞在して一ヵ月、毎日市場をうろつき、ユウのことを尋ねているうちに、挨拶をかわすくらい…いや食事に困らないくらい、市場の人達と仲良くなった。
みんな、味見に持っていきなと、肉や魚、野菜、果物など、一日の食事に困らないくらいただでくれる。
毎日手ぶらで出かけて、持ちきれないくらいの食料を持って帰ってくるものだから、宿屋の主人のサラは、食事代は貰えないと、宿代すらもらってくれなくなってしまった。
お金がかかるのはホランの酒代くらいなんだけど、これもまた微々たるお金を賭博で増やして飲み代にあてるものだから、支給された金貨がほとんど減ることなく残ったまま、次の支給日を迎えてしまった。
「ポー、このお金だけど、何かいいことに使えないかな?」
あたしは、先月分と今月分の金貨の袋を見ながら、本を読んでいるポーに話しかけた。
「なんだよ、増やすんなら、俺が倍の倍の倍にしてやるぜ。」
「馬鹿、賭博なんて不健康なことじゃなく、役にたつことに使いたいの。ほら、市場の人達にはお世話になってるし、この街の福祉みたいなものに寄付するとか。でも、このくらいじゃ、焼け石に水かしらね。」
「寄付?なんだってそんなことするんだ??」
この世界には、寄付って考え方はないのかしら?
二人とも、考えたこともないというような表情をしている。
「金持ちから金を奪うことはあっても、施されたことはねえなあ。」
「そうだよね。税はとるけど、還付はしないね。」
「税をとるってことは、治安を維持したり、治水をしたり、災害に備えたり、そういうことしてるんじゃないの?そういう団体はないわけ?」
ポーは、久しぶりに冷たい笑みを浮かべた。
「なぜそんなことする必要があるの?治水は、領民を駆り出して無給でやらせるし、災害なんて関係ないし、治安の維持って、領主自ら女狩ってたくらいだけど。」
確かに…、キンダーベルンはそうだったのかもしれない。
「それにね、花梨姉さんがこれだけただで色々もらえるのは、花梨姉さんが可愛いからだけじゃないよ。」
「なによ、なんか失礼な言い方じゃない。」
あたしはプクッと頬を膨らませる。
「用心棒代だな。いわゆる報酬で、ただで貰ってるわけじゃねえんだから、ありがたがる必要はねえよ。」
ホランがさらっと答える。
「そうなったのは、あんたのせいじゃないの!」
市場で揉め事があったり、乱闘騒ぎになったりすると、必ず誰があたしを呼びにくるようになってしまった。
それというのも、ホランがユウのことを尋ねるとき、あたしが探していることも広めてほしいと言ったら、あたしの見た目の特徴を言わずに、あたしがどれだけ強いか強調したのよ。
今では、盗賊を一人で百人相手にしたとか、大盗賊団を壊滅したとか、尾ひれがついて広まってしまったの。そんな時、市場でスリを捕まえたこともあり、それを見ていた人が、あたしの噂は本当だってふれまわってしまった。
「喧嘩、スリ、強盗、都が栄えるほど、そういうことが横行するんだ。でも、誰も取り締まってくれない。誰も、自分を危ない目に合わせてまで、他人を助けたりしないからね。花梨姉さんみたいに、ほいほい無償で助けないものさ。」
「だって、一日中市場で情報集めていると、なにかしら犯罪にぶちあたるんだもの。目の前でひったくりとか見たら、捕まえるでしょ。」
「そっか?俺はなんもしねえけどな。」
面倒見が良いほうだと思うホランでさえ、こんな感じだ。
こっちの獸人達は、基本人がいいと思う。親しくなれば、かなり親身になって世話してくれる。ただ、他人にはかなりクールかもしれない。ポーはちょっとやり過ぎたが、大なり小なりポーのような一面がある。
そんな中、見ず知らずの獸人を助けたりするあたしは、かなり奇特な存在に映るらしい。
「とにかく、この金貨をなにかしら有効活用したいわけよ。」
「わかった。考えてみるよ。」
ポーは、あたしから金貨の入った袋を受け取った。生活費用にと、その中から金貨五枚だけを抜き取り、机にしまう。
「いい?人が喜ぶことに使うのよ。悪いことは駄目だからね。」
「了解、じゃあちょっとでてくる。兄さん、ついてきてくれる?もし途中で強盗にあったらまずいからね。」
「おう。でもよ、この辺りで悪さする奴はかなり減ったぜ。」
「フフ…、花梨姉さん効果だね。」
二人は金貨を持って宿から出て行った。
あたしも、東西の市場に行こうと宿を出た。毎日、新しい商隊がやってきては、自分の国の品物を売り、また他国の物を仕入れて帰っていく。だから、毎日新しい情報が手に入る。朝晩、市場へ行くのは日課になっていた。
「花梨ちゃん!」
宿を出てすぐ、果物屋のガッシュが走ってやってきた。
「また喧嘩?」
「違う、違う。西の市場の奴から聞いた話しなんだが、花梨ちゃんが探してる奴に似てる気がして。」
「マジ?!西ね!」
「あっ、おい!西の革売りだ。ナダって奴だ。」
走り出したあたしに、ガッシュはおもいっきり叫んだ。
「ありがとう!」
あたしは振り返ることなく、スピードも落とさず叫ぶ。
はっきり言って、西は有り得ないと思っていたから、あまり熱心に聞き込んでいなかった。
西の市場につくと、まず西の市場の元締めのマオを訪ねた。
「マオ、革売りのナダって人はどこにいるの?」
「ああ花梨、ほら、あそこで屋台を開いているのがそうだよ。案内しようね。小僧っ子!店番してな!」
マオは、子供に呼び掛けると、太った身体を椅子から引き起こして、杖を片手に歩きだした。
あたしは少し力を使い、マオの体重を軽くする。
「不思議だね、花梨がくると、身体が軽く感じるんだよ。膝の痛みも和らぐしね。」
「そう?気のせいじゃない?あんたはもっと痩せたほうがいいわ。そのうち歩けなくなってしまうわよ。」
マオは豪快に笑うと、あたしの肩に手を置いた。
「あんたはもっと太りな。男は肉付きのいい女が好きなんだよ。あたしくらいね。ほら、こいつがナダ。ナダ、花梨だよ。ちょっと、あんたの話しを聞かせてやってくれ。」
ナダと呼ばれた獸人は、小柄だけど筋肉質な男だった。猟師なのか、獣の革を鞣した物を店頭に並べている。
「マオさん、今日もよろしくお願いします。」
ナダは、マオに頭を下げた後、あたしを不思議そうに見た。
「花梨よ。あなた、人間に会ったことあるの?人間の男の子を知ってる?」
「いや、俺は直に見たわけじゃないし、話しに聞いただけなんだが。俺の故郷のマンゴー村は、農業と狩猟で生活していて…。」
ナダの話しでは、ある日やってきた旅人により、村の御神体である炎の杖が盗まれ、妖魔に支配されるようになってしまったらしい。そこへ、獸人数名と人間のような見た目の者が現れ、妖魔を退治してくれたということだ。
「妖魔を退治した?」
「そうだ。蜘蛛の妖魔だったらしいんだが、見事退治してくれたんだ。その人間のような者は、大活躍だったらしい。」
ユウが蜘蛛の妖魔を?
それは有り得ない!
本ばっかり読んでいて、身体を動かすことが苦手で、ただ歩いているだけで蹴躓くようなユウだ。
虫だって、苦手ではないにしろ、けして得意ではなく、あたしがわざと虫が苦手な振りをすると、
「花梨ちゃん、大丈夫だよ。ボクがいるからね。」
って言いつつ、実は手が震えていたりして。
そんなユウが、蜘蛛の妖魔と戦って大活躍?
ないない!絶対に有り得ない!
「話してくれてありがとう。でも、それはユウじゃないわ。仕事の邪魔してごめんなさいね。」
「違ったかい?」
マオがあたしの肩に手を回す。
「マオもありがとう。また、なにか情報が入ったら教えて。」
「任せときな。」
落胆しつつも、マオに礼を言い別れた。
それから市場を回ってみたが、喧嘩を一組仲裁し、ひったくりを二件捕まえただけで、ユウに繋がる情報は手に入らなかった。
お昼過ぎ、貰い物を両手に抱えて宿屋に戻ると、ホランがすでに戻って、お茶代わりのエールを美味しそうに呑んでいた。
「ポーは?」
「なんか、商談をしてくるって、商家に行ったぜ。」
「商談?」
「なんでも、新しい船の設計図を考えたとかで、それができれば、今までの数倍速く、沢山の物を安全に運べるとか。まあ、最初は誘拐した奴らを運ぶ手段として考えていたらしいがな。」
船か…。
確かに、商人の人達は、この市場にくるまで、凄く大変な思いをして、山を越えたり、砂漠を越えたりしているみたいだった。
こっちの世界は、帆船などはなく、手漕ぎボートに毛が生えたくらいの舟しかないようだし、もし造船の技術が進歩したら、もっと流通も盛んになるかもしれない。
なにより、山越えや砂漠越えで危ない目に合う商人が減ることだろう。
「なるほどね。成功したら、市場の人達も安全に荷物が運べるようになるわね。」
「あんだけの金貨で、作れるとは思えねえけどな。」
「あら、実現可能な物なら、融資する金持ちもいるでしょうよ。たぶん、新しい商売にもなるだろうし。」
「そうかあ?」
ホランはあまり興味なさそうに、エールをいっきに空けた。
「さてと、俺は俺のやり方で情報集めてくっか。そういやよ、なんでもつい先日、砂漠の妖魔が退治されたらしいぜ。」
「そうなの?良かったじゃない。」
「ライオネル国の親衛隊が活躍したらしいな。」
「ふーん。」
ホランは、よっこいせと掛け声をかけて立ち上がると、宿屋を出て行った。
さっき聞いた蜘蛛の妖魔やら砂漠の妖魔やら、ライオネル国は妖魔が沢山いるみたいだ。もしライオネルに行くことがあれば、かなり要注意だわ。
あたしは、サラが用意しておいてくれた昼食を食べながら、妖魔ってどんな生き物なんだろうと考えていた。
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